ベルリン国際映画祭にてアフリカ映画『わたしは、幸福(フェリシテ)』が銀熊賞受賞。キンシャサが舞台のアフリカ的幸福論
アフリカ映画と言えば、みなさんは何を思い浮かべますか?まぁ一口に「アフリカ」と言っても広大ですから、イメージはそれぞれあるかもしれません。けれども、最大公約数的な見方をすると『ホテル・ルワンダ』や『ツォツィ』などに代表される、アフリカで起きた事件や悲劇性を大胆な演出で描いた作品ではないでしょうか。
12月16日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開中の映画『わたしは、幸福(フェリシテ)』は、これまでのアフリカ映画とは明らかに一線を画しています。どの作品にも似ていない。なお、本作は2017年のベルリン国際映画祭において銀熊賞(審査員賞)を受賞しております。
映画『わたしは、幸福(フェリシテ)』予告
コンゴ民主共和国の首都キンシャサ。この街は優しいだけじゃ生きていけない。バーで歌いながら、女手ひとつで息子を育てている歌手フェリシテ。その名前はフランス語で“幸福”の意味。人生は彼女に優しくないけれど、歌うときだけ彼女は輝く。そんな彼女に気があるのは、バーの常連のタブーだ。ある日、フェリシテが目を覚ますと直したばかりの冷蔵庫が壊れていた。同じ日、一人息子サモが交通事故で重傷を負う。連絡を受け病院に急ぐが、医者は彼女に告げる。「前払いでないと手術はできない」。手術代を集めるため、フェリシテは、親族や別れた夫、以前お金を貸した男女、最後には見ず知らずの金持ちのボスを訪ねるのだった。誇り高く、自分を折ることができない彼女の中で何かが壊れていく。絶望から歌さえ歌えなくなるフェリシテ。夜の森を彷徨うフェリシテが見つける幸福とは . . . 。
– 『わたしは、幸福(フェリシテ)』公式サイトより
この映画の何が他と一線を画すのかを明らかにする前に、舞台となったコンゴ民主共和国について少し整理しておきます。
アフリカの二面性を体現するコンゴ民主共和国
かつてベルギーの植民地であったコンゴ王国が祖。何度かの紛争と分裂を繰り返し、現在のコンゴ民主共和国になります。凄まじい速度で人口が増加しており、首都であるキンシャサは、2020年にパリを抜きフランス語圏最大の都市になるそうです(現在1000万人強)。キンシャサは都市としてもアフリカ有数で、2014年のシンクタンクの世界都市ランキングにおいては世界第84位。アフリカ大陸内では、カイロ、ヨハネスブルグ、ナイロビ、ラゴス、ケープタウン、カサブランカ、アディスアベバ、チュニスに次ぐ第9位であります。
けれども、コンゴ民主共和国は問題も多く抱えており、国民の大半が困窮した生活を送っています。98年に紛争が始まって以来、国勢は悪化。キンシャサの19.5%の家庭が、1か月5000円以下の収入で生活しています。街の道路や、生活に必要なインフラ(水道や電気)も整備されておりません。政府軍と反政府勢力の衝突は今も激しく、一般市民はその両方から虐げられております。レイプ被害も後を絶たず、その数なんと年間9000件以上。
本作『わたしは、幸福(フェリシテ)』の舞台は、そんな発展とディストピアが入り混じった、極めて混沌とした街なのです。
『わたしは、幸福(フェリシテ)』的幸福論
さて、本作は「他のアフリカ映画とは違う」という話でしたね。ここまで進めてきた通り、キンシャサにもノンフィクションとして十分訴求できるだけの題材は街中の至るところにあります。『ホテル・ルワンダ』のような悲惨な現状がこの国にもあるわけですから、あの映画と同様に今起きていること(あるいは過去に起きたこと)をそのまま見せることもできたわけです。
けれども、この映画はフィクションであるだけでなく深淵で静謐な精神世界まで描いたのでした。「精神世界」という形のないモチーフをどうやって? ・・・音楽です。世界的なビッグバンド<カサイ・オールスターズ>がアフリカの表層を、アマチュアのオーケストラ<キンバンギスト交響楽団>がアフリカの内省を表現しました。
Kasai Allstars – 『Kapinga Yamba』
キンバンギスト交響楽団 – 『Sieben Magnificat-Antiphonen, O Immanuel』
前者は映画の冒頭でパッション溢れる演奏を展開し、主人公のフェリシテが所属するバンドとして物語に関わってきます。しかし後者のキンバンギスト交響楽団は映画の筋に影響しません。演奏シーンが唐突に挿入されます。この二つの音楽が、フェリシテの動と静、表層と内省、肉体と精神といった、相反するモチーフを表現していたのだと思うのです。
ちなみにカサイ・オールスターズはフジロック2011にも出演し、やはり情念溢れるステージを展開してゆきました。筆者も生でこのステージを見ておりましたけれども、得も言われぬエネルギーになぜか泣きそうになりました。命を燃やすように演奏する彼らには、どうしたって心を動かされてしまいます。
Kasai Allstars – 『The Chief’s Enthronement』
この姿は、これまで『ホテル・ルワンダ』などで描かれてきた「勇敢なアフリカの姿」なのだと思います。使用されている楽器もトライバルだし、リズムもかなり独特。多くのアーティストが憧れ、求めてきたグルーヴです。
対して、キンバンギスト交響楽団はどうでしょう。違和感があると言えば語弊がありますが、アフリカで鳴らされるクラシックのオーケストレーションに多少なりとも数奇の目を向けてはしまいませんか?しかし、この静かで内省的な音楽に投影される精神世界こそ、今まで描かれてこなかったアフリカの姿のように思えるのです。
音楽は何しろ非言語の芸術ですから、ともすれば送り手と受け手の間で解釈が違う場合もあります。けれども、この映画における音楽の方法論にはそれ自体に強い意志を感じるのです。フェリシテにとって、そしてアフリカのおける「幸福」とは何なのか。発展も悲劇も同時に起きるかの地で、もはや言葉では十全たる表現はできないのでしょう。
■わたしは、幸福(フェリシテ)
公開日: 2017年12月16日(土)より、全国順次公開
上映館: ヒューマントラストシネマ渋谷ほか
<公式サイト>
http://www.moviola.jp/felicite/index.html
SHARE
Written by