レコードレーベルが存在している意味を作り出していくこと。
――今回、オーディションの副賞はデビューではなく賞金で、これからの活動費という形で終わったじゃないですか。その後、アーティストとの交流はあるのでしょうか?
梶 : ありますあります。
――デビューのようなことも?
梶 : ドアノブロックはレーベルから声がかかったりもしているのかな。あさぎーにょの場合はデビューが目的ではないので、何かしらビジネスパートナー的に関わっていけたらという話をしています。
――じゃあ、まさに“フィーチャリング”を継続していくと。
梶 : そうなんです。でも、僕がこれまで宇多田ヒカルをサポートしてきたこととも実は変わらなくて。宇多田ヒカルはその先駆者的な存在で、セルフプロデュース力が高いから、僕たちは彼女が音楽活動をやりやすいように周辺の環境を整えることに尽くしたんですよね。それまでの1990年代は小室哲哉さんのプロデュースが一世を風靡していた。今、おいくつですか?
――今、28歳です。宇多田さんが初めてミュージックステーションに出演した放送は覚えていて、自分よりちょっとお姉さんなだけでとても大人びているなって感覚で観ていたのをすごく覚えています。
梶 : あの出演は1999年ですね。そのころはいわゆる小室サウンドによるシーンが少し落ち着いてきていてMISIAやUAなどの個性派女性ヴォーカリストが出てきて、海外ではR&Bブームが来ていたんですけど、そんななかに、15歳で自ら作曲できる子が出てきた。その後もいろんなジャンルのアーティストが誕生していくなかで、そんな彼女が成功し続けているのを見て、やっぱりセルフプロデュース力のあるアーティストが、今でもシーンに残っているなと感じています。
――更にソーシャルやテクノロジーが進んでいけば、もっとそれが加速して、レーベルが必要ない時代が来るかもしれませんね。
梶 : 多分、今のレーベルが持っているファンクションの何割かはいらなくなるんですよね。もちろん権利を守ることをはじめとする法務の仕事とか、ディストリビューターとしての機能は残ります。でも、例えば僕らがやっているA&Rやマーケティング、宣伝の現場の仕事などは、もしかしたら将来いらなくなるかもしれないという危機意識を、ほとんどの音楽業界人たちは持っていると思うんですよね。
――それはここ数年のお話ですか?
梶 : CDが売れなくなってきた頃からじゃないでしょうか。でもこの前、僕が担当している小袋成彬くんがラジオで面白い話をしていたんです。まず楽譜から出版ビジネスが生まれて、録音からレコードが生まれて、カセットテープやCDが生まれて。そういう淘汰と再生を繰り返してきた歴史が、たかだか数百年のうちに何度もあるわけで。だから、CDが売れなくなっただけでなんでみんなそんなに悲観しなきゃいけないのか、僕には全くわからないって。
――たしかに、他にもやりようはたくさんありますしね。
梶 : まさしくそうだなと思いました。音楽ビジネスはなくならない。臭い言い方をしちゃうと、音楽を志している人たちに夢を見させてあげられるような場所を作ってあげることがレーベルの使命の一つなんだとすれば、我々もチャレンジしていかないと、子供たちに夢を作れない気がするんですよね。エンタメなのに。そういう意味でも今回のオーディションは実験でした。言ってしまえば、彼らにとって僕らレーベルは将来なくてもいい存在かもしれない。でも、僕らがここにいる意味も自ら作らなきゃいけない。まだまだこれから世の中も変わっていく中で、自分たちもちゃんと変わっていかなきゃなあという、つまり僕らの志ですね。
――今後も『Feat.~』のオーディションは定期的に開催されるんでしょうか? アルゴリズムもこのために独自に作られたとのことだったので、継続するのか、もしくは今後それをどこか別のものに活用していくのか、気になっていたんです。
梶 : 今回得た知見を次に生かしていきたいというのはあります。アルゴリズムや、会場で使った投票システムもそうです。それと、僕はソニーミュージックの中ではまだ1年半のペーペー社員なので、他のレーベルやいろんなセクションの人たちと仲良くなれたのはいいなと思っていて。転校生としては、こんなイベントがないと絶対交われないし(笑)。
――それは嬉しいですね(笑)。社内でもいろんな方々が交わった大きなプロジェクトだったんですね。
梶 : そうなんですよ。しかも、こういうことをやっていると「何やってるの?」って声をかけてくれる人も多いんですよね。例えば、途中で脱落してしまったKID CROWも「AIでラップを作りたい」と話していたら、その記事を見たソニーグループのAI開発チームから「何か一緒にできませんか」と話が来たりして。このオーディションを通じてできた知見や経験、ネットワークをもとに、何か新しいものを僕は作りたいなと思っているし、同じオーディションを続けることにあまり意味はないような気がしています。なぜなら2ヶ月後にこの世界はまた変わっているから。もし何かまた自分たちに、もしくは世の中にとって必要なものがあったら、そういうものを作っていけばいいと思っています。
これから聴かれていく音楽とは?
