早稲田の名画座と早稲田大学がコラボ
早稲田松竹ってご存知でしょうか?
60年の歴史を持つ老舗名画座で、都内の映画ファンや早稲田界隈ではちょっと知られた存在なんです。
その早稲田松竹からバスで3~4駅のところにあるのが、早稲田大学。
先日、早稲田松竹・早稲田大学のコラボ企画として、学生が授業で制作した映画が3日間にわたり上映されました。
(Photo_KABO-CHA)
現役監督の指導のもと、1年かけて映画制作
上映された2つの学生制作映画は、いずれも映像制作実習という授業の作品です。
この授業は全学部の学生が受講できるオープン科目。授業はまずワークショップ形式でシナリオ作成、演出、撮影や録音といった技術を学び、その後グループに分かれて作品制作に取り組む流れ。
キャストは学外からも募集しますが、企画・監督・撮影とすべての作業を学生が行います。
指導にあたるのは現役映画監督の是枝裕和教授と、映画研究者の土田環講師。
是枝教授は『誰も知らない』『そして父になる』などの作品で国際的に高い評価を受けており、昨年公開の『海街diary』でも数多くの賞を受賞。今年9月には最新作が公開予定と、まさに映画界の第一線で活躍しています。
日本を代表する映画監督の指導のもと、映像制作に意欲的な学生たちが学部の垣根をこえて集まり作り上げた映画とは、いったいどんな作品なのでしょうか?
上映された学生制作映画『さようなら、ごくろうさん』と『今晩は、獏ちゃん』をご紹介します。
『さようなら、ごくろうさん』(監督・脚本 城真也)
真っ暗なスクリーンから不意にガラリという音が。なんだろう?と注意を引かれると、続いて映像が始まります。
机が勝手にガタガタ動いたり電気がひとりでにチカチカしたりといったポルターガイストの現象が起こる夜の小学校が舞台。主人公は宿直員のおじいさんです。
ポルターガイストよりおじいさんが怖い
ある夜、ポルターガイストを見かけた少年がひとり学校に迷い込みます。そこにいたのは宿直員のおじいさんでした。
このおじいさん、実はすでに長年つとめた宿直員を解雇されていました。警備システム導入によりお役ごめんとなったのです。なのになぜか夜の学校へ来ることをやめず、教職員からは疎まれたり、あるいは気の毒がられるありさま。
明かりのついた職員室で見るおじいさんの印象は、ずっと愛想のいい笑顔を浮かべているのでなおのこと、弱々しく哀れです。
ところが、明かりの消えた校内を懐中電灯を持ってうろつくおじいさんは、どこか様子がちがいます。
笑顔も弱々しさもなく、ポルターガイストに怯えたそぶりを見せる少年に向かって声を荒げたり。何より異様なのは、おじいさんがポルターガイストを全く気にしていないことです。
お化けっているの?と少年に尋ねられると、おじいさんは「学校は寂しがり屋なんだよ」と答えます。かまってほしくてポルターガイストを起こすんだというのが、おじいさんの考えでした。
ゾッとするのは、その時のおじいさんの「チッ」という態度。みんなすぐお化けって決めつけて…とブツブツ言いながら、机の上の椅子を八つ当たりするように床に引きずり落とす様子は明かりの下とは別人。「逃げろ、本性だしたぞ!」と少年に言いたくなります。
ところが少年がおそるおそる明かりをつけると、おじいさんはふと我に返ったように、いつもの笑顔に。同時にポルターガイストはピタリと止むのです。
このシーンを観ると、ポルターガイストはおじいさんが起こしているのでは?という気がしてきました。「寂しいのは学校じゃなくて、あなたでしょう」と。
カメラワークが意欲的
あえて学生制作映画と意識して観た時、意欲を感じたのがカメラワーク。
本作は怖さ・寂しさが迫ってくる映画ですが、それをセリフよりもカメラの動きで表現しようとしています。
