極めてクリティカルに問題提起した、カンヌ国際映画祭
三大映画祭の中で最も知名度が高いのは、やはりカンヌでしょうか。毎年5月の半ばぐらいになると、テレビでも盛んに報道されているように思います。アート系や社会派の映画の配給が苦しい世の中とは言え、やはりカンヌでパルムドール(最高賞)を取るような作品は別格の存在感を放ちます。ケン・ローチ(『わたしは、ダニエル・ブレイク』)やアブデラティフ・ケシシュ(『アデル、ブルーは熱い色』)のような監督の名前もどこかで目にしたことがあるのでは?
昨年は特に社会派と言いますか、現在の世の中に対してクリティカル(批判的)な作品が多く見受けられました。まずは審査員賞に輝いたロシア映画『ラブレス』からフォーカスしてみましょう。
愛の行方に思いをはせる『ラブレス』
『父、帰る』の他、発表する作品がことごとく傑作であるアンドレイ・ズビャギンツェフ。彼の最新作が『ラブレス』であります。
映画『ラブレス』予告編(英語字幕)
以下、配給会社クロックワークス公式サイトよりあらすじを引用。
自分の幸せが最優先の現代人を容赦なく描く ズビャギンツェフの最高傑作!息子の失踪をめぐるサスペンスを軸に、結婚生活が破綻した夫婦が失敗した過去をお互いに押し付け合い、新しい幸せを追い求める姿を、美しくも冷ややかな映像、ピアノの旋律、終始張り詰めたテンションで描き、観る者を深く揺さぶる、圧倒的なラストへと向かっていく―。
本作をパルムドールに推す声もあったようです。一見するとロシアのホームドラマですが、これまでのズビャギンツェフ監督の諸作品と同じく、大いに政治性を含んだ映画となっております。彼がカンヌの記者団に語った、「『ラブレス』は政治家に虐げられるであろう人々の物語だ」という言葉が印象的。日本では2018年4月7日から公開予定です。
審査委員長が「心のパルムドール」と評した『BPM ビート・パー・ミニット』
さて、グランプリの話に移りましょう。カンヌ映画祭の紛らわしいところは、最高賞であるパルムドールとは別に「グランプリ」と冠された賞が設けられている点です。改めて説明しておくと、カンヌにおいてはパルムドールとグランプリは全く別。
で、今年のグランプリ受賞作はこの映画。
映画『BPM ビート・パー・ミニット』予告編
舞台は1990年代初めのパリ。エイズ発症者やHIV感染者への差別や不当な扱いに抗議し、政府や製薬会社などへ変革に挑んだ実在の団体「ACT UP-Paris」の活動を通して、若者たちの恋と人生の輝きを描く。ACT UPのメンバーだったという監督自身の経験が物語のベースとなっている。明日も知れぬ命を抱える主人公の葛藤、感染者を一人でも減らしたい、友人の命を助けたいという情熱、恋人との限りある愛・・。生と死、理想と現実の狭間で揺れ動きながらも、強く生きる若者たち。彼らの生き生きとした表情や行動が、力強くエモーショナルな映像と共に綴られる、感動作。 - 公式サイトより
余談ですが、今回のカンヌ国際映画祭で審査委員長を勤めたペドロ・アルモドバルは自身がゲイであることを表明しています。その彼をして、本作は「心のパルムドール」であると言わしめました。2018年3月24日より順次公開。
2017年最高の皮肉。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』のパルムドール受賞
カンヌ国際映画祭の最高賞<パルムドール>に輝いたのは、スウェーデンの映画監督リューベン・オストルンドによる『ザ・スクエア 思いやりの聖域』。『フレンチアルプスで起きたこと』を撮った鬼才の作品なだけあって、最高にシニカルな仕上がりとなっています。
映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』予告
主人公は美術界で名をはせる敏腕キュレーター。もう「キュレーター」が主人公という時点で圧倒的なセンスを感じますね。周囲の尊敬を集め、子煩悩(しかし奥さんとは離婚済み)な一面も持つ完璧な彼でしたが、とある事件をきっかけに大炎上。
この炎上劇は確かに笑えるのですが、その「笑える」という事実にトリックが仕掛けられています。あまり深くは言えませんが、あらゆる意味で本作は僕らが生きる現代社会を痛烈に批判しており、何ならパルムドールを受賞するところまで映画の一部なのではと思えます。大傑作。日本での公開は2018年4月28日から。
ファンタジーとリアリティがせめぎ合った、ヴェネツィア国際映画祭
