4. 『シンプル・シモン』のカラフルな包容力
アスペルガー症候群のシモン(ビル・スカルスガルド)を中心に展開される『シンプル・シモン』。
以下、公式サイトよりあらすじを引用。
物理とSFが大好きなシモンは、気に入らないことがあると自分だけの“ロケット”にこもり、想像の宇宙へ飛び立ってしまう。そんなシモンを理解してくれるのは、お兄ちゃんのサムだけ。でも、シモンのせいでサムは恋人に振られてしまう。彼女がいなくなって、落ち込むサム。そのせいで自分のペースを乱されるシモン。サムに「完璧な恋人」さえいれば、生活が元通りになると考えたシモンは、サムにぴったりな相手を探し始める。そして、偶然出逢った天真爛漫なイェニファーに狙いを定め、ある計画を実行に移すが・・・。
映画『シンプル・シモン』予告篇
一般論としては「ちょっと変わった存在」のシモンを、本作は全力で肯定します。懸命に自身の恋人候補を探してくれたシモンを労いつつ、サムはこう諭します。「自分と違うから惹かれ合うんだ」。この言葉はシモンの存在そのものにも向けられているのだと思います。延いては、画面の前にいる僕たちにも。ともすれば説教臭くなりそうなテーマですが、カラフルなテイストと真摯にアスペルガー症候群を見つめる態度でもって、極めて心地よい仕上がりとなっています。
得てして僕らにも欠点がありますが、それを踏まえてもう一度前を向こう。そんな気分にさせてくれる映画です。
5. カウリスマキからの強烈なビンタ、『街のあかり』
フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキによる2006年の映画。同氏の作品のうち、『浮き雲』、『過去のない男』、そして本作は「敗者三部作」と呼ばれています。『街のあかり』が完結編にあたるわけですけれども、この映画が前述三作の中で最も暗いです。暗黒です。
本作の舞台はヘルシンキのビジネス街。主人公のコイスティネンはそこで夜警として働きますが、友達も恋人もおらず、出世とも無縁です。そんな彼が、ある夜ひとりの麗しい女性と出会います。天涯孤独であった彼の人生にもついに光がと思った矢先、これが地獄の始まりでした・・・。
『街のあかり』が前の二作と決定的に違う点が一つあります。シンプルに言うと、『浮き雲』と『過去のない男』の主人公はある種の強さを持っていたのですが、コイスティネンは徹底して弱者。危機的状況に置かれたときに対応する術をまるで持っていません。そのため、本作に漂う絶望感は前二作の比ではないです。「お前(コイスティネン)マジか・・・」と嘆息を漏らすこと請け合い。そして負の連鎖が止まることなく続きます。
それでも、本作は最後に少しだけ希望の光を提示してくれるのでした。英題は「Lights in the Dusk」。「街」ではなく「Dusk(夕やみ)」なのですね。こちらのタイトルのほうがより直接的に、この映画の本質を突いています。その闇は濃く、抜け出しがたいものかもしれませんが、小さじ0.5杯分ぐらいの光はある。どうしようもない男の物語ですが、このささやかな光を見届けて欲しいとは思います。
劇薬ですけれども、これがカウリスマキ流の人生賛歌です。「今が人生の最底辺かもしれない・・・」と思う人にこそ薦めたい。
6. 「何も起きない幸福」を求めて。『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』
2013年に三大映画祭の一つ、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞したにも関わらず、恐ろしく知名度の低い映画です。しかもドキュメンタリーとしては初の同賞受賞ですから、話題性としても抜群のはずでした。当時審査委員長を務めたベルナルド・ベルトルッチ(ラスト・エンペラーなど)曰く、最高賞選出には「満場一致であった」とのこと。ところが、本作は他の金獅子賞受賞作と比べても圧倒的に知られておりません。
それは何故か。個人的な見解としては、本作が「何も起きない」映画だからだと思います。
『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』予告編
当たり前ですが、本作はドキュメンタリーですから筋書きがあるわけではありません。タイトルにあるように、ローマ環状線の付近で生きる人々の営みを複数のシークエンスに分けて映しただけの作品です。孤高の老植物学者、ありふれた会話を繰り広げる父娘(筆者はこのパートが一番好きです)、後継者不足に悩むウナギ養殖者・・・。
ドラマ映画のように起承転結が存在したり、「ここに映し出される人々が実は繋がってました」などというギミックもありません。本作は「点」のみで構成されています。しかし、そこに映し出される人々はフィクションを凌駕するほど美しい。彼らは普通に生活しているだけですけれども、得も言われぬ生命力を感じました。
環状線のようにグルグル回る僕らの人生ですけれども、「何も起きない」ドラマ性は確かに存在するように思います。その味気ない力強さを今一度見直すことのできる傑作です。
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