最初は「シンディ・ローパーがいいんじゃないっすか?」って言ったんです。
――伏線はありつつも、すれ違いが続いていた。じゃあ今作は元々、郁子さんと共作することを考えていたんですか。
西寺 : 実はそうでもなくて。俺がBillboard Recordsからワーナーに戻ったのは、いいバラードの決定版を作ろうって目的があったんですよ。
――バラードの決定版?
西寺 : メジャーレーベルに戻る=本当のバラードを作るために戻ったと、俺は思ってて。ノーナは元気な曲とか、アッパーな曲とか、ダンサブルな曲が多かったんですけど、それはいままでのBillboard Recordsでも出来てたので。ワーナーに行くからにはいままでのキャリアで培ってきたメソッドをすべて使って、本気でバラードを書こうと思って作ったのが今回の曲。
そしたらスタッフからミーティングで「この曲めちゃくちゃいいから、男女のデュエットにしたら?」って言われたんですよね。で、正直なことを言ったら最初は「シンディ・ローパーがいいんじゃないっすか?」って言ったんです。
原田 : うわぁーー!
西寺 : 土岐麻子さんも、一十三十一ちゃん、真城めぐみさんも一緒に歌ってるし、ほかに日本人で思いつかなかったんですよ(笑)。急に言われて、そんな簡単じゃないぞっていうちょっとした反抗心もありましたしね(笑)。
1年くらい前にワーナーへ来たとき、「ナイル・ロジャースにプロデュースしてもらえば」とか「クインシー・ジョーンズがまだ元気って噂が流れてるから、ワーナーのツテで頼めるかもしれない」って話をされて。「えらい話がデカイな」っていうのが頭にあったから、シンディ・ローパーの名前を出したんですけど。「トゥルー・カラーズ」とか「タイム・アフター・タイム」とか好きなんですけどね(笑)。日本人に届けるバラードの決定版なのに、英語になったら本末転倒だと自分で気がついて(笑)。「もはや、シンディ・ローパーじゃない」って話になって、日本人で誰かいるかなぁと考えてて。
――郁子さんの名前はすぐに浮かばなかったんですか。
西寺 : 郁子ちゃんはクラムボンってグループの顔だから。単独の女性シンガーとして最初は頭に浮かばなかったんですよ。まさに灯台元暗しで。原田郁子ってアーティストが浮かんだ瞬間にそれしかないと。あのときの自分を褒めてあげたいですね。有森裕子さんでしたっけ? 「自分で自分をほめたいと思います」っていう。
原田 : あはははは。
――一緒に歌詞を書くのは、どういう経緯で決まったのでしょうか。
西寺 : 本気のバラードを作りたいと思ったので、自分で歌詞を書かない方がいいと思って探していたんですよね。ノーナを好きなプロの作詞家に書いてもらえればいいなって。だけど、原田郁子の名前が浮かんだときに「郁子ちゃんは作詞家だから、書いてもらえるかもしれない」と思って。でも、スケジュールの都合もあったので「できるかどうかだけ聞いてください」ってマネージャーに伝えたら「できる」って返事をもらえて。
原田 : 郷太くんと一緒に曲を作る機会が訪れるなんていうことは考えてみたこともなかったから、まったく予測がつかなすぎて、「これは面白いことになりそうだ!」って思いました。すぐにデモを送ってくれて、聴いてみたらとにかく曲が良かったんですよね。メロディを聴いて「うわぁ、、」と思って。
――「記憶の破片」ってかなり珍しい言葉ですけど、これはどちらが考えたんですか?