映画界の巨匠を数多く輩出してきたイタリアのヴェネツィア国際映画祭。毎年9月の頭ごろに開催されており、時系列的には三大映画祭のトリを飾ります。他二つに比べ、『さよなら、人類』などのアート性の高い作品が好まれる傾向にあると思います。
が、今年は社会性の高い映画も目立っており、金獅子賞(最高賞)を勝ち取った『シェイプ・オブ・ウォーター』以外の上位作品はいずれも社会派のドラマでした。
銀獅子賞はフランスの『カストディ(英題)』
形式上婚姻関係にあるが書面上の契約を交わさない「事実婚」が選択肢として存在するフランス。そういう面で先進的であるように思われる同国ですが、やはり普遍的な部分も持ち合わせております。昨年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)に輝いたのは、両親の離婚騒動に振り回される少年を描いた『カストディ(英題)』。
映画『カストディ』予告編(英語字幕)
本作の監督を務めたグザヴィエ・ルグランは、これが長編デビュー作。短編映画『すべてを失う前に』で名をはせた彼ですが、長編においても類い稀な実力者であることを証明して見せました。会話劇の見せ方が抜群にうまい。脚本もよく練られていて、両親の軋轢の中で居ても立ってもいられなくなる少年の様子が鮮明に描かれていました。
早く日本公開が決まってほしい、『フォックストロット(原題)』
新鋭と呼ぶにはあまりに老練な映画監督、サミュエル・マオズ。彼のデビュー作『レバノン』が、2009年のヴェネツィア国際映画祭でいきなり金獅子賞を受賞するという一大センセーショナルを巻き起したことは記憶にも新しいです。
そんな彼の最新作『フォックストロット(原題)』が、またしてもヴェネツィアで喝采を浴びました。
映画『フォックストロット』予告編
金獅子賞に次ぐ、審査員大賞を受賞。愉快な音楽と小気味の良いステップ、そしてその手には銃。このショットで既に十分示唆的であります。当然ながら、心地よい映画ではありません。本作はイスラエルを舞台にした戦争映画です。現在様々な問題を抱える同国に正面から切り込んだ作品で、燃え盛る炎のような怒りを感じる仕上がりとなっております。
とりわけ若者を戦争に焚きつけることへの批判は勢い凄まじく、マオズ監督の執念を感じるほど。一刻も早く日本公開が決まってほしい。僕らも知らなければいけない事実が、この映画では描かれています。
正真正銘、ギレルモ・デル・トロの最高傑作。強豪を抑え、金獅子賞を獲得した『シェイプ・オブ・ウォーター』
現在の映画シーンにおいて、配給や宣伝が「傑作」という言葉を連発しがちだが、本当に優れた作品にこそ使いたいですね。金獅子賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』はまさしくそれ。先日開催されたゴールデングローブ賞でも、ギレルモ・デル・トロは監督賞に輝いております。
映画『シェイプ・オブ・ウォーター』予告編
デル・トロ監督の代表作のひとつに『パンズ・ラビリンス』がありますが、あの映画でできなかったことを全部やったなと。果てしなくピュアで、痛いほど愛くるしい物語。
公式サイトよりあらすじを引用します。
1962年、アメリカ。政府の極秘研究所に勤めるイライザは、秘かに運び込まれた不思議な生きものを見てしまう。アマゾンの奥地で神のように崇められていたという“彼”の奇妙だが、どこか魅惑的な姿に心を奪われたイライザは、周囲の目を盗んで会いに行くようになる。子供の頃のトラウマで声が出せないイライザだったが、“彼”とのコミュニケーションに言葉は必要なかった。音楽とダンスに手話、そして熱い眼差しで二人の心が通い始める・・・。
日本での公開は2018年3月1日から。間もなく始まる米国アカデミー賞(現地時間1月23日にノミネート発表)でも、本作『シェイプ・オブ・ウォーター』は大いに期待できそうです。
ここまで怒涛のように9作品を紹介しましたが、このラインナップから何か見えてきましたか?筆者から見ると、現実と虚構、批判と逃避がそれぞれ立場を確立させたような印象があります。対義語であったはずの概念が同時に存在していると言いますか。三大映画祭で最高賞に輝いた諸作品が、方向性においてこれほど異なった年は今までになかったかもしれません。少なくとも、2017年には「みんなで一緒に同じ方向を」というフレーズは口が裂けても言えなくなりました。
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