ちょうどかかっていたのは、Duval Timothyの『All Things』。アフリカ由来のアンビエントサウンドや、ジャズがミックスされたコンテンポラリーなグルーヴに耳を傾けながら、国籍やジャンルで捉えられない、空間の細部に目を向ける。さまざまな境界線がゆらぐ今の時代を象徴しているようでいながら、いわゆる無国籍ではない。それは、まさに、東京らしいフュージョンの感覚なのだと、テーブルに続々とならぶ料理に箸を伸ばしながら思う。人参とクミンの相性のよさを初めて知る。
人参ラペ クミンとカルダモン風味、キャラメルアーモンドとブルーチーズの盛り合わせ、砂肝と秘伝豆のナムル(上から時計回り)
鶏とパクチーの手作り水餃子 ピーナッツだれ
菰野豚のグリル 赤ワインと山椒のソースがけ
一皿一皿にアイデアがありながら、決して奇を衒っていない。洗練と親しみやすさが同居する温度感が東京らしい。
「「Sta.」で提供しているのは家庭料理です。メニューは名古屋の飲食店が母体となって考案していて、管理栄養士の料理長がきちんと栄養のバランスを考えてくれています。毎日気軽に足を運んでもらえるように、定食メニューも用意しているし、お酒はもちろん、ノンアルコールにもこだわっています。」
クラフトビールやクラフトジンが豊富に揃うだけでなく、ノンアルコールドリンクも趣向が凝らされたラインナップ。アルコールが合わない人でも楽しめるお店は貴重だ。
やりたいことの3割もできていない。進化し続ける秘密基地。
「Sta.」というお店に通底しているのは「適切な余白」だろう。それは、コンセプトや料理だけではなく、空間にも貫かれている。全体の空間設計を担当したyaの建築家の山本亮介氏に話を聞くと、もともとご年配の夫婦の住居だったという建物をリノベーションする上での工夫や意図を教えてくれた。
「既存空間をリセットして、飲食店として仕立てられた空間を作るのではなく、もともとの材質や形状を生かすことが前提ではじまりました。ただ、空間の横幅が狭いので、コンクリートの無機質な荒っぽさがお客さんの間近に来る。これは、飲食店の空間を考える上ではマイナスになりかねない要素です。そこをプラスに転じていくために、コンクリートとは対照的なパーツを散りばめることで引き締める、という手法をとっています。」
「インスタ映え」のような消費される美しさではなく、無意識の領域に目を向けて、快適に過ごすことのできる空間を形作るために、綿密な計算と技術が積み重ねられている。一見してわからない。つまり、それがプロフェッショナルの技術ということだ。コンセプトについて尋ねると、山本氏はこう返す。
「当初は、駅っぽさを空間に取り入れるという案もあったのですが、言語化できるコンセプトをそのまま空間に適応することはやめました。実際、図面だけではわからないことが多くて、自分たちで壁をはがし、DIYしながら、試行錯誤を繰り返し、空間を把握していきました。二階の大理石のテーブルは、人の動線を考慮して数センチ単位で調整し、照明の金属は、空間に適した既製品がなかったので、空間に最適な形・素材・照度を探り、一から作りました。明確なコンセプトを持つと言うよりは、一つ一つ進めるなかで、「荒っぽい空間に対して小さな綺麗なパーツを丁寧に散りばめていく」ということに結果的になっていったのかなと思います」
また、1階はギャラリースペースとなっており、アーティストや写真家の作品が展示されている。オープン前にはギャラリースペースを含む3フロアを用いて「撮影現場料理店」という、広告や雑誌の撮影現場で振舞われるケータリングをイメージした食事会や、NEUT Magazineとの共催による写真展などが開催された。取材時はファションフォトグラファー井出下貴弘によるラブホテル写真の展示”Traces”が行われていた。
「Sta.」のホームページには”レストラン付き秘密基地” という説明書きがある。普通の飲食店の枠を逸脱したこの店は、これからどうなっていくのだろう。オーナーは「やりたいことの3割もまだできていない」と言う。これから仕込んでいる企画もたくさんあるそうだ。
食は、味覚だけでなく、目、耳、触覚まで刺激する合法的なトリップだ。「Sta.」はそんなトリップの拠点として、食を中心に人と文化が集う。東京の余白は、今後も拡張してゆくのだろう。
【Sta.】
住所 東京都渋谷区円山町11-7
アクセス 渋谷駅ハチ公口から徒歩8分
電話番号 03-6455-2056
営業時間
Lunch 11:30〜14:00(13:30 L.O)
Dinner 18:00~23:30(23:00 L.O)
定休日 水曜
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