監察医 朝顔
フジテレビ系で放映されている月9ドラマは、ここ20年間ほど「恋愛ドラマ」としての冠を一切裏切らないで高視聴率を獲得してきた名作が多く存在していることが特徴であった。とはいえ、若年層のテレビ離れは加速しているし、最近ではテレビを持たない一人暮らし世帯も多いらしい。また、スマートフォンの普及により、移動中や自宅に好きなタイミングで番組や音楽を楽しむ傾向が高くなったこともあり、地上波ドラマの視聴率は年々低下傾向である。そんな月9枠に大きな変化が起きた。
ここで紹介している「監察医 朝顔」もそうであるが、月9が今までの「恋愛ドラマ」だけでなく「ヒューマンドラマ」になりつつあるのだ。20年前だったら想像できなかったことだと思う。またその軸が「生きた証」というのも想定外のことだった。
主人公・万木朝顔を演じるのは、上野樹里。13年ぶりに月9枠へ出演することと、そして自身初の単独主演を務めることとなったドラマということで大きな話題になった。また本作には、月9にかつて出演していたキャストの顔もちらほら。朝顔の母親役を演じていた石田ひかりは、「あすなろ白書」以来26年ぶり。また、朝顔の勤務する法医学教室の教授として朝顔をメンタル的にサポートする重要人物として山口智子も出演していたが、こちらも「ロングバケーション」以来23年ぶり。ドラマが放送されている時期、時代にリアルタイムで生活をしていなかったような若年層に対して、新しい月9であることを提示するためにも、キャスティングに工夫を凝らした内容となっている。
このドラマにおいて、一番重要なのは、「死者が言葉を失ってからの世界で、生きている人たちによって明かされる事実をもとに、誰がその生を承るのか」である。そして、今自身が持っている生命をもって、ごく普通の生活が過ごしていけることの尊さについても、考えさせられる。
また、放送がスタートしてすぐに、第3話が放送延期になるというニュースがあったこともこのドラマを語る上で欠かせない出来事だ。7月18日に起きた、京都アニメーションでの放火殺人事件が起きたことによる放送延期であった。ちょうど第3話が、放火殺人事件を取り扱うということもあり、酷い事件により傷ついた方々への配慮により、フジテレビは放送を延期するという対応をしたのだ。
当時のフジテレビの公式コメントは、以下のとおり。
「18日に京都で発生した事件で、亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、負傷された方々の1日も早いご回復をお祈り申し上げます。7月15日の放送で告知いたしました第3話が、放火殺人事件を扱っておりました。そのため、7月22日は、既に放送した1話と2話をふり返り、放送させていただきます」
京都アニメーションの酷い事件には、アニメファンのみならず、多くの人たちが傷つき、悲しんだ。この事件を受けて私が考えたことは、愛する人や家族を突然失う、ということは、想像以上に悲しいものであろうということだった。
また、「東日本大震災」の被災についても描かれている本作。朝顔は、震災によって愛する母親を失う。しかしその母の亡骸は、いまだに見つかっていない。朝顔が経験した震災の時に支えとなったのが、夏目茶子(山口智子)の存在だった。今年は、台風による大きな被害も深刻であった。被害に遭った多くの方々は、予想してもいなかった生活の変化に多く苦しんでいることかと思う。こうして、年末に執筆をしている私のように、毎日普通の生活をしていくことは、本当に恵まれていることだと思うと、心が痛む。愛すべき家族を失った朝顔自身が、法医学者として、母として、生徒からの質問に答える大学の講義のシーンは、このドラマの真髄だろう。
「亡くなられた方の最期に寄り添い、その方が生きている間に伝えたかったことや法医学者にしか読み解くことのできないその証を一つでも見つけようとする。それが人間が、人間の手で亡くなられた方の魂を弔うことにつながっていくと思います」
ワンカットで撮影されたと言われる、約8分間の上野樹里のセリフは、放送終了後大きな反響を呼んだ。時たま、ドラマを見ている時に、役柄としてみているのではなく、登場人物が本当に憑依している瞬間なのではないかと感じる時がある。それがまさにこのシーンであった。