例えば若い先生がポルターガイストを目撃するシーン。
ひとりでにガタガタ揺れる窓へ、不審そうに近づいた先生がそっと手を置くと、揺れはすっと静かに。しかしホッとするのも束の間、そこからぐーーーんとカメラが引いていくと、夜の学校の怖さがスクリーンに広がります。
ラストも学校の窓から上空へ、ぐーーーんとカメラが引くシーンですが、昼間なので怖さはありません。スタート地点のカタンと倒れたおじいさんの写真、そして上空から見下ろす黄色い畑の広がる風景から伝わってくるのは、寂しさです。
カメラの動きにはやや不器用さも感じますが、映画ならではの表現に積極的にチャレンジしている印象でした。私が「なんとなく怖い」「なんとなく寂しそう」と感じた他のシーンにも、やはり何かカメラワークの工夫がされていたのかもしれません。
『今晩は、獏ちゃん』(監督・脚本 橋本麻未)
人生にどん詰まり力なく日々を送る男と、悪夢を食べるという中国の伝説の生き物・獏(ばく)の奇妙な共同生活を描いた、センチメンタルラブコメディ。
王道ラブコメストーリーとおもちゃ箱をひっくり返したような演出
さえない生活をしている主人公・感太郎は、ひょんなことから美少女と共同生活をすることに。彼女は感太郎の悪夢を食べる獏(ばく)でした。
最初は戸惑うものの、無邪気で可愛い獏ちゃんに感太郎はあっという間にメロメロ。優しい感太郎に獏ちゃんもなつき、2人は楽しい毎日を送ります。
しだいに夢見がよくなっていく感太郎。しかし獏ちゃんは悪夢しか食べられない。皮肉なことに、獏ちゃんのおかげで感太郎が前向きになるにつれ、2人の間にすれ違いが。
仕事への熱中や忘れられない元カノの存在。感太郎の気持ちがは徐々に獏ちゃんから離れていきます。感太郎の気をひこうと、獏ちゃんが慣れない化粧をするシーンはいじらしい。
ラスト、どうしても感太郎を引き止めることはできないと悟った獏ちゃんは、ついに食べてはいけない良い夢に手を出してしまい・・・
是枝教授は本作を「おもちゃ箱をひっくり返したような映画」といったそうで、まさにその印象の作品でした。ラブコメの王道を行くしっかり地に足のついたストーリーを土台とし、スクリーンの中では夢と現実、獏の世界と人間の世界がにぎやかに入り混じっています。
作品の軸にあるのはヒロイン・獏ちゃんの魅力
本作は乱暴で誤解を招く言い方をするなら「獏ちゃんが可愛いだけの映画」です。
「ヒロインが可愛いだけ」な映画として思い浮かぶのが『月曜日のユカ』。
『月曜日のユカ』がヒロインのエキセントリックな性格と加賀まりこなしには成り立たない映画であるように、本作も獏ちゃんの無邪気さと可愛さなしには成立しない映画です。
もちろんどちらもそれだけの映画ではありません。にも関わらずそう言いたくなるくらい、ヒロインの魅力が際立っているタイプの作品なのです。
本作はキャストを一般からも募集しており、その中で獏ちゃん役には「小柄、色白、黒髪(ショートカット)」と細かい指定がありました。特に強いこだわりと外せないイメージあったのを感じます。
まとめ
学生制作映画を観たのは初めてで、こんなにレベルが高いんだとびっくりしました。
映像や音声のキレイさはもちろん、まったくタイプの異なる2作品でしたが、どちらの作品も随所に制作側の工夫やこだわりを感じます。
私のように自主制作映画になじみのない人でも、よくいく名画座やミニシアターで上映されるなら足を運びやすいもの。
映像制作実習の全作品の正式な上映会は1月に大学構内で行われており、今回の上映は特別に企画されたものでしたが、なじみのない人が自主制作映画のおもしろさに気づくきっかけとして、ぜひ早稲田松竹の冬の恒例イベントになってほしいなと思います。
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