1967年、戦場と化したデトロイトで何が起きたのか。
『ハート・ロッカー』でイラクに滞在するアメリカ軍爆弾処理班を、『ゼロ・ダーク・サーティ』でCIAによるオサマ・ビンラディン暗殺の顛末を描いたキャスリン・ビグロー監督。彼女の最新作が1月26日から全国公開されます。その名も『デトロイト』。言わずと知れたアメリカの大都市ですね。治安の悪さでは米国随一で、2012年にフォーブス誌が発表した「アメリカの危険な都市ランキング」では不名誉な第1位に輝いております。
そんな凶悪都市で実際に起きた事件を基に制作された映画が、この『デトロイト』です。
映画『デトロイト』予告編
1967年7月、暴動発生から3日目の夜、若い黒人客たちで賑わうアルジェ・モーテルに、銃声を聞いたとの通報を受けた大勢の警官と州兵が殺到した。そこで警官たちが、偶然モーテルに居合わせた若者へ暴力的な尋問を開始。やがて、それは異常な“死のゲーム”へと発展し、新たな惨劇を招き寄せていくのだった…。- 公式サイトより
もう少し補足しましょう。死者数43人、負傷者数1100人以上、逮捕者約7200人・・・。アメリカの歴史の中でも最大規模の暴動はなぜ起きたのか。
きっかけは、当時デトロイト市内にあった『Blind Pig』という無免許で時間外営業を行っていた酒場に、警察(白人の割合が95%)が捜査名目で踏み入ったことです。これに反発した黒人たちが暴徒化し、略奪、放火、銃撃などが横行した末、市内は半ば戦場のような様相を呈してゆきます。この暴動は5日間にわたって続き、沈静化した後も様々な問題を抱えていました。そのひとつが、本作で描かれている「アルジェ・モーテル事件」です。
この事件、実は今も「当時の裁判所が下した判決は本当に正しかったのか?」という議論の真っ最中でして、度々メディアでも取り上げられます。つまり、50年経ってもなお未解決。それをキャスリン・ビグローは社会問題としてだけでなく、「エンターテイメント」として僕らに提示して見せたのです。
ヒッチコック的「40分」
アメリカの高名な映画評論家ロジャー・イーバート(2013年没)は、ビグローの代表作『ハート・ロッカー』を論評した際、ヒッチコックが提示した「テーブルの下の爆弾論」を引き合いに出しています。ざっくりこの理論を説明すると、「テーブルの下の爆弾が突然爆発すれば、それは一瞬のサプライズで終わる。しかしあらかじめ観客にその存在を知らせておけば、爆発までの数十分は“サスペンス”として成立する」というもの。
『ハート・ロッカー』では、まさしく爆弾そのものでこの方法論を実行してみせたのです。
映画『ハート・ロッカー』予告編
「テーブルの下の爆弾」は、本作『デトロイト』でも使用されています。アルジェ・モーテルのシーンはずっとこの「テーブルの下の爆弾」状態だと言ってよいでしょう。その長さなんと40分。その点では、はっきり言って『ハート・ロッカー』の10倍はハードな映画です。最大の違いは、『デトロイト』の場合は爆弾の役割を果たすのが白人の持つ銃だということ。この40分間は本当に覚悟して観て下さい。
The Dramaticsの悲哀。ひとつの才能が潰えた夜
ドラマティックス。ソウル・ミュージック好きは知っている名前かもしれません。1964年に結成され、翌年に『Bingo』という曲でデビューを飾ったグループです。1970年代には『Whatcha See Is Whatcha Get』や『In the Rain』などのヒットを飛ばしました。1993年にはラッパーのスヌープ・ドッグによる『Doggy Dogg World』に客演を果たします。
Snoop Dogg – 『Doggy Dogg World ft. Tha Dogg Pound, The Dramatics, Nanci Fletcher』
けれども、グループの結成メンバーでありながら、このいずれにも参加していないシンガーがいます。彼の名はラリー・リード。彼は「アルジェ・モーテル事件」の被害者であり、それがきっかけで1967年にグループを脱退することになります。芸能界から身を退け、その後はゴスペルの歌手として教会で歌っていました。それを知った上でご覧いただきたい動画がコチラ。
Algee Smith & Larry Reed – 『Grow』
劇中でラリー・リードを演じたアルジー・スミスと、ラリー・リード本人によるデュエットです。50年の時を越え、リードはあの日の夜に奪われた夢を叶えたのです。スミスも動画の中で「何百人に届く歌を、彼はようやく歌うことができたんだ。人生は巡るね」と語っています。しかもこの曲をリリースしているのは、1960年代にソウルの一大拠点として隆盛を極めていた<モータウン・レコーズ>。『デトロイト』本編でもシンガーたちの憧れの的として描かれています。リード自身もこのレーベルに所属することを夢見ていました。50年という年月の間、彼がどのような思いで日々を過ごしていたのか想像を絶しますが、その歌声は少しも色褪せてはいませんでした。
確かに今もデトロイトは危険な街ですけれども、その裏にはこんな歴史があったのです。やはり物事は全て線で繋がっていて、過去と現在は切り離せない関係にあります。歴史の普遍性を教えてくれるという意味では、本作は僕たちにも大いに関係していると思いますね。
最後にもう一度書いておきますが、この『デトロイト』、心を逞しくして観て欲しい一本です。
■ Detroit (Original Motion Picture Soundtrack)
■映画『デトロイト』
公開日: 2018年1月26日
上映館: TOHOシネマズ新宿ほか全国順次公開
<公式サイト>
http://www.longride.jp/detroit/
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