小学生まではフィリピンで暮らし、アメリカを中心とした英語圏のR&Bやポップスに触れて育ち、中学で日本に戻ってきてからドメスティックな文化やポップスに出会い、日本人の血と向き合ってきた遥海だからこその、さまざまな音楽性のハイブリッド感覚や二つの言語に宿る言葉の力。ファーストEP『MAKE A DEFFERENCE』~同作の東名阪ワンマンツアーを経て、この度リリースとなるセカンドEP『CLARITY』は、そのオリジナリティが強度を増しながらどんどん拡張していく景色が見えるような作品だ。腰から踊れるファンクから日本の哀愁に溢れたこれぞジャパニーズなバラード、ゲーム音楽にトライし、これまでにない幻想的なアンビエンスを新しい声色で消化した姿まで、そのどれもが眩い輝きを放っている。そんな遥海が、自身の過去と現在地、そして未来図について、じっくりと語ってくれた。
Photo:Keiichi Ito
Text_Taishi Iwami
英語と日本語。ふたつの言語の良さを知るからこそ表現とニュアンス
――2019年に入って、草ケ谷遥海から遥海に改名されたことで、ご自身の表現にどんな変化がありましたか?
遥海 : 今すぐにまとまらないほど、ほんとうにたくさんあります。そうですね、大きく言えばシンガーとしての自分を客観的に見られるようになったんだと思います。草ケ谷遥海は本名なんですけど、そのままの名前だと、ふだんの自分の延長線になっちゃって。でも、遥海と名乗ることで、オンとオフの切り替えができるようになりました。
――そのことが、歌にどう作用したのでしょうか。
遥海 : 草ケ谷遥海から遥海になると、シンガーとしてどんな自分にもなれるんです。作家の方にいただいた詞や曲もたくさんあるので、それらをどれだけ自分のものにできるか。今までよりも歌の世界に入り込めるようになりました。
――“どんな自分にもなれる”というのは、キャラクターを演じることとはまた違いますよね?
遥海 : はい、違いますね。ふだん精一杯生きている草ケ谷遥海が、ステージの上に立っている遥海をどう磨けばいいか。内側からだけでなく、外側からも見られるようになったんだと思います。草ケ谷遥海の経験はぜんぶ遥海としての引き出しになる。じゃあ遥海はいつどの引き出しを開けて歌に乗せればいいのか。そういうことが見えるようになってきたんです。
――その“草ケ谷遥海”と”遥海”の関係性は、7月23日にマウントレーニアホール渋谷にて開催された「HARUMI ONEMAN LIVE “MAKE A DIFFERENCE”」でも、今作『CLARITY』を聴いた時にも感じました。まず言語においては、英語のみの曲、英語と日本語のミックス、日本語のみの3つの柱があって、いずれにも強い説得力があります。
遥海 : 私は生まれも育ちもフィリピンで、日本にいる期間のほうが短いので、今の段階では、日本語より英語のほうが得意なんです。音楽については、フィリピンって、アメリカのヒットチャートが流行の中心だし、映画もタイムラグなしで入ってくる。子供時代にそういう環境にいたことで染みついている、アメリカンなユーモアやニュアンスは、私の大きな強みだと思っています。そして13歳で日本に来て、J-POPと言われるような文化に触れたことですね。今の日本は、音楽性や価値観も多様化してきていて、私のようなキャラクターでも強く立っていられる。感覚的にはどんな曲を歌ってるときも、アメリカ寄りではあるんですけど、日本で育っていないからこそ感じられる日本語の美しさもあると思うし、そこをすごく大切にしたいんです。そういう姿勢が受け入れられる環境はあると思うんで、私らしく頑張りたいと思っています。
――アメリカンなユーモアとなると、ライヴではビヨンセの「Irreplaceable」をカヴァーされて、”To The Left”(出口は左よ)というフレーズを、観客のみなさんとシェアするシーンが印象的で。
遥海 : あれは私が思う強い女の人の象徴のような曲。恋人に浮気されたけど、私はこの1分以内ですぐにほかの男を呼べる。だから、あなたのほうが失ったもの大きいわよって。日本語でそのまま同じようなことを歌うとちょっと刺激が強すぎるかもしれない。あれは英語だからこそ前向きになれる曲だと思います。
――今作に入っている全編英語詞の「Don’t Break My Heart」はどうですか?