――梶さんにお聞きしてみたかったのですが、これからリスナーたちは、何を軸に音楽を聴いていけばいいんでしょう? 私自身もどうやって知らない音楽を見つけていこうかといつも分からなくなるんです。
梶 : それは本当に難しくて、僕らも模索しています。なんとなく2通りあると思っていて、一つは、先ほどお話した小さな範囲に深く突き刺さるような音楽。もう一つは、アーティスト名も曲名も知らないけど、ただただ自分の今の気分に合う音楽を聴くという、極めてBGM的な聴き方ですね。
――今の自分のニーズに応えてくれる音楽。
梶 : そうです。MCをやってくれたみちょぱ(池田美優)が、「どんな音楽が好きですか」と聞かれて、「iPhoneになんだかいっぱいダウンロードされてて、今これかなと思うものを聴いている」って言っていたんですよ。多分、サブスクリプションのことを言ってると思うんですけど(笑)。
――なんか知らんけども入っている曲を(笑)。
梶 : それが今の聴き方なんだろうなって。でも、お母さんが好きな浜崎あゆみはちゃんと聴くらしくて。
――浜崎あゆみは近しい人が聴いているから。なるほど、まさに2通りの聴き方をしているわけですね。
梶 : そういうことだよなあって。だからこちら側も、すごく深く刺さるコミュニティを作る方法と、生活の中にいかに音楽を入り込ませるかという方法がある。サブスクリプションがマーケットになるんだとすれば、ライブラリは無尽蔵なので、その人の趣味嗜好やライフスタイルにどれだけフィットさせられるかなんですよね。そういう領域には今後AIが入っていくと思います。突き刺さる音楽でいえば、ライブとかオフラインに近いところですよね。そういう風に二極化していくんじゃないかなあ。
――「〇〇なときに聴きたい音楽」というテーマ別プレイリストのような。
梶 : だからきっと、ヒットチャートのプレイリストよりも、そういう気分やシチュエーションに合わせたプレイリストのほうが聴かれるようになる。そうすると一番聴かれるようになる音楽ってきっとよく眠れる音楽なんですよね。
――なるほど……! ヒーリングのジャンルですね。
梶 : この前、エステーの鹿毛さんとSHOWROOMの前田さんの対談記事を読んだんですが、すごくおもしろかったんです。今までは可処分時間(※可処分:自由にできる、余白のようなの意)を制する者がビジネスを制すると言われていたんですけど、記事ではこれからは可処分精神を制した人間がビジネスで勝てると言っていて。
日経クロストレンド「鹿毛康司 vs 前田裕二 「可処分時間」レースの勝者が時代を制す」
――可処分精神、ですか。
梶 : 深く人の精神に入り込めるコンテンツが売れていくということですね。それが正しいとすれば、その人の精神に入れるものって、実は音楽に一番チャンスがあるんじゃないかなと思っていて。宇多田ヒカルを例に挙げるなら、このアーティストの作品って、主語が変わると景色が変わるんですよ。あえて主語を置かないで、どんな層にも響く作り方をしているんです。分かりやすいのは「とと姉ちゃん」の主題歌になった『花束を君に』なんですが、「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」っていう歌詞がありまして。とと姉ちゃんを観ている人からすれば、とと姉ちゃんが普段忙しくてメイクしないけど、お出かけのときにメイクをしたのかなって想像するし、知らない人は、恋人や奥さんが、忙しいけど週末はお出かけをするときに薄化粧をした朝なのかな、って想像するんだけど、アーティスト自身が主語になると実はお母さんが亡くなったときのことを歌ってるんですよね。
――そうだったんですね……!
梶 : そんなこと、本人が言わない限り誰も分からない。それこそが彼女がジャンルを超えたヒットを作れる天才的なところだと思っているんです。ただターゲットすればいいってものでもないということですよね。彼女はいろんな聴き手のことを多面的にちゃんと捉えているうえで、自分の言いたいことは一番隠しておけるという。それって凡人が普段無意識に避けている現実を直視できる天才ならではの仕事だと思います。
――その人の気持ちに寄り添うという、BGMまではいかないですけど、それに近い役割ですよね。
梶 : そうなんですよ。なんで今この曲がここに必要なんだというストーリーとか、その楽曲を、今の世の中に必要としている人がいるんだという意識ですよね。その精神性の高さが、さっき言った可処分精神をちゃんと得られるんじゃないでしょうか。上っ面ばかりでも哲学的なことばかりでも伝わらない。宇多田ヒカルの音楽の作り方の他にも、深いことを伝える方法はいろいろあると僕は思っています。
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