逆説で味わう前野健太のラブソング
前野健太のほかの曲も「逆説」を通して聴いてみる。
たとえば、映画『変態だ』にて、共演した月船(つきふね)さららによるボーカルで劇中歌として使用されたことも記憶にあたらしい『ファックミー』。
(前野健太『ファックミー』MV)
この曲の歌詞はこう。
ファックミー 私を壊して
ファックミー 全部打ち砕いて
(中略)
ファックミー お前を壊す
ファックミー 全部打ち鳴らして
セクシーで美しい曲だ。あまく切ないメロディがすべてを物語っているが、あえて歌詞を逆説だと解釈してみると、中盤からの叫び混じりの歌声、途中で入るエレキギターの刺すような演奏、雪山で震えながら歌っているMVなど、すべてに合点がいく。『ファックミー』は、壊れる一歩手前で震えながら歌われる極上のラブソングなのだ(ちなみにこのMVを知っていると、映画『変態だ』のあるシーンが、より美しく見える)。
逆説でもう1曲。ファンのあいだで特に人気が高い『鴨川』という名曲。
前野健太『鴨川』MV
この曲の歌詞はこう。
深夜バス 京都 鴨川
恋人たちは手をつないで
おっさんの夢はなんやった
雨よ雪に変わっとくれ
この歌詞のどこを逆説だと解釈すればいいのか?
たとえば、「おっさんの夢はなんやった」の部分。
歌い手は「おっさん」であり、若い恋人に「おっさんの夢はなんやった」と問われている。まるで「おっさん」の夢が叶わなかったことが前提となっているような問い方だが、本当に「おっさん」は夢に敗れたのだろうか?
もしも「おっさん」がまだ夢の途中にいるのだとたら?
もっと言えば、若い恋人たちにとっては「おっさん」に見えたかもしれないが、実際にはまだそんな年齢ではなかったとしたら?
『鴨川』を発表したときの前野健太は、20代後半だった。彼はまだ、借金をして自主レーベルからアルバムを1枚発表しただけの、音楽活動に並行してアルバイトに勤しむ、周囲から見たら「成功」などしていない、すこしくたびれた貧乏ミュージシャンのひとりにすぎなかった。10代の青春まっただなかにいる恋人たちにしてみれば、当時の前野健太はじゅうぶん「おっさん」に見えただろう。
そういう状況で「おっさんの夢はなんやった」と言われたら、その言葉はどんなふうに響くか?
あるいは、実際にはそんなことを言われていなくとも、若い恋人たちを見て「おっさんの夢はなんやった」と問われているような気分に陥ってしまう、その複雑にねじれた心境が、この歌には滲み出ているんじゃないか?
そうしたポエジーが、前野健太の歌に独特の魅力を与え、多くの人のこころを揺さぶるのだ。
前野健太がいちばんいいよ
さて、カタイ文章が続いたので、最後に、逆説とかそんな小難しいこと関係なく、シブくてカッコ良い前野健太の映像を。
前野健太”東京の空””100年後” Live at 紀伊国屋書店
冒頭に紹介した『今の時代がいちばんいいよ』のライブと同じ新宿・紀伊国屋書店で、その約半年後に行われたライブの映像。『東京の空』『100年後』という彼の初期作品を弾き語りで歌っている。このライブはエッセイ本『百年後』発売を記念して行われた。
彼はその著書『百年後』のなかで、こう記している。
映画を観に行く。ツァイ・ミンリャンの『楽日』という映画。雨やトイレが良かった。けど、自分のこころに脂肪がついてしまっているので潤いは途中でせき止められて、中の方にはなかなか浸透してこない。内側からあふれ出てこない。(前野健太『百年後』p77「詩のような1」より)
「自分のこころに脂肪がついてしまっている」と本人は言っているが、前野健太の歌はむしろ、聴く人のこころの脂肪をゆっくりと溶かし、ぼけた視界を鮮やかにうつし出す。
だから、前野健太の歌は、こころの奥深くに届き、じんわり響く。
というわけで結論。
やっぱり、前野健太がいちばんいいよ(逆説ではない)。
前野健太『コーヒーブルース』ライブ映像。いまよりすこし若い前野健太。間奏で目立つ二胡の音も気持ちい。僕が欲しいのは一杯120円のコーヒーブルース
6thアルバム『サクラ』
なお、2018年4月25日には、約4年半ぶりにオリジナルアルバム『サクラ』をリリースする。いよいよ前野健太から目が離せない。
前野健太 “嵐~星での暮らし~” (Official Music Video)
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