死んだら娘に会えなくなるから、死にたくない
――ありがちな質問ですけど、母親になると人生観って変わるもんですか?
大塚 愛:まったく変わりました! ポジティブなものに目を向けられるようになりましたね。それまでは「そんなの偽善的な綺麗事じゃん」って思ってたことが、あながち綺麗事でもなかったというか。当たり前にある素晴らしいものにしっかり目を向けられるようになった。
――子どもが産まれたことで、「そもそも世界は素晴らしいものだ」と、世界に対する見方が根本的に肯定的になったんでしょうか?
大塚 愛:普通だったら「そんなワケないじゃん、世界は汚いもので溢れてるよ」って思うかもしれないんですけど、娘と一緒にいると「この世は汚れてるんだよ」みたいなことはあんまり思わない。もっと、なんていうか普通に「今日は天気が良いね、天気が良いって素敵だね」みたいな。
――今回の曲に「天気の話なんかしたくない」っていう歌詞ありますけど……(笑)。
大塚 愛:そうなんですよね(笑)。そういう何気ないこと、別に話さなくてもいいようなこと、「この花かわいいよね」みたいなことって、娘を産む前だったら絶対言ってないですよね。娘が生まれてくれて、自分のことも大事に思えるようになりました。死んだら娘に会えなくなるから、死にたくない。今はすごく大事に生きてるような気がします。
――そういった考えの変化は、自分の音楽の変化に繋がりますか?
大塚 愛:一回流れを止めて、もう一回始める時の最初のシングル『Re:NAME』っていう曲ができたことが、私の中でもうゴールだったんですね。あの曲ができた時に「ああ、もうやめてもいいな」って思って。こんなに喜びに満ちた曲を作れるとは思わなかった。
(大塚 愛『LOVE FANTASTIC TOUR 2014』ダイジェスト映像。『Re:NAME』は1:40あたり)
――『Re:NAME』は、それ以前の大塚 愛さんのイメージを一新するような曲でした。これ以降の大塚 愛さんの曲には、エレクトロあり、ジャズあり、ボサノヴァあり、R&Bあり、そしてもちろんロックありと、ジャンル横断的な姿勢が目立ちます。ポップのど真ん中で成功してからエッジーな方向に広がってきたのが大塚 愛さんの特徴で、それは珍しく、面白いことだと思います。なぜなら、多くのアーティストは逆ですから。キャリアを重ねるごとにポップになっていく。大塚 愛さんにとって、ポップであることって、どういうことですか?
大塚 愛:初期の頃は大衆っていうものをすごく意識してました。というのも、大阪から上京して、親からの仕送りも「そんなものはいらねえ」って断っちゃったので、自分の稼いだお金しかない状況で、生きていくためには売れる以外選択がなかったんです。なので、大衆を狙っていくことが前提、それしかないっていう感じでした。それがあった後に、初めて自分の出会いとか経験の中で好きになった方向に突き進めばいいかなって思ってましたね。
――なんか、男前ですね(笑)。
大塚 愛:(笑)。どうしようもない状況だったというか。それで失敗して売れなかったら、お金ありません、会社にも契約切られました、大阪帰ります、っていうだけの話なので。そんなわけにはいかない、帰る場所なんてないぞと。
――大衆を狙おうとしてしっかりヒットさせるところが男前ですよ。それこそ『嫌われる勇気』原作は、「自分がやりたいのは大衆受けじゃないから」という類の言い訳を、アドラーの言葉を用いて「人生の嘘」だと指摘してます。それは人生のタスクを回避しようとする口実にすぎないと。そういう意味でも、この時期に大塚 愛さんの曲が『嫌われる勇気』のEDテーマとして起用されたことには、巡り合わせを感じます。自戒を込めて、「言い訳してる奴は大塚 愛を見習え」と言いたいですね。
大塚 愛:いやいやいや(笑)。
「私」の念が入った「私」の写真がこのシングルにはふさわしい
――ところで、『私』のジャケット写真はセルフポートレイトですね。
大塚 愛:写真って愛が写るんですよ。撮るカメラマンさんがどれだけ被写体を愛しているかで、写真のクオリティって全然違う。写真には撮る人の気持ちや念が入る。そう考えると、誰かの念が入った「私」ではなくて、「私」の念が入った「私」の写真がこのシングルにはふさわしいなと思って、こうしました。
――動画はどうですか? 今回のMVはすごく大人っぽくて、自立した女性を強く印象づけるものだと思います。どういったテーマで作られたんでしょう?
