“違和感”や“混沌”に挑むオルタナティヴな気概と、ポップスとしてのエヴァー・グリーンな魅力。メジャー・ファースト・アルバム『POP is YOURS』から1年を経てリリースされる、クアイフのミニ・アルバム『URAUE』は、“裏表”を意味するそのタイトルのごとく、相反する感情の同時進行や、一見異なる概念の同化など、歌とサウンドのある音楽ならではの表現と徹底的に向き合った、並々ならぬエネルギーに満ちている。すなわち本作は、ある人にとってはそのメッセージが強く刺さるものであり、またある人にとってはただ楽しく踊れる音楽であり、聴きこむほどにそれぞれが招かれた入り口とは違った景色が見えるものでもある、実に豊かなレイヤーを持っているということ。今回は、クアイフが新たな境地を獲得したプロセスから各曲に込めた想いについて、話を聞いた。
Photography_Erina Takahashi
Text_Taishi Iwami
音楽的な理論に則らずともカッコよければOK
――約1年前にリリースしたアルバム『POP is YOURS』から、また新たなフェーズに入ったことを示すような作品だと感じました。そこでまずは、その間に起こった心境の変化について、聞かせてもらえますか?
内田 : 『POP is YOURS』は、メジャーに入って僕らの音楽を聴いてくれる人やライヴに来てくれる人が増えたことが、制作におけるポイントでした。簡単に言うと、ある程度バンド・カルチャーが好きな人たちのコミュニティーのなかで活動していたインディーズの頃よりも、視野が広がった。そこを経たうえで、今作はあえて原点に戻って、自分たちがどういうバンドなのかを考えました。僕らにしかないものを、より多くの人たちに届けたかったんです。
――"クアイフにしかないもの"をあらためて考えた時に、どのような結論に至りましたか?
内田 : まずはピアノをメインとしたバンドであり、なおかつドラムとベースも合わせた3人の個性が立っていること。その軸をしっかり保ちつつ、どれだけ発展していけるか。そこって、けっきょく変われないし変わる必要もないことなんだと思いました。
森 : 『POP is YURS』の時は、初めてアレンジャーさんに入ってもらって制作したんです。それはすごく貴重な経験でした。知らなかったやり方もたくさん学べましたし。そのうえで、今回はあらためて、インディーズの頃と同じプロセスを踏んで、全曲自分たちでアレンジまで完成させたんです。その結果、明らかなアップグレードと、昔から思っている私たちらしいサウンドが両立している作品になったと思います。
――初期衝動的な熱量は、停滞しないでアップデートを求めるからこそ、保ち続けられる。今作は、バンドとしての新たなグルーヴを手に入れたうえで、原点回帰的な方法に立ち返ったことが功を奏したのではないかと。
内田 : 今までの曲はBPMが180とか200のなかでの8ビートが中心にあったところから、最近は120とか100に落としたうえでの16分とか、ピアノバンドって、本来はそっちのほうがやりやすいんですけど、意外とやってこなかったことを武器にできたことは大きいですね。おっしゃるようにグルーヴ感が増したと思います。
森 : そこに、私たちがもともと好きな、ロック的エネルギーを入れることができたんです。
――ロック的なエネルギーとは、どういうことですか?
森 : なにがロックでなにがポップかって、定義は難しいし、私たちの感覚でしかないんですけど、音楽的な理論上、頭で考えたらぶつかってしまうことさえも、「カッコよければOK」みたいな。それって、バンドだからこそのおもしろさだと思うんです。
森 彩乃(Vo/Key.)
――では、新たにリファレンスとなった音楽や文化はありましたか?
森 : 制作するうえで、インプットはすごく大切だと思います。実際、今までは曲を作るにあたって、インプットしなきゃって、意識的にいろんな曲を聴いたり本を読んだりしていたこともあったんです。でも、私に関しては今回、直接的に参考にしたものはなくて。それよりも対自分、もともと好きだったものとか普段の生活とか、幼少の頃とか。
――バンドとして、また個人としても原点に帰った。
森 : ヴォーカルとして言葉を発してみんなに届けるって、どういうことか。そこで、今まで培ってきた人間性を、どれだけ包み隠さず出せるかが重要だと思って、自分自身を掘り下げていったんです。だから、生きていれば外からの影響はもちろんありますけど、具体的ななにかを指して、「ここに影響されました」というものがないんです。
――"包み隠さず伝える"にもさまざまな方法があると思います。それはSNSやインターネット、スマートフォンなど、ツールの変化や発展と比例することでもある。そこで、クアイフが発信する音楽の役割をどう考えていますか?
