これまでにも「噓」を重要な要素として描いてきた、フランソワ・オゾン監督
10月21日より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開されている『婚約者の友人』。本作は『8人の女たち』、『スイミングプール』などで有名なフランソワ・オゾン監督の最新作です。現在のフランス映画界を代表する彼ですが、以前より「嘘」を重要な要素とした作品を撮る傾向がありました。例えば、前作の『彼は秘密の女ともだち』。
彼は秘密の女ともだち(予告編)
以下、公式サイトよりあらすじの引用。
クレール(アナイス・デュムースティエ)は幼い頃からの親友のローラ(イジルド・ル・ベスコ)を亡くし、悲しみに暮れていた。残された夫のダヴィッド(ロマン・デュリス)と生まれて間もない娘を守ると約束したクレールは、二人の様子を見るために家を訪ねる。するとそこには、ローラの服を着て娘をあやすダヴィッドの姿があった。
ダヴィッドから「女性の服を着たい」と打ち明けられ、驚き戸惑うクレールだったが、やがて彼を「ヴィルジニア」と名づけ、絆を深めていく・・・。
『彼は秘密の女ともだち』はクレールとダヴィッドのふたりの秘め事(ゆえに嘘が堆積してゆく)を中心に物語が進むわけですが、オゾンは元来、要素やテーマ性の提示が上手い監督です。この作品では観客と映画の間に一本の「秘密」が吊るされ、それがユラユラ揺れながら物語の核心に迫ってゆきます。そして最終的に、ぼくらの凝り固まった性概念を粉砕したのでした。
で、最新作の『婚約者の友人』では「嘘」そのものを問うているのです。『彼は秘密の女ともだち』では要素のひとつに過ぎなかったのですが、こちらでは主テーマとして扱われています。
『婚約者の友人』が投げかける「分かりやすさ至上主義」への問い
性描写へのこだわりもオゾン作品の特徴のひとつですけれども、本作にはそれがまったくありません。徹底的に「噓」というワンテーマに集約されています。
さらにオゾンの特徴を挙げるとすれば、現代が抱える問題意識を、過去の時代を参照して顕在化させることでしょう。例えば、『焼け石に水』では70年代のドイツを舞台に「他者との関係性」を描き、『8人の女たち』では50年代のフランスを舞台に「幸せな愛の不条理さ」を問う。そして今作でオゾンが挑んだのは、第一次世界大戦後のドイツを舞台に「分かりやすさ」が蔓延する現代社会にあえて「嘘」を扱うことでした。
『婚約者の友人』(予告編)
以下、公式サイトより本作のあらすじを引用。
1919年、戦争の傷跡に苦しむドイツ。婚約者のフランツを亡くし悲しみの日々を送っていたアンナ(パウラ・ベーア)は、ある日、フランツの墓に花を手向けて泣いている見知らぬ男に出会う。戦前にパリでフランツと知り合ったと語る男の名はアドリアン(ピエール・ニネ)。アンナとフランツの両親は彼らの友情に感動し、心を癒される。だが、アンナがアドリアンに”婚約者の友人”以上の想いを抱いたとき、アドリアンは自らの”正体”を告白する・・・。
過去のオゾン作品と比較しても、暗喩的で静謐なテイストの映画です。静かで瑞々しく、けれども重くぼくらにのしかかる。モノクロとカラーが混然一体となった映像美も見事で、その美しさが重い内容と相反するようで胸が苦しくなります。
けれども、本作が打ち出しているのは現代への諦観ではありません。詳しくはぜひ劇場で確認していただきたいのですが、この映画はエンディングが極めて重要であります(重要でないエンディングなどないですが)。現代における「噓」のあり方、モノクロとカラーを併せて使用した理由、言うならばオゾンの自問自答的終幕が用意されています。
最後に、本作の重要なファクターとして挙げられる一枚の絵をご紹介します。
いわゆる「印象派」の草分け的存在のエドゥアール・マネ。有名な絵画を数多く残しましたが、この『自殺』に関してはまるで情報がありません。美術誌などがマネにフォーカスするときも本作は省略されることが多いです。そんな絵画に、オゾンは彼なりの結論を託しました。
「ポスト・トゥルース*」という言葉が流行ってから、現代の人々は嘘と誠の線引きに敏感になっております。そんな世の中において、芸術は嘘と誠のどちらに入るでしょう? 映画『婚約者の友人』におけるマネの『自殺』の存在は、芸術を「嘘」と仮定した上でそれでもアートはぼくたちに不可欠なものであると暗喩しています。
「嘘は方便か?」。この問いの答えはもはや、「正しさ」と同様に是か非かの二元論で語れるものではないでしょう。恐らく絶対的な正解は存在しません。本作もまたしかりですが、回答のひとつとしては認められるべきかと思います。あなたはこの「嘘」をどう見ますか?
*ポスト・トゥルース: 客観的な事実は、感情に訴えかける虚構の前には無力であるという状況のこと(オックスフォード英語辞典参照)。
■『婚約者の友人』
2017年10月21日より全国順次公開
<公式サイト>
http://www.frantz-movie.com/
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