音楽人としてのKERA
実は『劇団健康』で公演を打ちながらも、20代のKERAは活動の軸を音楽に置いていた(どれだけ多彩で多才、多動なんだろうか……)。彼が世に知られるようになったのは1980年代前半。テクノポップやパンク、ニューウェイヴ影響を受けたバンド「有頂天(うちょうてん)」のボーカリストとして、当時勃興し始めていたインディーズブームの先駆けとなった。
(有頂天『猫が歌う希望の歌』MV)
KERA : 高校生の頃にテクノやパンク、ニューウェイヴという音楽の潮流に出会ってね。それは言うなれば「マッチョじゃないロック」だった。僕にとっては、クラスのスターじゃなくてもやっていい音楽に思えたんだよね。僕は徹底的に入り込む少年だったから、毎日学校帰りに下北沢のレコード屋『五番街』と明大前の『モダンミュージック』に通ったの。お店の人がいろいろなレコードを試聴させてくれたり、個人的にライブを録音したカセットテープを聴かせてくれたりしたんだよね。その頃の経験が、20歳の時に『ナゴムレコード』を立ち上げることに繋がっていった。
『ナゴムレコード』とは、1983年にKERAが立ちあげたインディーズレーベルのこと。個性の塊のようなバンドを後押ししてカルト的人気を集め、1980年代後半には最大手のインディーズレーベルとなった。おもな所属アーティストは有頂天の他に、「筋肉少女帯」「カーネーション」「たま」そして電気グルーヴの前身である「人生(ZIN-SAY!)」、さらには田口トモロヲがボーカルをつとめた「ばちかぶり」など。
(筋肉少女帯『オカルト』MV)
(カーネーション『サンセット・モーターズ』MV)
のちに活躍する多くのクリエイターを輩出したレーベルだが、初期はお金のやりくりに苦労したそうだ。ナゴムレコード時代のKERAは、借金をしてまでレコードをリリースしたという逸話が有名だ。
KERA : 正確には借金じゃなくて未払い金なんですよ。雑誌に掲載する広告料だけで年間1000万円近くかかったし、その一方でレコードもどんどんつくっていたから、レコーディング代、プレス代、ジャケット印刷代…気がつくと収支考えずにどんどんお金を使ってしまっていて…。これは本当に自分の悪いところなんだけど、お金に対する執着が足りないんですね。でも関わっていた人たちが優しくて、支払い時期を延ばしてくれて。それが3000万円くらいたまっていた……という説明がめんどくさいからインタビューでは借金です、と応えてる(笑)。でも自転車操業だったのは確かで、赤字のレコードもいっぱいあったんです。ただ、「売れるからいいレコード、売れないからダメなレコード」とはまったく思っていなかった。やがて、85年にインディーズ・ブームがきて、内容あまり関係なく、ナゴムというブランドで、どのレコードでもそこそこ売れるようになりましたけど、未払い金を全て払えるほどではなかった。中には「たま」みたいに何万枚も売れるレコードもありましたけどね。
(たま『さよなら人類』MV)
KERA : たまは、最初のプレス枚数は500枚だったんですよ。メンバー全員がCD嫌いだったから、アナログでしか売りたくないと言っててね。でもプレスしているあいだに『イカ天』(『三宅裕司のいかすバンド天国』。TBSで放送された深夜番組『平成名物TV』の1コーナー)に出演して5週連続で勝ち抜いちゃった。それでレコードの予約が1日200件来るようになって、どうしようとか言いながら追加で1万枚プレスして。その収入を僕とバンドで分けあって、僕はそのお金で父の墓を建てました。
当時は所属アーティストのレコード代を稼ぐため、コンビニでレジ打ちのアルバイトも経験したらしい。
KERA : ブームがくる前ね。生活はめちゃくちゃきつかったですよ。1日2回、立ち食いそば屋でかけそばを食べる生活だった。ああ、だからあの頃は痩せてたんだね、栄養失調だったんだな(笑)。
KERA : そんなんだったから、人生設計のようなものはまったくなかった。その時々で自分の興味あるものに飛びついていっただけ。
やめたくなったらやめればいいという気持ちですね。よく「演劇で食うためにはどうすればいいか」とか「ナゴムみたいなレーベルを立ち上げたいんだけど」って聞かれるけど、ずっと行き当たりばったりだったんだから、答えようがないんだよね。真っ当なこと考えていたらケラリーノ・サンドロヴィッチなんてふざけた名前はつけなかっただろうしさ(笑)。
それにしても、行き当たりばったりで劇団とレーベルとバンドを運営できるものなんだろうか? 昔のKERAを知る誰もが、その圧倒的な行動力に言及する。大槻ケンヂの言葉を借りるなら「ブルドーザーのような勢いの、明らかなワーカホリック」なのだ(『ユリイカ 2015年10月臨時号 総特集 KERA/ケラリーノ・サンドロヴィッチーー有頂天、ナゴムレコード、ナイロン100℃…』内の、大槻ケンヂ、まゆたん、直枝政広による鼎談『ぼくらのナゴムレコード』より)。
KERA : でも自分にとってはそれが当たり前の日常だったんですよ。これ以上持てないくらいのレコードを両手に抱えて何往復もしながら、1日20軒ほどのレコード屋に納品した。その時に、前回納品したレコードの清算をしようとすると、店のスタッフに「ごめん、店に出すの忘れてた」とか言われてね。売れなかった分が返品される時、ダンボールに「まったく売れないナゴムレコード」とか書かれていたこともあった。そういうのは、本当に目に涙が滲むくらい悔しかったなあ。
完全に辛そうである……。そこに楽しさはあったのだろうか。
KERA : どうだろうね。きっと楽しかったんだろうけど、もう1回やれと言われたら嫌だな(笑)。途方もない時間だった気がする。不安も多かったんだろうけど、まあ、実はあまり覚えてないんですよ(笑)。
途方もない話だ。やはり、KERAのエネルギーは尋常ではない。それなのになぜか楽しそうである。もう1回やるのは嫌だと言いながら、何かを慈しむような瞳で回想している。
こういう時のKERAは少年みたいだーーと素朴な感想を抱きそうになるが、あながち的外れでもない。KERAの少年性とでも呼ぶべき純真さが、実はこの日のキーワードになることを、我々はのちに知ることになる……。