森 : 私は考えすぎるタイプなんで、SNSに気持ちが揺さぶられることも多いですし、対人でもネット上でも、大人としての立ち振る舞いとか、人付き合いの難しさとか、そういうことにはすごく敏感で、そこから生まれた言葉は多いです。それらの言葉が、音楽になったときにどんな力を発揮するのか。言葉はめちゃくちゃ強いけど曲調はすごくポップだとか、そういうところで音楽の必要性を感じるんです。すごくグサッと刺さることを言ってるけど、そこにはメロディやリズムがあって踊れるとか、笑いながら泣けてくるとか。そもそも人間はいろんな感情が入り混じってる。音楽ってその状態そのものを表現できるように思います。
クアイフが表現したかった『URAUE』(裏表)とは
――それは裏と表を表す今作のタイトル『URAUE』に通じてくることだと思います。
森 : 普段は口に出しづらい本音を音楽で表現したい気持ちは常にあって、完成した曲を並べてみたら、”二面性”とか”表裏一体”とか、どの曲もそういう考え方ができるなって。そこで”裏表”という言葉が浮かんで、いろいろ調べていたら”うらうえ”という読み方があることがわかったんです。そのいびつな響きもまた、私たちらしいと思って、タイトルにしました。
――冒頭を飾るリード曲「337km」は、まさにおっしゃったようなことを象徴していると思いました。
内田 : この曲は、僕が人力でドラムンベースを作りたいと思ったことが始まりでした。
森 : そこに、前から思いついていたピアノのフレーズを組み合わせました。アッパーな曲調をより強調するように、音の隙間をギターのノイズなどで埋めるのではなく、その隙間自体にグルーヴのある、この編成ならではの曲になったと思います。
内田 : 歌詞はそのサウンドができてから書きました。完全に音から引っ張られて出てきた言葉です。ドラムンベースのテンポ感が、高速道路で車を運転していて窓の景色が移り変わっていくスピード感とリンクしたんですよね。”337km"は、僕らが住んでいる名古屋と東京間の距離。東京でライヴをするために何度も往復した、その距離に思ったことを表現しました。
――歌の温度感も独特でリアルです。
森 : この曲はテンポが速くてアッパーなので、もっと強い声で叫ぶこともできたんですけど、あえてセーブしてるというか、ある種の冷静さを持たせることは意識しました。東京まで出てライヴして、うまくいかなくて悔しい思いを抱えて帰る高速道路の途中にあるエモさって、絶望に対して「ああ、今日もまたこんな気持ちで帰るのか。もうやめようかな」みたいな、ちょっと冷めてるところもあるんですよね。
――確かに、そんなにハイではないような気がします。
森 : すごく好きなフレーズがあって、”憎いほど 朝焼けが綺麗だ”ってところ。何とも言えない切なさ。
――自暴自棄になって眠れない夜を過ごし、朝を迎えて空を見上げたときに「なんだよ。空は綺麗じぇねえかよ」って、ありますよね。
森 : まさにそんな感じです。悔しくもありどこか清々しくもあり、あの切なさって、なんでしょうね。
――その下りの気持ちと、上りの意気揚々とした気持ちは、まさに表と裏。やる気があるから絶望するわけで。
森 : だから最初に出てくる"朝焼けが綺麗だ"と最後のそれは、同じようで違うんですよね。
――ドラムもまた、曲の持つ感情を表現するにあたって、すごく重要なポイントになっています。強弱の”弱”の部分での、リムやハットやスネアの使い方が、すごく興味深かったです。
三輪 : この曲は初めてドラムを重ねて録ったんです。ミュートやシンバルの使い方も、ふつうだったらやらないことをしていて、大変でしたけど、楽しかったですね。
――確かに、こういうドラムはあまり三輪さんのイメージになかったです。
三輪 : もともとヘヴィー・メタルのドラムから始めてるんで、どれだけ大きい音を出すか、みたいな要素が強かったんですけど、こういうポップス寄りのロックにおいては、弱めの音を際立たることが重要なんだって、ようやく気づきまして(笑)。最近は、そういうところしか意識してないくらいになってます。
三輪幸宏(Dr.)