遥海 : そんなに本気じゃないなら寄ってこないで、ちょっかいだしてこないでって。私はそういう遊び人の感覚がよくわからないので、それに対してはっきりとした答えがある。私の場合は英語だからこそ活きてくるメッセージだと思います。
――となると、「Don’t You Worry」では日本語と英語の二つを使っていることにも、意味があるのでしょうか。
遥海 : 「Don’t You Worry」は、もともと英語だけの歌詞だったんですけど、それだと「Don’t Break My Heart」で”ちょっかい出してこないで”とぶつけた遊び人そのものみたいになっちゃって。それだと私自身が理解できない感覚を歌うことになる。でも、すごくいい曲だからどうしようか考えて。そこで、日本語ならではの、柔らかさみたいなものを入れてほしいって、お願いしたんです。
――“遊び人”というのは、欲望の赴くままなのか、寂しさを埋めるためなのか、すぐに恋愛したり体の関係を持ってしまう人のことを指してると思うんですけど、理解できないですか?
遥海 : 友達にだってそういう人はいるし、その価値観を否定しているわけではないですよ。スタンスの問題ですから。そこで私は自分を傷付けられたくない気持ちが強いんだと思います。だから、遊ばれたくない人の気持ちは強く歌えるんです。
――すべてはっきりとした日本語で歌われた「記憶の海」についてはどうですか?
遥海 : これは私も作詞に関わったんですけど、日本に来てからの実体験がもとになっているんです。完全に日本にいる遥海であり、今までは出せなかった弱い自分でもあります。ずっと強い曲ばかり歌ってきたけど、いつもそんないい感じで頑張れるわけじゃないし、傷つくこともある。その弱くなっていく気持ちを歌えた曲になっています。
――弱い感情がループする悲しい曲ではありつつ、答えが見えないことに想像力が湧くんです。
遥海 : 好きだった人と再会したときに、なんかちょっと違うなって思ったことがあったんです。自分が好きだったその人は、もう自分の記憶にしか存在しないんだって。でも、過ぎたことにそれだけ心が揺さぶられたということは、その人のことがまだ好きなのか、楽しかった思い出を手放したくないのか、私の心がどこにあるのかを探しに行ってる感じ。
――それを私は自分探しと重ねたんです。
遥海 : 解釈に幅のある曲。それは日本語でチャレンジすることで、余韻や切なさが増したからそうなったんだと思います。
今この瞬間を楽しく生きてる人には、それだけで世界を変えられるくらいのパワーがある
――遥海さんの表現に一貫して言えるテーマである”自分らしさ”へのアプローチがすごく興味深いのですが、そこにはフィリピン/アメリカの文化と日本の文化を経験したことと関係はあるのでしょうか?
遥海 : 例えば、フィリピンだと学校の先生が生徒に質問したとき、答えを知ってる子供はみんな手を挙げるんです。日本人は知っていてもまず周りの様子をうかがって挙げない。そのどちらがいいか悪いでかではないんですけど、日本のそうなっちゃう雰囲気って、ストレスを与えやすいようにも思うんです。
――言わないことでいい面も悪い面もありますし、言えない人もあえて言わない人もいますし、ストレスを感じる人もやりすごせる人もいますし、断定的に考えるのは難しいですよね。
遥海 : そうですね。そこで、自分は歌を通して何を持って帰ってもらえるんだろうって、よく考えます。自分をもっと出せって言うのは簡単じゃないですか。でも、それを実行するのは大変だし、人に言えないこともある。でも、それでも大丈夫だよって、それでいいんだよって、寄り添うことで、それぞれがもう一歩進んで何かを感じてもらえるような歌を歌いたいんです。
――“何かを感じてもらえるような歌”とは、もっと突き詰めて言うと、どういうことですか?