原田 : えっと、直接会って歌詞の作業をしてるときに、サイゼリアでね(笑)。周りがいい具合にワシャワシャしているなか、ふたりでノートを広げてめちゃくちゃ集中してたんですよね。で、わたしが書き殴っていたフレーズを指差して、郷太くんが「これ、いいね」と言ってくれて、そこに「記憶の破片」って書いてあった。
西寺 : ノート1冊分にブワー! って、言葉をいっぱい書いてくれてたんですよ。最後のページに「記憶の破片」っていう言葉を見つけて。普通、歌詞で書くとしたら「記憶の欠片(かけら)」って書く気がしてて、「記憶の破片(はへん)」って言葉にアタックがないじゃないですか? どこも口を弾かないというか。
――「破片」って、歌うときの発音は難しいですよね。
西寺 : そういう意味で意外性があって、英語の『Her hand』みたいにも聴こえるし、なんかそれがあの曲にハマることで本当の悲しさというか、人を失った脱力感に繋がるんじゃないかなって。今回は郁子ちゃんが歌っているところを俺が書いて、俺が歌っているところを郁子ちゃんが書いていたりするから、そういう逆転の発想も楽しかった。
原田 : 郷太くんって一個一個を捉える直感力がすごいんですよね。「記憶の破片」っていう、それこそいっぱい言葉が散らばっているノートにあった、ちっこい1個の破片でしかなかった言葉にフォーカスした瞬間、誰かの頭上にこれまでの「記憶の破片」が銀河みたいにバーーーって広がっているイメージが浮かんで、そこから一気に出来上がっていった。もうお互いほとんど第六感みたいなところでやってたような…。
郷太くんは、作曲者であるし、プロデューサーでもあるし、もちろん歌詞をずっと書いてきた人でもあるんだけど、まずは歌を歌う人であるから、「発音して気持ちいい」っていう感覚を持っている。今回すごくそこに助けられました。「そう、そう、そうだよね!」って。
この曲は自分にとって本当に特別な曲。
――じゃあ、トラブルもなく進んでいって。
原田 : えーっと、途中で連絡が途絶えたんだよね(笑)。
西寺 : 一回途絶えたんですよ。スケジュールも決まっていたので「歌詞どうかな?」って軽くジャブを打ったら3日間くらい返事がこなくなって。
――会社員だったら「飛んだ」って思いますよね(笑)。
西寺 : 返事だけじゃなくて、既読にもならないっていう。既読スルーじゃなくて、全体的にスルー。俺は「大丈夫かな、携帯を落としたのかな?」って思っていたら…。
原田 : ほんと、すいません…。ツアーが終わって、オフをいただいてたんです。3000mくらいの山に登りにいってて。
西寺 : 事前に聞いてたんですけど、俺が忘れてて。
原田 : 行ってみたら圏外だったので、「やばい、これはもしかして失踪したと思われるかも」と思って(笑)。どうにかして連絡をとらなきゃって思ったんですけど、豪雨が続いて身動きが取れず、心のなかで「郷太くん、ごめん!」って。
西寺 : いやいや。申し訳なかったのが、めちゃくちゃ忙しいスケジュールをこなして、ようやくオフだっていうのに歌詞のことしか頭になくて。
原田 : 山の上でもずっとこの曲のことをやってました(笑) 。どんな曲にしたいかって二人で話していく中で、「死」っていうことが一つのテーマとしてあって。マイケル・ジャクソンやプリンス、ジョージ・マイケルの訃報が届いたときも、「郷太くん、ショックだろうな、、」と思ったりしていたんですよね。連絡を取るわけじゃないけど。
そういう心底好きだった人達が亡くなっていったときに、郷太くんはどんな風に「死」っていうものに向き合ってきたんだろうって。おそらく、これから年を重ねていくなかで、身近なところでも、大事な人を失うっていう経験をしていかなくちゃならない。
そういうなかでも聴き続けられる歌を作りたいね、という話をしました。ある男女のどちらかがこの世からいなくなったとしても、もう一人の人は残って生きていかなくちゃならなくて。だけど時々離れた場所からお互いを想えたら、っていうような…。そしたら、あの、予期せずして、離れ離れになったんですよね…音信が(笑)。
西寺 : 郁子ちゃんは“擬似あの世”に行ってたんだよね。
原田 : メールでやりとりできるこのご時世で、完全に途絶えるっていう。
西寺 : さっきも言ってくれたんですけど、どっちかがいなくなっても、メンバーが紡いでくれれば作品は残るので。「記憶の破片」は俺と郁子ちゃんが出会ってすぐに作った歌じゃないから、さっきも言ったように20年間の付かず離れずの関係があって。いまのタイミングでこういう曲が出来たっていうのがすごく大切なことだって思うし。この曲は自分にとって、本当に特別な曲になりました。
原田 : うん。20代、30代の自分達には作れなかっただろうな、と。わたしにとっても大事な曲になりました。
西寺 : すべての体験がここに集約されている気がします。さっきの錦織さんのこともそうだし、『We are the wold』で郁子ちゃんがマイケルを歌ったっていうのもそうだし、「SUPER☆STAR」もそうだし。
――この曲はただ共作したっていう表面的なことだけじゃなくて、おふたりの20年間が詰まってるんですね。
原田 : そうですね。それぞれの時間というものが。
原田郁子というシンガーを自分なりに輝かせたいと思った。
――ぼくはノーナ・リーヴスとクラムボンのCDをすべて持ってますけど、この曲はノーナっぽさとか、郁子さんっぽさがどっちにも偏っていなくて。新しい引き出しを開けた名曲だと思いました。
西寺 : クラムボンではない、シンガー・原田郁子としての見せ方を大事にしましたね。いままでは何となくのイメージだけど、郁子ちゃんはソロにしてもOhanaにしてもそうだけど、クラムボンとそこまで離れてないというか。郁子ちゃんのカラーにいたような気がしてて。だけど今回は、それこそ80年代の歌謡曲も大好きな原田郁子というシンガーを自分なりに輝かせたいと思った。
――郁子さんの世界観って完成されたものだから、そのハードルを越えるのは相当難しかったですよね。
西寺 : それをしないとクラムボンの他のふたりにも悪いっていうか、クラムボンと同じことをしてもしょうがないし。そうしないとノーナ・リーヴスの立場がない。それがある種の恩返しというか、手伝ってもらうだけじゃダメだと思ってました。今回の曲で郁子ちゃんの新しい魅力を表現したかったので、そう言ってもらえて嬉しいです。
――郷太さんは同じ作曲家として、ミトさんのことをどう見ていますか?