また、折坂悠太「朝顔」の楽曲についても語らずにはいられない。最終回手前時、放送直前に、朝顔達が暮らす自宅で折坂悠太自身が弾き語りをする映像が流れた。自宅に明るい光に満ちている中で、朝顔達家族を照らしている中、訥々としたギターのメロディーに乗せられて彼の声が響き、家族一人ずつを写していく。よりこのドラマが持つテーマを明確に魅せた瞬間だった。
どうか今、あなたのそばにいる人との生活や時間を、慈しむ標になりますように。そして、どうかこれから先の未来に、思い出を懐かしめるようにひたむきに愛情を注いでいくことの正しさを識る一つの道徳になりますように。
凪のお暇
原作は、月刊誌 「Elegance イブ」(秋田書店) で連載中のコナリミサトによる同名漫画。2017年に1巻が発売されると口コミで話題となり、現在累計250万部を突破 (1〜5巻)。「第8回anan マンガ大賞」をはじめ、「マンガ大賞」 では第11回、第12回と2年にわたりノミネート。「宝島社このマンガがすごい!2019オンナ編」 では3位に選ばれ、「第22回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門」 では優秀賞に選ばれるなど数々の賞を受賞している漫画の待望の実写化!
2019年のドラマの中でも、各方面において話題を呼んだ作品でしょう(個人的にも第一位です!)。ドラマ化が決まったと同時に、この“最強人生リセット劇”を彩るキャスティングにも注目が集まった。その中でも、もっとも黄色い悲鳴をあげたのは、何と言ってもこちらのニュース。
“中村倫也、出会う全ての女子を虜にする男に… ドラマ『凪のお暇』出演”
https://www.oricon.co.jp/news/2137585/full/
前述「初めて恋をした日に読む物語」では、元ヤンキーの高校教師であり、主人公を翻弄し続けるセクシーなキャラクターを演じた中村倫也が、今度は、出会う全ての女性を虜にする、ちょっぴり危険な優しさを纏った役柄を演じるというこの出来事は、到底、同じ年に起きた事件とは思えなかった。
中村倫也がデビューしたのは2005年の映画「七人の弔」。1年間養成所へ通った後に事務所のオーディションを受け、現在のトップコートに所属し、デビューを果たした。ただ、そこから先、大ブレイクと言えるような彼の代表作はなく、脇役や数秒ほどしか出演時間もないような役柄が多く、15年の下積み期間を経て、遅咲きした俳優であることはもう知られていることであろう。
とはいえ、今や地上波ドラマのみならず、映画やバラエティ、そして実写版「アラジン」で主人公の吹き替えを担当し、主題歌にて美声披露したことが大きく話題になったが、その流れの中でこの「ゴン」というキャラクターは今年の軸だったのではないだろうか。中村倫也のその魅力といえば、どんな役にも変容し、キャラクターの素を演じられることだ。本人が持っているそもそもの柔和な雰囲気もあり、多変していく姿をいくつも見てきたことであろう。今年彼にとって一番大きかったのは、NHK連続テレビ小説「半分、青い。」にて演じていたプレイボーイの役だと思うが、全国の女子がノックダウンされた「ゴン」は、他の誰でもなく、中村倫也が演じることによって、原作のキャラクターに命が宿されたともいえよう。
また、合わせて2017年1月期ドラマでオンエアされていた「カルテット」での家森諭高役でブレイクし、我聞慎二役が大きな話題となった高橋一生についても触れておきたい。「カルテット」以降、いくつか主演を務めてきたが、今作においては、主演の黒木華を翻弄する元カレ「慎二」役。凪に対して素直になれず、不器用なキャラクターを演じることとなった。プロデューサーからのコメントにもあるが「他人に対して読ませる空気を作る男」という、圧力的な存在を演じるには、モテるルックスと周りの空気を読んで作る笑顔が、世界一似合っていた(そしてそれは想像以上にハマっていた)。
