『グッド・タイム』の絶望感は誰のものか。
映画『グッド・タイム』あらすじ
11月3日より公開されている映画『グッド・タイム』を、ヒューマントラストシネマ渋谷にて鑑賞。
本作は、第27回東京国際映画祭でグランプリと観客賞をダブル受賞した『神様なんかくそくらえ』の監督、ジョシュ&ベニー・サフディ兄弟によるクライム・ムービーです。
映画『グッド・タイム』予告編
以下、公式サイトよりあらすじを引用。
ニューヨークの最下層で生きるコニー(ロバート・パティンソン)と弟ニック(ベニー・サフディ)。二人は銀行強盗を行うが、知的障害のある弟だけ捕まり投獄されてしまう。コニーは言葉巧みに周りを操り、その夜のうちに金を払って弟を保釈するよう奔走する。しかしニックは獄中で暴れ病院送りになっていた。それを聞いたコニーは、病院へ忍び込み警察が監視するなか弟を取り返そうとするが・・・。
前作『神様なんかくそくらえ』でも、ニューヨークの路上を舞台に「底辺世界」を描いたサフディ兄弟。個人的な感想を言わせてもらえば、『神様なんか~』は所詮ニューヨークの話でした。日本一権威のある映画祭で観客賞を受賞したぐらいですから、ともすれば筆者のほうがマイノリティなのかもしれません。それを踏まえた上で書きますけれども、ぼくは最後までニューヨークの路上で繰り広げられるディストピア的青春譚には共感できませんでした。端的に言うと、『神様なんか~』は他人事だったのです。
映画『神様なんかくそくらえ』予告篇
で、同じくニューヨークの底辺で生きる若者を描いた今回の『グッド・タイム』。こちらは凄まじい映画です。紛れもなく「ぼくらの物語」。ダルデンヌ兄弟やアキ・カウリスマキ作品よろしく、観客を映画の世界へと誘います。スクリーンで展開される事象がいつの間にか自分ごとになっていて、鑑賞後も不安感が全身を包んで離さない。海を隔てた遠い国の話ですが、「明日は我が身」と思わんばかりの恐怖感がありました。
その根拠は何だったのか?それは、本作が普遍的な弱者像を捉えていたことに他ならないと思います。『グッド・タイム』のコニーとニックは確かに法を犯していますが、その姿は社会派として知られるダルデンヌ兄弟の映画で描かれる弱者の姿そのもの。例えば『サンドラの週末』。
映画『サンドラの週末』予告編
以下、『サンドラの週末』公式サイトよりあらすじを引用。
ある金曜日にサンドラは突然に解雇を言い渡される。社員たちにボーナスを支給するためにはひとり解雇する必要がある、というのだ。ようやくマイホームを手に入れ、夫とともに働いて家族を養おうとしていた矢先の解雇。しかし、同僚のとりなしで週明けの月曜日に16人の同僚たちによる投票を行い、ボーナスを諦めてサンドラを選ぶ者が過半数を超えれば仕事を続けられることになる。ともに働く仲間をとるか、ボーナスを取るか、シビアな選択……。
『グッド・タイム』と『サンドラの週末』、本質的には変わらないと思います。『グッド・タイム』はいわゆるギャングスタ系クライム・ムービーではなく、ハリウッド的ドンパチのシーンもありません。そこにあるのは、ひたすら生々しく凄惨な「路上」のみ。そしてこの弱者像は、今や世界的に普遍である気さえします。何しろ、コニーとニックは「白人」なのですから。もはや人種によってヒエラルキーを分けることはできない。その恐怖こそ、本作を「自分ごと」たらしめる要因のひとつでした。
主演・ロバート・パティンソンの覚醒
世の中的には、本作『グッド・タイム』が現時点におけるロバート・パティンソンの最高傑作だとする見方があります。例えばイギリスの週刊誌『エコノミスト』は、「ロバート・パティンソンの新たなキャリアの幕開け」と銘打ち、その演技を絶賛しています。映画『トワイライト・シリーズ』で一生分の富と名誉を得た彼ですが、ここへ来て性格俳優への道を歩み始めました。デヴィッド・クローネンバーグの『コズモポリス』で暗黒面に堕ち、ジェームズ・グレイの『ザ・ロスト・シティ・オブ・ゼット(日本未公開)』では硬派な男臭さを演出し、アントン・コービンの『ディーン、君がいた瞬間』では憂いと焦燥を見せました。一時代を築いた『トワイライト』からの脱却は容易ではなかったでしょうが、彼はそれをやってのけたのです。
映画『ディーン、君がいた瞬間』予告編
そして、満を持して『グッド・タイム』。集大成を通り越し、新章の幕開け。本作におけるロバート・パティンソンは、どこから見てもアンダーグラウンドの住人です。かつてのイケメンヴァンパイアの姿からは遠く離れている。ポップスターとして誰よりも輝きを放っていた一方、粛々と役者としての幅を広げていました。『グッド・タイム』の底辺世界は、彼の演技なしでは成立しなかったでしょう。
紛れもなく、本作はロバート・パティンソンの最高傑作です。
カンヌでサウンドトラック賞をかっさらったOneohtrix Point Never
『グッド・タイム』の音楽を担当したワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下、OPN)。本作で第70回カンヌ国際映画祭におけるサウンドトラック賞を受賞したことが広く話題を呼びました。サフディ兄弟は前作『神様なんかくそくらえ』でも音楽に並々ならぬこだわり(冨田勲、アリエル・ピンク、ヘッドハンターズなどを起用)をみせていましたから、OPNのようなアングラアーティストに劇伴音楽を依頼することに驚きはありませんでした。
が、OPNからの回答がとんでもなかったのです。暴力的でありながらヒプノティック。いつものOPN節をそのままに、しっかり映画に寄り添う音楽を作ってきました。サウンドトラックとしての機能を持ちながら、ポップ・ミュージックとしても完成度が非常に高い。イギー・ポップをフィーチャリングした『The Pure and the Damned』も含め、サウンドトラック賞にふさわしい仕上がりです。
Oneohtrix Point Never – 『The Pure and the Damned』
ちなみにこの曲、エンディング・テーマです。『グッド・タイム』はエンディングにも妙があって、あるキャラクターのあるシーンで物語が幕を閉じるわけですが、このシーンがまた素晴らしかった。イギー・ポップの穏やかな歌声をバックにエンドロールが流れ、観客は映画の余韻に浸る。そのとき、あなたは何を思いますか。「遠いニューヨークの路上で起きた、自分とは無縁の話」とは、筆者には思えませんでした。
■映画『グッド・タイム』
2017年11月3日公開
シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか順次公開
<公式サイト>
http://www.finefilms.co.jp/goodtime/
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