「行きつけのお店」があるってなんだかとてもうらやましい。
グルメサイトの点数とか口コミ評価とか最近流行ってるとか、確かに大事なのはわかるんだけど、「行きつけ」があるってなんだかとてもうらやましい。美味しいとかコスパとか、それ以上に大切な「空気」とか「居心地」「安心感」にボクらは心惹かれたりする。 たくさんのお店が軒を連ねる街に、すっと心も体も迎え入れてくれる、あったかいポケット のようなお店。シティカルチャーメディア、ミーティア的「行きつけ」にしたいお店をレポートします。今回は、駅でいうなら田園都市線・渋谷の次の駅、池尻大橋にあるたこ焼きバル「IKEBO」をご紹介。
Photography_Cho Ongo
Interview & Text_Yuho Nomura
Edit_Shu Nissen
IKEBO
世の中には、人と人の繋がりが、まるでバトンリレーのように軽やかに継承されていく、”想いが紡がれていくお店”がある。
「IKEBO」もそのひとつ。ここはかつて、ジョンさんという名物店主が切り盛りしていたたこ焼きバル。現在は2代目のミツさんがオーナーを務める。筆者がこのお店を知ったのは、先代がオーナーの時代。友人に連れられ、立ち寄ったのがきっかけだった。賑やかな商店街や駅周辺ではなく、池尻大橋の駅を降りて国道246号を三軒茶屋方面に向かって歩いた先、三宿交差点の少し手前を右折した裏路地に「IKEBO」はひっそりと佇んでいる。
山小屋を彷彿とさせるDIYな外観からほのかな灯が漏れ伝わる一軒の建物。鼻の効く呑兵衛なら、そこにただならぬ雰囲気を感じ取れるだろう。まず視界に飛び込んでくるのは、小窓付きのカウンター。かつては、たこ焼きのテイクアウトにも対応していた名残だろう。暖簾や提灯からは、昭和の古き良きムードが原寸の温度感で伝わってくる。足元を見れば剥き出しの車輪。創業してしばらくは屋台で出店していたということで、これまたその名残をあえてそのままにしているという粋な演出だ。その付近には先代オーナー、ジョンさんの人望の厚さ、交友関係の広さが窺えるサイン色紙がズラリ。有名無名問わず同列に並べられた色紙たちを眺めれば、「IKEBO」で思い思いの良き夜を過ごした人たちの声が聞こえてくるようだ。
店内へ進むと、そこは居酒屋やバルというよりも、怪しげな秘密基地と言ったほうがしっくりくる異空間。創業時にはかつて倉庫であったというのも頷ける。空間を彩るのは、創業当時からの常連の一人であったスタイリストとしてはもちろん、〈BROWN by 2-tacs〉のデザイナーとしても活躍する本間良二さんによるサインペイントや、気鋭の映像作家である石田悠介さんの代表作である「HOLY DISASTER」のポスターなど。東京らしいクリエイティブの空気感とビートニクなムードが入り混じった、まさにカルチャーのるつぼのような場所だ。
そうこうしていると、現店主のミツさんが声をかけてくれた。
「久しぶりだね。もしかしてたこ焼き食べにきた? 実はさ、たこ焼き、やめちゃったんだよね。うちのお客さんは基本常連が多いんだけど、最近はみんなたこ焼き頼まなくなっちゃったからさ。作るのも面倒だし、この隙に辞めちゃおうかなって(笑)」
なるほど今の「IKEBO」は”たこ焼きバル”ではないということらしい。
あのどこか懐かしさのあったたこ焼きはもう食べられないのかと残念に思いつつも、とはいえたこ焼き目当てで来るお客さんもいるだろうし、先代のオーナーが大切にしていたであろう看板メニューを、いとも簡単に変更して大丈夫なのか。ふとそんな疑問が湧き、堪らずミツさんに尋ねてみた。
「まぁねぇ。今でもたこ焼きないんですか? ってお客さんは絶えず来てくれるんだよ。もちろんそうやって目的を持って来てくれるのは嬉しいんだけど、”たこ焼き”ってイメージは一度払拭したかったんだ。それは、『IKEBO』をつくったジョンさんがそうだったように、自由なスタイルで自分らしい色を出していきたくて。そうすることが、たこ焼きにこだわるよりも、『IKEBO』を受け継ぐ上で、もっと大切なんじゃないかって思ったんだよね」。
「そもそも、このお店が生まれたのは、若い頃に世界中を旅していたジョンさんが海外の移動型屋台のスタイルに感銘を受けたことがきっかけらしいんだ。二階建てのルートマスターバス一台に料理を作る機械や材料を乗せて、そのバスと共に暮らしながら旅をして、旅先で出会った現地の人たちに料理を振る舞う。今でいうフードトラックとバンライフを一緒にしたような感じだろうね。そんなライフスタイルに浪漫を感じたジョンさんが、日本に戻ってきてから当時世田谷にあった『たこ坊』をモデルに、移動型のたこ焼き屋台を始めたんだよ。昔から、なんでたこ焼きだったのかって聞いても、明確な答えは教えてもらえなくて。ただ、”たこ焼きは日本が誇る和の料理だろう?”って言っていたのは今でも覚えてる。そんな調子で勢いのまま始めたから、最初は赤字ばっかりで大変だったみたいだけど(笑)」。