表現しづらいことを音に乗せられるポップスの魅力
――「クレオパトラ」は、エクストリームな言葉の表現にはいろいろあると思うんですけど、風俗に通う男の話をメインテーマにして生々しく歌う、かなり珍しいタイプのポップ・ソング。
内田 : もともと僕が曲も歌詞も書いてたんですけど、森が「これ風俗に行く男性の歌詞にしたらおもしろくない?」って。
森 : もともとは、クレオパトラ、美女に振り回される男の曲だったんです。その時点でもすごくよかったんですけど、もっとパンチを出したくなって。で、”クレオパトラ→女王様→SM”ときて。しかもそれを、まじめな顔してクールにやってたら、「え?」ってなるじゃないですか。そのギャップがいいって、ノリノリで作りました。
三輪 : 内面的にはニヤニヤしてるんですけど、いたってまじめな顔してやってる。それがすごく楽しかったです。
内田 : 言いたいけど言えないことも、声のトーンやメロディ、曲調をミックスすることで伝えられるおもしろさですよね。風俗に行った話って、男同士でもあまりしないじゃないですか。表現しづらいことも音になら乗せられるっていう、ある意味、ポップスの原則に最も則った曲だとも思うんで、超お気に入りです。
――「ハッピーエンドの迎え方」は、ファンキーなグルーヴを演出するなら、ギターがあったほうがやりやすいと思うんですけど、そこで苦労はなかったですか?
内田 : ギターのカッティングとかワウを使ったほうがやりやすいとは思います。でも、それを使う選択肢がないからこそ、キックとベースが変なタイミングで入ってきてそれがループする、いい違和感が作れた。ギターがないことは、新しいアイデアにたどり着くチャンスであり、それは僕らの可能性、アイデンティティだと思うんです。そこがもっとも表れた曲ですね。
――「自由大飛行」は、タイトルのごとく、さまざまなアイデアが爆発しています。
内田 : “言いたいこと言ってやりたいようにやる”って意味合いの歌詞なんですけど、最後は”ラララ”と歌う精神みたいな。”あなたを愛してる。大好きだよ”から”ラララ”ではなくて”、“言いたいことも言えないこんな世の中にバイバイ”って言ってるのに”ラララ”って、不気味な感じもしつつ、妙なハッピー感もあるっていう。
内田旭彦(Ba.)
――出だしのシンセのインパクトも、すごいです。
森 : Van Halenの「Jump」が大好きなレーベルの方が、「せっかくキーボードがいるんだから、あんな感じの曲を作ってみてよ」って、前々から言ってくれてて。そう考えたら、私たちにはシンセのリフが高らかに鳴って始まる曲ってなくて、作ってみたらすごくおもしろくなったんです。
内田 : チップチューン的な雰囲気もあって、おもしろいよね。
森 : で、「なんでこの曲でこのイントロ?」って、突っ込んでくる人もいるんですけど、私的にはその違和感もおもちゃみたいでありだなって。陽気な世界観のなかに”言いたいことが言えない世の中なんて”って、そのギャップ。さっきの風俗の話じゃないですけど、芸人さんって、そういうことや世の中に対するシニカルなことも、笑いとして届けるじゃないですか。私たちはコミカルなユーモアに特化したバンドじゃないけど、その感覚に近いのかもしれない。「私たちは怒りや不満も音楽にしてみんなで歌ったろうぜ、ラララ~」ってすれば、ハッピーになれるんじゃないかって。このテンション感は、今後の私たちのテーマにもなってくるように思います。私自身の性格にも合ってますし。
――同調圧力やパワー・ハラスメント、受け取り方は聴いた人それぞれだと思うんですけど、なにかしら抑圧された世の中で、どうすれば自分らしく立ってられるか。それを「Jump」やチップチューン的な、日本で言うとバブル期、世界的にはMTVの全盛といった、カルチャーの栄華感とともに示すのは、すごくクアイフらしいと思いました。
内田 : バンドのカラーって、ざっくり言うと、配合のセンスだと思うんです。声や歌詞やメロディ、アレンジ、それらの組み合わせは無限にあって、みんなそれぞれ、自分たちがカッコいいと思うやり方で曲を作る。”言いたいことが言えない世の中にバイバイ”って感情を、マイナーコードと歪んだギターに乗せて、不満を爆発させるのもカッコいいけど、そこをポップスとして”ラララ”で締めるのは、森さんらしくもありクアイフらしくもあると思います。
――今作は、メッセージとサウンドをあえて同調させないことが、多面的な魅力として確立された、多種多様な人々にアクセスできる可能性のある作品だと思います。
内田 : "メッセージ"ですから、届いてほしい人への想いを込めて書いてます。でもそれは、あくまでメッセージだけのことで、今はその言葉が必要ない人にも、僕らの音楽は届けたいと思ってるんです。そこで、音をどう配合するかは、バンドとしてすごく大切にしています。
作品情報
クアイフ Mini Album
『URAUE』
2019.08.28
ESCL-5269 ¥2,315(税別)
[収録曲]
1. 337km
2. いたいよ
3. Parasite
4. クレオパトラ
5. ハッピーエンドの迎え方
6. 桜通り
7. 自由大飛行
8. Viva la Carnival (名古屋グランパス2019シーズンオフィシャルサポートソング)
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