大塚 愛:まあ、大人な年齢になってきましたからねえ(笑)。そうですね、前にしか歩けないってことですかね。後ろ歩きと横歩きって疲れるし、前に歩く方が断然楽ですよね。何事か迷った時は前に進むしかないんだな、進むのが一番楽なんだなって。
――胸を張って歩きたくなるMVでした。
大塚 愛:じゃあ、ぜひウォーキングの時に聴いてください(笑)。
――宇多田ヒカルさんの『Fantôme』に収録されている『道』という曲があるんですが、サウンド的に通底するものがあると感じました。宇多田ヒカルさんとは年齢も近いですし、同時代の女性アーティストとして、何か共鳴するものがあったりしますか?
大塚 愛:そんなおこがましいこと、とても言えません(笑)!! あんな天才と比べないでください〜。宇多田ヒカルさんのことは、天才だなあと思って見てます。
――ライバルだと思ったことは?
大塚 愛:とんでもない(笑)!! でも、ライバル、いたらいいですよね。できるように頑張ります。プロの世界はやっぱりすごくて。早く私もそこに混ざれるようになりたいです。遠いですけど。
――びっくりするくらい謙虚ですけど、我々一般人からしたら、大塚 愛さんってわりと大御所感あるんですけどね……本人の意識はそうじゃないんですね。
大塚 愛:なぜかわからないけど、「デビューしてからもっと長いと思った」ってよく言われるんですよ。なんでだろう?
――いや、長いですよ。だって今年でデビューして14年ですよね?
大塚 愛:でも上を向けば、上はすごいですからね。
――それに、憧れの対象でもあるわけですよ。大塚 愛さんを目標にしてる後輩もたくさんいると思うんですけど……。
大塚 愛:いやいやいや(笑)。早くそういう人欲しいです。そうやって言われてみたいけど、そんなこと思う人いるのかなあ(笑)?
女性のしたたかさを描きたかった
――2曲目の『サクラハラハラ』は、デジタルアート展『FLOWERS by NAKED 2017 ―立春―』のテーマソングですね。面白いと思ったのは、桜がテーマだと言われたら、普通、桜が満開に咲いてるところをイメージすると思うんですよね。でも『サクラハラハラ』って、散ってますよね。なぜ散る様をタイトルにしたんでしょうか?
(大塚 愛『サクラハラハラ』MV。歌詞に深い意味が込められている)
大塚 愛:散ってるとこもそうだし、「散るの? 散らないの? どっちなの?」っていう感じを出せたらなと思って。よく、桜満開のニュースの後に「雨が降りました、散るかもしれません」っていうニュースありますよね。あれを聞いた時に「ああ、散っちゃうの? どうなの? あの風やばくない?」っていうあの「ハラハラ感」。
――ああ、ダブルミーニングだったんですね!
大塚 愛:そうなんです。それと、桜って散る時に、人間の目には見えない紫外線を乱反射してるらしいんですよね。その光の反射によって虫を惹き付けてるらしいんです。春って、他にもいろんな花が咲くじゃないですか。たくさんの綺麗な花が咲く中、命を繋げるために工夫している。それって、女性が恋した時のしたたかさにも通ずると思って。女性って可憐さもあるけど、したたかだと思うんです。そもそも、メイクをして騙しにかかってるじゃないですか(笑)? 正面切って「騙しまーす」って言ってるみたいなもので(笑)。そういうしたたかさを描きたかった。
――歌詞の中には「香り」が二回出てきます。また、大塚 愛さんはオリジナルの香りをプロデュースしたり、今後はライブ演出にも香りを使うそうですね。香りにこだわるのはなぜですか?
大塚 愛:香りの記憶ってすごいなと思って。『おかあさん』っていう童謡があるんですけど、昔この曲にすごく心を打たれたんですね。「おかあさん なあに おかあさんていいにおい せんたくしていたにおいでしょ」って歌詞なんですけど、「ああ! お母さんって洗濯の匂いなんだあ!」って。あの匂いをかぐとお母さんを思い出す、これって悲しい歌だなと思って、小さい頃号泣した記憶があります。そういう風に、この匂いをかげばあの人を思い出すっていうこと、すごくよくあるなと思って。夕方になるといろんな家から夕ご飯の匂いがしてきたり、その匂いから会話や音が聞こえてきたりとか。匂いと記憶と音に、すごく繋がりを感じています。
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