――お話を聞いていて、アプローチは違いますが「美しい顔」は土岐さんの代表曲「Gift〜あなたはマドンナ〜」と近いメッセージがあるように感じました。
土岐 : 「Gift〜あなたはマドンナ〜」はEPOさんの作詞なのですが、たしかにすごく影響を受けました。80年代頃はこういう女性讃歌もたくさんあった気がするけど、この曲をリリースした2011年頃はあまり見かけなくて。久しぶりに女性が存在していることに力をくれる歌に出会えてうれしかったのを覚えています。
ただ、自分に置き換えた時、この曲で歌われている「ありのまま」って何だろう? と考えてしまうこともあって。刷り込まれた価値観や、人目を気にする癖が抜けなくて、何が自分の本当の姿かわからないんです。だから近いメッセージではあるけれど、自分なりに遠回りをして生まれたのが「美しい顔」なのかもしれません。
歌の中に景色を刻むって発明だと思う
――他の曲についても教えてください。「Ice Cream Talk」ではG.RINAさんによるラップがフィーチャーされています。土岐さんの楽曲にラップが入るのは初だとか。
土岐 : ラップは当初予定していなかったんですが、どうしてもG.RINAちゃんのラップが欲しいと思うようになって。時間がない中で急きょお願いして、入れてもらいました。
――「西麻布のホブソンズ2階窓際」と、具体的な街の風景が歌われているのが印象的でした。
土岐 : ホブソンズは私が子どもの頃、家族と車で通るたびに憧れていたお店なんです。あの西麻布の交差点はお店の入れ替わりが激しいけど、ホブソンズだけはずっと変わらずそこにあって、今でも通りがかるとワクワクします。残しておきたい東京の景色の一つなので、ホブソンズのネオンを心に刻んでおけるようにと書きました。
歌の中に景色を刻むって、発明だと思うんです。松任谷由実さんの「中央フリーウェイ」でも、競馬場やビール工場がある当時の街の景色が明確に思い浮かぶ。写真ほどはっきりしていないのに必ず同じ景色が浮かぶから、音楽ってすごいと思います。
――タイトル曲の「Passion Blue」の歌詞にも、オフィス街やアパートの部屋、体育館など、街のイメージを喚起させる言葉が並んでいます。
土岐 : この曲は「色んなところにいる女の人たちが、同時に同じことを思う」という歌にしたかったんです。ある人はオフィスを歩いていて、ある人は授業をサボってアパートで寝ているんだけど、色んな人が「私はもっと自由に生きられる」と、ハッと気づく。SNSで価値観が共有されて、更新されていくイメージもあるかもしれません。
――「あなたがあなたで振る舞えたらきっと 孤独は明日かけがえない自由になる」というフレーズが力強いです。アルバムを聴いていると、一人でいるけど一人じゃないというか、一人なんだけどたくさんの人とともに生きていると気づくような、そんな気持ちになりました。
土岐 : 私が街を好きなのって、まさにそういう理由です。大人になってから歩く都会って、時々ひとりぼっちな感じがするけど、それは自由であることの証拠でもあります。
孤独だと感じて交差点に立つと誰も知らなくて怖いけど、自由なんだと思えると、一人一人が輝いて、街の灯りも綺麗に見える。そんな街が大好きだって気持ちを音楽で表現したいと思っていたので、すごくうれしいです。
トラップからバラードまで、幅広いジャンルを歌った
――「High Line」ではトラップの要素を取り入れるなど、これまでの土岐さんにはなかった曲調にも挑戦していますね。
土岐 : 「High Line」はたしか最初にできた曲です。トオミさんから曲が送られてきた時はびっくりしたけど、最高だなと思いました。普段からトラップの曲は好きで聴いていたから、自分でも歌えるのはうれしいなって。
今作は全体的にトオミさんの楽曲のポップさが爆発していると思います。特に「エメラルド」や「That Summer」、「愛を手探り」は、トオミさんが日本のポップスを聴いて育ってきたんだなってわかるようなメロディ。色んなジャンルを取り込みつつもオリジナリティがあって、楽しみながら制作しました。
――「傘」のようなしっとりとした楽曲も、これまでの土岐さんにはなかった曲調です。
土岐 : 確かに私はバラード曲って少なくて、トオミさんもそれを感じていたそうなので今回提案してもらいました。この曲も日本の王道ポップスですよね。おかげでトラップからバラードまで、幅広い楽曲が収録された1枚になったと感じています。
あと、制作が面白かったのは10曲目の「Bubble Gum Town」。以前さかいゆうくんの「煙のLADY」という曲に作詞とコーラスで参加したことがあって、その時に2パターン歌詞を提案したんです。実は、「Bubble Gum Town」はそのもう一方の歌詞を使っています。曲が先にあって、そこに歌詞をつけていったので、「Bubble Gum Town」の歌詞は「煙のLADY」に合わせて歌えます(笑)。
トオミさんもその経緯を面白がってくれて、あえて「煙のLADY」を聴かずに曲を書いてくれました。さかいゆうくんの曲を聴いて私が歌詞を書き、その歌詞だけを見てトオミさんが曲を作る。伝言ゲームのような制作で面白かったです。
混ざり合うアジアのカルチャーに興味がある
――アルバムジャケットもテーマに沿って都市の中で撮影されていますね。深いブルーが美しいです。
土岐 : 撮影は小林光大さんという20代の写真家の方にお願いしました。あいみょんさんのツアーの密着ムービーや、Yogee New Wavesのアー写などを撮影されているのですが、いつも青色がすごく綺麗なんですよ。これは今作にぴったりだと思ってお願いしました。ライブ映像付きのジャケット写真では、私も気合を入れて宙に浮いたので(笑)、ぜひ見てほしいです。
――あいみょんなどの名前が挙がりましたが、最近の若いアーティストで特に注目している方はいますか?
土岐 : アジアのミュージシャンが気になっていて、88risingの周辺をよく聴いていますね。最近だと、Lexie Liuという中国のラッパーの『2030』というEPが、中国語と英語でシームレスに韻を踏んでいてかっこよかったです。言語を自由に行き来する感じは、すごく現代的ですよね。
それと今は政治的には大変だけど、韓国の音楽を日本の若い子が日常的に聴いているじゃないですか。韓国のカルチャーと日本のカルチャーが当たり前に混ざり合っていて、興味深いと感じます。
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