ここでKERAは、2杯目にシャンディ・ガフを注文。窓の外を見ると、日はもう完全に落ちていて暗い。より深い、よりパーソナルな話をするのにぴったりな時間になってきた。
まだまだ夜の扉は開いたばかり。続きは後編へ。
作品情報
KERA
『LANDSCAPE』
CD:CDSOL-1836 3,000円+税
LP:NGN-003/004 5,500円+税
[収録曲]
CDSOL-1836 3,000円 + 税
※紙ジャケット / 歌詞・解説付き
[収録曲]
01. cheek to cheek
(作詞・作曲: Irving Berlin)
02. 木の歌
(作詞: 緒川たまき, KERA / 作曲: 鈴木光介)
03. ビバップ・バトン・ビバップ
(作詞: KERA / 作曲: KERA, 伏見 蛍)
04. ケイト
(作詞・作曲: KERA)
05. stardust
(作詞: Mitchell Parish / 作曲: Hoagy Carmichael)
06. キネマ・ブラボー
(作詞: KERA / 作曲: 中野テルヲ)
07. 食神鬼
(作詞: KERA / 作曲: KERA, 鈴木光介)
08. B-BLUE
(作詞: 氷室京介 / 作曲: 布袋寅泰)
09. じんじろげ
(作詞: 渡 舟人 / 作曲: 中村八大)
10. シリーウォーカー
(作詞・作曲: KERA)
11. サンキュー
(作詞・作曲: KERA)
12. 見上げてごらん夜の星を
(作詞: 永 六輔 / 作曲: いずみたく)
13. LANDSCAPE SKA
(作詞・作曲: KERA)
[12inchアナログ]
NGN-003~004 5,500円 + 税
※2枚組ゲートフォールド・カヴァー / 歌詞・解説付き
[side A]
01. Stardust
02. ケイト
03. サンキュー
04. キネマ・ブラボー
[side B]
01. cheek to cheek(Take2)
02. じんじろげ(LONG VERSION)
03. 見上げてごらん夜の星を
04. LANDSCAPE SKA
[side C]
01. 木の歌
02. ビバップ・バトン・ビバップ
03. B・BLUE
04. シリーウォーカー
[side D]
01. アンパンとジャズ ※
(作詞・作曲: KERA)
02. 食神鬼
(作詞: KERA / 作曲: KERA, 鈴木光介)
03. 夢で逢いましょう ※
(作詞: 永 六輔 / 作曲: 中村八大)
04. ベルリンレゲエ ※
(作詞・作曲: KERA)
05. サニー・グッジ・ストリート ※
(作詞・作曲: Donovan)
※CD未収録曲
(『キネマブラボー』 MV)
(『ケイト』 MV)
ライブ情報
KERA ソロアルバム 『LANDSCAPE』発売記念ライブ ビッグ・バンド編
2019年8月25日(日) 東京 六本木 ビルボードライブ東京
1stステージ 開場 15:30 / 開演 16:30
2ndステージ 開場 19:00 / 開演 20:00
サービスエリア 7,500円(税込) / カジュアルエリア 6,500円(税込 / 1ドリンク付き)
※ご予約・お問い合せ: ビルボードライブ東京 03-3405-1133
billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=11534&shop=1
舞台公演情報
世田谷パブリックシアター+KERA・MAP#009「キネマと恋人」
2019年7月20日(土)・21日(日)岩手県 盛岡劇場 メインホール
2019年7月26日(金)~28日(日)新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場
台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:妻夫木聡、緒川たまき / ともさかりえ / 三上市朗、佐藤誓、橋本淳 / 尾方宣久、廣川三憲、村岡希美 / 崎山莉奈、王下貴司、仁科幸、北川結、片山敦郎
https://setagaya-pt.jp/performances/kinema2019.html
<ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)>
1963年東京生まれ。
横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業後、学生時代からの愛称KERA(ケラ)の名前で、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。’86年にメジャーレーベルデビュー。インディーズブームの真っ只中で音楽活動を展開。80年代半ばから演劇活動にも進出。「劇団健康」を経て、’93年に「ナイロン100℃」を結成。結成20年以上になる劇団のほぼ全公演の作・演出を担当。また、自らが企画・主宰する「KERA・MAP」等の演劇活動も人気を集める。99年、『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞、’02年、『室温~夜の音楽~』で第5回鶴屋南北戯曲賞及び第9回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。近年、ユニット公演、外部公演での活躍も目覚ましく、’16年『グッドバイ』にて第23回読売演劇大賞最優秀作品賞及び第66回芸術選奨 文部科学大臣賞、’17年『8月の家族たち August:Osage County』にて第24回読売演劇大賞最優秀演出家賞、『キネマと恋人』にて第68回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞などを受賞している。’18年秋、紫綬褒章を受章。また、音楽活動にも意欲的に取り組み、各種ユニットによるライブ活動も継続中である。
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