遥海 : あまり答えを求め過ぎちゃいけないなって、思います。人って何につけて答えを求めがち。学ぶことは大切ですけど、なくてもいいことや知らなくていいこと、理解しなくていいこともある。それによって、今が楽しめなくなったり未来に憶病になったりしたら意味のないことですから。希望を持って今この瞬間を楽しく生きてる人には、それだけで世界を変えられるくらいのパワーがあると思うんです。だから、そんなパワーが集められるように、頑張っていきたいなって、思います。なんかすごく熱い話になってますけど、大丈夫ですか?ちゃんと話せてますかね(笑)
――はい。その熱はここまで話していただいた言葉からだけでなく、音からも伝わってくるんです。どの曲も個性的で強くて。
遥海 : “これぞバラード”もあればアップテンポな曲、グルーヴィーな曲もある、レインボウな作品になってます。もともとジャンルとかで判断できない、どんな曲でも歌える存在にはなりたくて、その土台はできたように思います。
――音楽的な幅の広がりとなると、ボーナストラックの2曲「Ignis」と「Alnair」には驚きました。
遥海 : これは「不思議の幻想郷-ロータスラビリンス-」というゲームの音楽で、プロデューサーの方がライヴを観たうえでオファーをくださったんです。だから、そのライヴの感覚で歌おうと思ってたんですけど、実際に出てきた曲が歌ったことのないタイプで、新しい自分が見えてほんとうによかったです。
――「Ignis」は声がまったく違います。
遥海 : ゲームってまったくやってこなかったんで、私にとっては幻のような世界に連れて行ってくれるような曲でした。そこに、声を張らずに感情を表現するっていう、経験のないことが重なって。それでいて音にはサヴァイヴァル感があって熱い部分もあるし、もうどうしようって。なかなか難しかったですね。
――二次元的でロック調。グライムスが今年出した「We Appreciate Power」にも近い感じがしました。ここまでダイレクトにロックの要素が入った曲も初めてだったと思うんですけど、遥海さんのルーツにロックはあるんですか?
遥海 : ロックはなさそうに見えますよね?でもあるんです。姉がいろんな音楽が好きで、私もその影響でエアロスミスとか、聴いてました。あとは、シンプル・プランとかクリック・ファイヴの「Jenny」とかが、子供の頃にちょうど流行っていてすごく好きでした。だから、こういうロック的なギターが鳴ってるところに歌を乗せるのはまったく抵抗はなかったです。
――もっとも大きなルーツはR&Bですか?
遥海 : もっと幼い頃まで辿ると、2歳とか3歳の頃に、教会のクワイヤに入って歌っていたのを覚えています。あとは家でホイットニー・ヒューストンのテープを見つけて、めっちゃ歌ってたこととか。で、幼稚園で歌の大会があって歌って。だからルーツは教会とホイットニーですね。そこから、お姉ちゃんが聴いてた音楽を一緒に聴くようになって。ロックもですし、最初に話したビヨンセ、ジェニファー・ロペス、R・ケリー、いろいろ聴いてましたね。
――今はまっている曲も教えてもらえますか?
遥海 : 今はビリー・アイリッシュとかエラ・メイとか、相変わらずアメリカやイギリスのチャートはよくチェックしてます。プラス、日本の音楽もかなり積極的に聴くようになってきて、まさに今だとCHARAさんは、めっちゃ聴いてます。あとは、椎名林檎さん、玉置浩二さん、さかいゆうさん、King Gnuのみなさんとか。そう、小田和正さんみたいになりたいんです。13歳で日本に来て、今もまだ日本の音楽には詳しくないし、当時はほぼまったく知らなかったんですけど、小田さんの声を聴いて「あれ?この声、知ってる!」ってなったあの感じ。いつか誰かが私の声を聴いて、そんなふうに思ってもらえるくらいのシンガーになりたいですね。
〈リリース情報〉
2019.10.16
『CLARITY』
品番:HRM-1001
価格:¥1,636+税
<収録曲>
1. Rainbow
2. Don’t Break My Heart
3. Don’t You Worry
4. 君のストーリー (中京大学TVCMソング)
5. 記憶の海
-Bonus Tracks-東方Project創作 ダンジョン探索RPGゲーム「不思議の幻想郷 -ロータスラビリンス-」より
6. Ignis
7. Alnair
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