慎二とゴンは、凪が人生をリセットし、再起する人生を歩むためにも重要なキャラクターなのだが、正反対の性格であることもストーリーへ影響している。二人の男性から感情を左右されながらも凪は「凪らしさ」を考え、お暇を楽しみながら過ごす。その姿から、不器用な自身や、過剰に周りへ迎合してしまう自身を省みて、素直な気持ちになれるかを考え成長していくキャラクターであった。我聞というキャラクターは、ストーリー上、大きな変化があったキャラクターであり、視聴者もドキドキしてたまらなかったことを覚えている(Twitter上にて、#慎二やべぇ 参照)。こんな偏屈なキャラクター、あの家森さんを演じた高橋一生しか演じきれません(笑)。
また、黒木華が凪のトレードマークである「くるくるパーマ」を忠実に再現したこともヴィジュアル解禁とともに話題となった。当初、ウィッグをつけることをプロデューサーは提言したというが、「地毛の方が細かいニュアンスが出ると思う」という提案により、原作を知っている人も知らない人も、ドラマの中の凪として観られるような細かな役作りをしたことで、より自分の生活に置換して視聴するファンを獲得することとなったような気がする。
大島凪は、大手家電メーカーに勤務する28歳のOL。周りの同僚や上司の顔色を伺いながら毎日を過ごし、空気を壊さないようにと身も心も削っていく。そして、一番近い存在の恋人に対しても同じようにしてしまう。しかし、そんな凪は「とあるきっかけ」で倒れてしまう。事実上、会社で倒れるといったことを経験する人は少ないかもしれないが、それに近しい、周りとの調和ばかりに気を使い、本来の自分を見失いながら毎日を過ごしてしまう人は、現代社会において多いのではないだろうか。そして、人生、振り返るような時間も隙間もない。その隙が必要であることに、一人で気がつけずに、立ち戻ることができない時もあるのではないだろうか。
この物語の真髄は、「ありのままの自分を認めることができるようになるまでのリセット」。人間、壊れてしまったら、素の自分に戻ることは難しい。周りとの関係性を読んで、発言や行動を取れないこともしばしば。嫌われる勇気を持てず、凪のように、殻を破れないままでいることに、同等の悩みを持つ人は多いのではないかと思う。20代半ばを過ぎ、周りは結婚や出産を経験していく。社会の渦や軋轢に飲まれる。自分を押し殺していく経験。それらが一度に介したことで、多くの視聴者の置かれている境遇や環境を浮き彫りにしたことで、多くの共感を呼ぶ作品になっていったのだ。
また、凪以外の登場人物たちが、他ドラマと比べて焦点当てて1話ずつ取り上げていかれたことも、多くの層から共感を呼んだ一つのポイントかも知れない。個人的に気になったのは、“お釣漁りババア”を快演した吉永緑役・三田佳子。なぜ彼女はこのボロボロのアパートに住むことになったのか。その謎はドラマの終盤に語られることとなるのだが、彼女が自身の生活を謳歌する姿は、お暇自体だけでなく、多くの視聴者を感動させた。それだけではない。緑さんは、凪をはじめとする登場人物たちに対して、自分に正直でいることの多くを知るため背中を押す一言を多分に語りかける。自分にとってちょっとした幸せを感じられるような暮らしを、丁寧に紡いでいくこと、そしてそれは誰かを幸せにすることに繋がるのだ(ちなみに、三田佳子は、今作において「第17回コンフィデンスアワード・ドラマ賞」にて助演女優賞を受賞した)。
自由度の高いドラマでありつつ、かねてより原作のファンでいた人たちも、新たな「凪のお暇」を愛することができるように練られた、精度の高いこのドラマ。ドラマでは「本当に人生をリセットした」形で終わっているが、原作では、また別の結末として「凪の世界」を楽しめると思うので、ぜひ原作も追いかけていきたい。
そんな名ドラマの主題歌は、miwa「リブート」。デビュー当時より続けていた、黒髪ロングのビジュアルから脱却し、ショートカットにイメージチェンジしたmiwa。自身のビジュアルとMVにも見られるように、ハイヒールを投げる姿や、ブラックコーデに身をまとった彼女の姿も相まって「リブート=再起動」するための応援歌となったことでしょう!
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