懐かしむように語るミツさんの言葉から、「IKEBO」の異国情緒漂う空気感が自然と腑に落ちた気がした。あぁ、そうか。このお店に来るといつも感じられる、この心地よい違和感は生粋の旅人だけが醸し出せる独特の風情だったのかと。
「ご飯食べていくよね?」。
ミツさんの声で、改めて店内の味わい深い異国情緒に浸っていた自分は現実に戻り、空腹だったことを思い出した。とりあえずは、たこ焼きに変わる定番メニューをオーダーしてみることにした。
「実は、定番って定番は今はもうないんだよね。なんなら水曜はタツキって料理好きのスタッフが代理で店頭に立っていて、日曜は週替わりで友人が一日店長をしてるから、日によってメニューも変わる。俺も水曜と日曜以外は基本店に立ってるけど、できることなら料理は作りたくない。やっぱり楽したいじゃん(笑)? とはいえどうしても料理が欲しいって言われたら、隣のお店から買ってきて出すこともあるよ。僕の中ではそれって田舎では当たり前だった、お裾分けの文化なんだよ。そういうのも悪くないでしょ?」。
飄々と言ってのけるミツさん。受け取り方によっては、びっくりしてしまう言い分だけれども、「IKEBO」の常連たちは気にしない。ストレートに思ったこと、感じたことを言葉にして、本心のまま互いに自己開示していく。そんな人としてのて自然体な立ち振る舞いが「IKEBO」と訪れる客の絆を深めていくのだろう。
絆といえば、現店主のミツさんと先代オーナーのジョンさんもそうだ。「IKEBO」をオープンさせる前、ジョンさんも創設メンバーの一人であった中目黒のハンバーガー屋「GOLDEN BROWN」で働いていた過去を持つミツさん。師弟関係とも呼べる二人の仲はこの頃から始まった。共通言語は旅。ミツさんもかつて日本をバイク一台で横断する旅をしてきたそうだ。しかし、二人の歴史には紆余曲折あり、過去にはジョンさんと衝突し、仲違いしてしまうことも少なくなかったという。
「ジョンさんはずっと変わらず自由な人だったから、一緒に『IKEBO』で働き始めてからも、そりゃ大変なこともあったし、苦労もあった。本当になにもかもが適当すぎて(笑)。毎日、友達みたいに喧嘩してたなぁ。それでもなぜか慕っていたんだよね。感覚が似ていたからなのかな。それから僕は離婚したことを機に『IKEBO』を離れて、地元の山口に戻って、しばらく田舎暮らしをするんだけど。変哲のない日々の繰り返しで退屈に感じていたところにジョンさんから『IKEBO』を継がないかって突然連絡があって。正直過去にも色々とあったし不安しかなかったから、最初は断ってたんだ。でも、珍しくジョンさんに熱く口説かれちゃってさ。東京にまた戻るならこれが最後のチャンスになるかもしれないな、とも思い直して、一世一代の覚悟を決めて再上京したのが2年前の話」。
まるでドラマみたいだ…。決してありふれた信頼のカタチではなく、当人同士のみが理解し得る想いの襷でもあるのだろう。そんな特殊な師弟愛のように、多様な人間関係の在り方を「IKEBO」は優しく赦していく。
「ここはジョンさんの時代から常連さんも一見さんも壁はないんだよ。みんな自然と仲良くなっちゃうし、共存できちゃう。なんならここが出会いの場になって、カップルになったりするからね。僕みたいに(笑)」。
傷心の身だったミツさんが、単身で再上京を果たし、「IKEBO」を切り盛りしていく中で、現在の最愛となる奥さんとの出会いがあったのだ。ここでは、そんな運命のような出会いが沢山生まれてきた。さらに、人と人を繋ぐハブスポットとしての、「IKEBO」の役割は常に進化している。
「男女の出会いもいろいろあるけど、僕が選んだセンスの良い友人やお客さんには、日曜日に一日店長をしてもらってて。好きなお酒や飲み物を振舞ったり、仲の良い友人を呼んでパーティしたり、自由に活用してもらってるんだ。僕も普通にお客さんとして飲みにきたりするよ(笑)。好評だったらレギュラー枠として平日の一日を任せようかなって。タツキもその流れでレギュラー枠を勝ち取った一人(笑)。そうやって自分の負担を減らしていく算段だね。頭いいでしょ? (笑)でもしばらくしたら、またたこ焼きは再開させようかなってなんとなく思ってて。やっぱりここはたこ焼きバルだしね」。
営業のスタイルは”出会い”によって自由自在。それこそが、ミツさんが今の「IKEBO」を唯一無二の存在たらしめる、そして愛しき自由人として愛される所以だろう。ミツさんをはじめ魅力的な人たちとの数奇な出会いを求めて、日夜人知れず賑わうお店が「IKEBO」なのだ。
あなたがもし夜の東京を彷徨ってしまった時、どうか安心してほしい。”出会い”の偶然を必然に変えてくれる東京の『バグダッド・カフェ』は、ここにあるのだから。
【タコバル IKEBO(池坊)】
住所 東京都世田谷区池尻3-18-1
アクセス 東急田園都市線池尻大橋駅西口から徒歩6分
電話番号 03-5432-9810
営業時間 20:00-29:00(日によって変動)
定休日 無
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