歌声も音楽も、のびのび自由。原田郁子とは?
遠くにいる誰かへ呼びかけているような、のびのびとした歌声が魅力のシンガーソングライター・原田郁子。
学生時代に同級生と結成した3人組バンド〈クラムボン〉は2015年に20周年を迎え、メジャーレーベルから独立。新たなスタートを切りました。
永積タカシをはじめ他のバンドとのセッションやソロ活動も行う彼女、その魅力をご紹介します。
原田郁子のプロフィール
1975年10月20日生まれ、現在41歳。福岡県出身。
ピアノを始めたのは4歳の時で当初はクラシックを習っていましたが、10代でジャズに出会い、ジャズピアノに転向します。
高校卒業後は専門学校 東京コンセルヴァトアール尚美(現・尚美ミュージックカレッジ専門学校)へ進学。そこでのちに20年以上バンドを組むことになる伊藤大助、ミトと出会います。
初めての3人での演奏は実演授業の演奏会。Carol Kingの『You’ve got a friend』を独自のアレンジでカバーしました。
その後学外でもライブを行うようになり、〈クラムボン〉としての活動をスタート。
1999年、23歳の時に、ファーストシングル『はなれ ばなれ』でメジャーデビューをはたします。
全国ライブツアーや海外公演、アルバムリリースと順調なバンド活躍をみせる一方、2004年には『たのしそう かなしそう』ソロデビュー。
同年にソロアルバム『ピアノ』をリリースし、九段会館でソロライブを行いました。
他のアーティストやバンドとのセッションにも積極的で、2008年公開の映画『百万円と苦虫女』ではバンド〈ハナレグミ〉の永積タカシが作曲した主題歌『やわらかくて きもちいい風』を原田郁子が歌いました。
〈クラムボン〉は結成20周年を迎えたことを機に、メジャーレーベルから独立。
2016年の全国ツアーではコストと装丁にもこだわった自主制作盤ミニアルバム『モメントe.p.』を、流通を介さず会場で販売するという新しいスタイルにチャレンジしています。
原田郁子ってどんな人?
原田郁子の音楽はメロディーも歌詞も、心温まるような優しい雰囲気。
その歌声を聞くとおっとりした性格をイメージしますが、実際のところどんな人柄なのでしょうか。
原田郁子はCINRA.NETのインタビューで、親交のある大宮エリーに初対面で「(あなたは)天然酵母みたい」と言われたことをあかしています。
一方、バンド結成当初はコミュニケーションが苦手でメンバーとぶつかり合うことがめずらしくなかったとのこと。現在でもレコーディングでは泣いてケンカになることも。
歌声の通り柔らかい人柄ながら、ミュージシャンとしては妥協しない頑固な一面もあるようです。
音楽と向き合い方も、のびのび自由に
ボーカル・ピアノをつとめる原田郁子のソロ活動だけでなく、ベースのミトはアニメ音楽の作曲・編曲、ドラムの伊藤大助は母校の専門学校の先生と、〈クラムボン〉はメンバー3人全員がバンド以外でも音楽活動を行っています。
このことについて原田郁子は朝日新聞のインタビューで「バンドに縛られる必要はないんじゃないかな、ということはずっと思っている」と話しています。
またメジャーレーベルを離れた理由についても言及。
レーベルに属していたことで恩恵を受けてきたことや、たくさんの人に応援してもらってきたことを否定するための決断ではなく、自分たちがいいと思えるものを届けるための方法としてチャレンジしたと説明しました。
そのために、大きなシステムを離れて、コストも時間も、かけるところはかけて、削るところは削る。制作、プロモーション、販売、経営まで、すべて自分たち主体でやってみようと。(朝日新聞のインタビュー)
まとめ
アルバムの装丁に1枚1枚手作業で作られた紙パッケージを採用するなど、体制を変えることで抑えられたコストで〈クラムボン〉は新たな試みを始めています。
歌声だけではなく音楽との向き合い方も自由でのびのびとした、原田郁子と〈クラムボン〉。
今後はどんな音楽を見せてくれるのか、目が離せません。
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