目まぐるしく流動的な世界があれば、そこに留まろうとする世界もある。前者の代表例が「都市」で、後者はそれ以外。イギリスで起きたブレグジットはまさしく都市への反発だったように思います。音楽で言えば、EDMは都市型のムーブメントでした。アーティストもオーディエンスも国の際を超え、ひとつの場所に結集してゆく。ステージの前で掲げられる無数の国旗が象徴的ですね。
それに対し、その土地の風土をそのまま表現したような音楽も存在します。ワールド・ミュージックとはまた違って、この手の音楽は外への意識が希薄である場合が多いです。便宜上フォークとしましたが、あまりジャンルは重要ではありません。
この記事でご紹介するのは、閉ざされた世界で鳴り響く音楽です。
エリオット・スミスの心はポートランドにあり。
2003年、34歳の若さにしてこの世を去ったエリオット・スミス。死因は自殺とする向きが強いですが、真相は解明されておりません。
昨年9月アメリカの音楽批評サイト『Pitchfork(ピッチフォーク)』にて、こんな記事が掲載されました。
“The 50 Best Indie Rock Albums of the Pacific Northwest”
直訳すると「太平洋岸北西部におけるインディー・ロックのベストアルバム50選」。ブレグジット以降、カルチャーをローカルな切り口で明らかにしようとする記事が多く見受けられましたが、これもそのひとつです。この記事においては、エリオット・スミスのアルバムがトップ10の中に二作(7位『XO』、1位『Either/Or』)も入っております。以下、『XO』のレビューから。
このアルバムの曲は主にニューヨークで書かれ、ロサンゼルスのスタジオで制作されたが、彼の心はオレゴンにあった。
Spotifyによるエリオット・スミスのプレイリスト
オレゴン州はポートランドで思春期を過ごした彼にとって、やはりこの街は重要な存在でした。今も「DIYの街」として知られているポートランドですが、『Either/Or』と『XO』がリリースされた90年代後期は、現在ほど観光地然としておりませんでした。夢破れたヒッピーたちの終着点でもあったポートランドは、敗者のルサンチマンと新たなシーンを作らんとするインディー精神の両方を持っていたのです。エリオット・スミスの世界観は、まさしく90年代のポートランドそのものでした。儚く切ないけれども、同時に極めて瑞々しい。
英国トラッド・フォークの最高峰、フェアポート・コンヴェンション
英国産のトラッド・フォークが一番似合うのが11月ですね(当社比)。その中でもフェアポート・コンヴェンションは別格です。落ち葉の季節は彼らの季節。
初期のフェアポート・コンヴェンションでヴォーカルを務めていた、サンディー・デニーという天性のディーヴァをご存知でしょうか? 1969年にリリースされたセカンド・アルバム『What We Did on Our Holidays』から、『Unhalfbricking』、『Liege And Lief』と連続する三作は、彼女の代表作と言ってよいでしょう。Spotifyのプレイリストに何曲かピックアップしましたので、ぜひお聴きください。
1978年に不慮の事故によってこの世を去りますが、今もなお英国トラッド・フォークの代表的なシンガーとして絶大な支持を集めています。ソロ作も2枚ほどリリースしており、そちらも出色のクオリティ。
フェアポート・コンヴェンションの他と一線を画すところは彼女の存在だけにとどまらず、彼らの最大の功績は英国トラッドなプロダクションを電気楽器を用いて現代風にアップデートしたことでしょう。その意味では、地域性を顕在化させた典型例と言えます。躍動するフィドルとエレクトリックな音色が見せるのは、古き良きブリティッシュ・フォークの姿。
ヴァシュティ・バニヤンを今一度。
フェアポート・コンヴェンションが落ち葉の季節の音楽であれば、ヴァシュティ・バニヤンは冬の音楽です。暖炉に薪をくべるにはまだ少し早いですが、彼女の音楽は温かな火に当たりながら聴きたい。
1970年にファースト・アルバム『Just Another Diamond Day』をリリースして以降、長いブランクを挟みながら現在までに3枚のフルアルバムを世に出しています。
『Just Another Diamond Day』がリリースされた当初、この作品はわずか数百枚程度しか市場に出回っておりませんでした。それが時を経て、多くのミュージシャンや評論家たちによって再評価されます。2004年、ピッチフォークは本作に対し「9.0点」と年間ベスト級のスコアを付けました。
ヒッピー全盛の60年代後半~70年代前半に青春を過ごしておきながら、彼女の音楽は必ずしも政治性をはらんでいません。『Lilly Pond』や『Glow Worms』などは極めて牧歌的で、まるで英国の田園風景が見えてくるようです。喧騒から遠く離れ、邪念や狡猾さを排除した優しい世界に足を踏み入れてみてください。
圧倒的アシッド感、リンダ・パーハクス
たった一枚のアルバムでアシッド・フォークを決定的なものとしたリンダ・パーハクス。2014年にセカンド・アルバム『Soul of All Natural Things』がリリースされるまで、1970年発売の『Parallelograms』しか彼女のディスコグラフィーにはありませんでした。
が、その一枚で彼女の名声はカルト的に広がってきます。
「美しい」という感想の前に、何となく底知れない深淵を感じませんか?1942年にカリフォルニアで生まれたリンダ・パーハクスですが、ヴァシュティ・バニヤンと同じくヒッピー文化の外側に身を置いていました。そのせいか、彼女の世界観は他のどのアーティストとも類似しておりません。霧のかかった深い森で作られたような音像。特に表題曲の『Parallelograms』に顕著で、危うい雰囲気すら感じます。ここまで紹介してきたアーティストとは違う意味で、「閉ざされた世界」の音楽。
ちなみに彼女、『Parallelograms』リリース当初は本業ミュージシャンでなく、歯科衛生士でした。
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