西寺 : んー、ミトくんは、色んな意味で僕と真逆の資質と好みを持った作曲家、プロデューサーだと思いますね。ただ僕はむしろ職業作詞家の要素が最近強いので、少し前に彼が郁子ちゃんの歌詞について語ってるインタビューを読んだ時は正直違和感を感じました。原田郁子は作詞家として天才なのに! まさに灯台下暗しやん、と(笑)。
作詞家、シンガーの立場で読んじゃったんですよね。もちろん長く続くバンドをフレッシュにというミトくんの気持ちもわかります。だから、自分のメロディでミトくんが開いてない郁子ちゃんの言葉の扉を開けたいなぁ、とは思いましたね。
――ちなみに郁子さんと初めて共作をしてみて、気付いたことはありました?
西寺 : 原田郁子という人は作詞家のときに纏っているムードと、レコーディングやMVを撮るときに纏っているムードが全く違うんですよ。俺はそこが本当に好きで。
――なるほど。
西寺 : 郁子ちゃんが仮歌をレコーディングして帰った後「
――どんな違いがあるのでしょう。
西寺 : 普段の彼女は優しいし、気遣いもできるし、
――ありがとうございます。今日は、「記憶の破片」についてたっぷり語っていただきました。
原田 : たくさん話しましたね。
西寺 : 1曲だけで、こんなに喋ったのは初めてですよ。いつもなら、もっと色んな曲を語るんだけど。
――ですよね(笑)。いやぁ、話を聞いて本当にドラマを感じる1曲だなと思いました。
西寺 : 郁子ちゃんとは、たまにしか会わないのにいつも以上に体験が濃いんで、前世でなにかあったんじゃないか、と(笑)。自分史上最高のバラードを作りたいと本気で思っていたので、それが出来たと思うし、郁子ちゃんだからこそこの領域にたどり着けた。それぐらい追い詰められてたんですよ。周りがいいって言っても、自分自身がこれまでの作品を越えないとダメだと思っていたし、「記憶の破片」にはそれぐらい賭けていたので。それを一緒に飛び越えてくれた郁子ちゃんに感謝しかないです。
【ノーナ・リーヴス リリース情報】
『MISSION』
発売日:2017年10月25日(水)
【CD】WPCL-12781 3,000円(税別)
01. ヴァンパイア・ブギーナイツ
02. Sweet Survivor
03. Danger Lover feat. いつか (Charisma.com)
04. NEW FUNK
05. NOVEMBER
06. 未知なるファンク feat. 曽我部恵一 (サニーデイ・サービス)
07. 大逆転
08. 麗しのブロンディ
09. 記憶の破片 feat. 原田郁子 (clammbon)
10. O-V-E-R-H-E-A-T
11. Glory Sunset
【ライヴ情報】
デビュー20周年記念 渋谷ノーナ最高祭!!! 第三夜
日時:2017年11月25日(土)/場所:TSUTAYA O-EAST/開場16:45 開演17:30
■チケット
オールスタンディング
前売り 6,000円
当日 6,500円
※入場時ドリンク代別途必要。
詳しくはオフィシャルHPをチェック
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