2022年11月12日(土)より公開となる映画『ゆめのまにまに』では、こだまたいち演じる古物商店のアルバイトと、ユニークな客との対話、日常の機微が丁寧に描かれている。舞台となったのは浅草六区に実在する[東京蛍堂(とうきょうほたるどう)]。大正時代にタイムスリップしたかのような空間に、日本のアンティークが所狭しと並ぶ様子は壮観だ。某有名メゾンのデザイナーが来日時にわざわざ訪れるなど、国内外のクリエイターにも支持されている。
『ゆめのまにまに』だが、村上淳・虹郎親子や渋川清彦ほか、現在の日本映画に欠かせない実力派俳優を擁するマネジメント事務所「ディケイド」の設立30周年を記念し制作された。今回ミーティアでは、同事務所代表であり本作企画をした佐伯真吾と、[東京蛍堂]店主の稲本淳一郎の対談が実現。職能こそ違えど、“ヒト”と“モノ”、互いの目利きである両者だけに、映画制作の裏側における細部のこだわりが、くっきり浮かび上がる対談となった。
Photography_Junya Ooba
Text_Shunpei Narita
Edit:Miwo Tsuji
浅草に灯される微かなひかり
古物商店[東京蛍堂]とは?
――まず、映画の舞台となった[東京蛍堂]と、映画を企画された佐伯さんの出会いから聞かせてください。
ディケイド代表・佐伯真吾(以下、佐伯) : 10年以上前でしょうか。たまたま浅草を歩いていたら、やけに質感のいい着物がトルソーにかかっていて気になったんです。看板には「モボモガ(*)御用達」って書いてあるし、これは只者じゃないぞと直感して吸い込まれるように入ったら、独特の質感で昭和歌謡が流れてきて。あぁ、完全にやばい店に入ったと思いました。
*「モダン・ボーイ」「モダン・ガール」の略。 1920年代(大正末期〜昭和初期頃)に、西洋文化の影響を受けた先端的な若い男女のことを指す。
[東京蛍堂]店主・稲本淳一郎(以下、稲本) : 店でかけている音楽は、一度パソコンに取り込んだ音源をAMの電波に変換して、それをラジオで受けて流しています。ただ流すのではなくて、チューニングも微妙にずらしながら。すこしノイズが入って、音が割れるんです。大正時代のダンスホールでは、きっとこんな風に聞こえたんじゃないかなって。これでダフト・パンクとか、現代の電子音楽をかけても最高ですよ。
佐伯 : 稲本さんって、単純に「古いものが好きな人」じゃないんですね。古物のセレクトはもちろん素晴らしい。その上で、過去と現在のハイブリット感覚に優れていて、そこに惹かれました。
稲本 : 店内にあるものは、もちろん古いものがほとんど。全部かけがえのない一点ものです。でもたとえばランタンならば、ライトの部分をLEDに変えたり、お店にある棚も、いわゆる普通の家具屋で販売されている家具をリメイクしたものだったり。最新の技術も取り入れることで、現代の生活文化に馴染むような提案をしています。
――そうして唯一無二の空間が出来上がっているわけですね。ちなみにお店の仕入れは、どんなふうに行っているんですか?
稲本 : 古い車に乗って気の向くまま、あてずっぽうの旅に出るんです。気になる民家があったらインターフォンを押して、免許を見せながら自分が誰なのかを名乗り、「何か譲ってもらえるものはないですか?」と尋ねるんです。かなり古い屋根裏部屋とかに案内されることもあって、危うく穴が空いて落っこちそうになったりもする。妻と一緒に行くこともあるんですけど、まさに「ファイトー、イッパーツ!」というか、リポビタンDのCMの世界ですよね(笑)。
――仕入れの話が、そのままロードムービーにできそうです。
佐伯 : そうそう。『ゆめのまにまに』は、実はロードムービー的なシナリオ案もあったんですよね。ただ監督の張元香織さんと対話を重ねていく中で、最終的には、このお店での日々を中心に描いたものになりました。決して戦略的に、「浅草や骨董を描くといいんじゃないか」という話ではなくて。やっぱり「ここ(東京蛍堂)」があったから描いたんです。その理由は、何よりここに「本物」があるから。
第一線で凌ぎを削る本物たちと、本物にこだわり映画をつくる
――「本物があるから、映画を作りたい」ということですが、もう少し詳しく聞かせていただいてもいいですか?
佐伯 : 昔の素晴らしい映画って、やっぱり本物を映しているんですよね。もちろんそこに肩を並べよう、っていうとおこがましいですけど、[東京蛍堂]には、稲本さんが選んだ本物がある。決してアンティーク“風”ではない、素晴らしい物が揃っているから。
佐伯さんが[東京蛍堂]ではじめて購入したのがこのトランク(佐伯さん撮影)
稲本 : 嬉しいです。佐伯さんもいつもすごくお洒落していらっしゃるから。お店にはちゃんと、いいものを揃えていなければと背筋が伸びます。
佐伯 : ありがとうございます。自分がやっているマネジメント事務所「ディケイド」では、周年で映画を作っているんですけど(20周年に『PLAYBACK』、25周年に『Amy Said』を制作)、30周年のタイミングが来たとき「[東京蛍堂]と映画を作りたい」と思ったんです。この建物自体もすごく古くて、いつ取り壊しになっちゃってもおかしくないから。ちゃんと記録しておかなくちゃ、そんな気持ちもありました。
稲本 : たとえこの場所が無くなったとしても、この映画を見ればいつでも帰ることができる。そんな映画になっていると思います。それは映像の力も大きいですね。物の照りや木の質感、ディテールを凄く丁寧に捉えている。撮影監督の山崎さん(山崎裕)が凄かったですね。80歳を超えているとは到底思いませんでした。
映画『ゆめのまにまに』予告篇
佐伯 : 本当に今の日本映画の最高峰ですよ。河瀬直美監督や是枝裕和監督の映画だったり、第一線で活躍されていて。撮影スケジュールも、山崎さんにお願いできるタイミングを最優先で組みました。
稲本 : 監督の張元香織さんも、脚本を書く上で何度もお店に通ってくれたのが印象的でした。色々な映画監督の助監督されているそうですね。
佐伯 : そうですね。巨匠から新進気鋭の監督まで数多くの助監督の経験をされています。
稲本 : 叩き上げでやってきた人だと思うから、ものづくりに対して妥協しない姿勢にもすごく共感しました。
佐伯 : 今回張元監督にお願いした経緯ですが、元々お願いしたい監督の候補は複数名いたんです。その中でも、張元監督は、完成形が想像できなかった。それがいいな、だから一緒に作りたいと思えた部分があった。結果的に張元監督にお願いしてよかったなと思いますし、いい意味で想像を裏切ってくれた。
稲本 : 自分も似たようなところがありますね。簡単なこと、普通にできること、難しいこと、どれかを選べと言われたら、難しいことを選びたい。その方が人生の物語が豊かになるはず。そうじゃなきゃさっき話したような買い付けはしません(笑)。
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