今日、あなたは何時間スマホのディスプレイを見ただろうか?私たちは日々、新しいスニーカーや、友人の食べた肉の写真や、芸能人の離婚といった雑多な情報を四角いディスプレイを通して摂取している。Netflixには全ての余暇を当てても足りないほどの映像がストックされ、Spotifyに関しては、輪廻転生を何度か繰り返さないと聴き通すことができないくらいだ(そして聴いている傍から増えていく!)。でも、私たちは本当にたくさんの情報を得ているのだろうか?
四角い画面を凝視している間に、地球は回転して、空の色は変わり、風は海を渡り、一回きりの夕焼けの淡いグラデーションが、誰の瞳にも映らぬまま沈んでゆく。
これは感傷的なポエムではない。四角いディスプレイを見つめるあまり、僕らは生身で感じられる多くのものを見逃している。たしかに情報は増えたけれど、僕らが受け取る「感覚」は偏る一方だ。だから、スマホを閉じてシャバへ出よう。池尻大橋のバー「LOBBY」オーナー・井澤卓の思いは、そんな現代的ないびつさへの眼差しに根ざしている。
Photo_Asami Nobuoka
Text_Taiyo Nagashima
Edit_Shu Nissen
「リアルでオープンな場所には特別な意味があると思うんです。ピュアすぎるようで少し恥ずかしいのですが、人と人が直接集まる場所が好きで。LOBBYに集まった人たちが楽しそうにしていると素直に嬉しいし、人と人が交わることで新しいものが生まれたり、偶然の再会があったりして。「バー」というリアルな体験の場は、人の生活を豊かにするんだな、と信じることができるんです。豊かさは、スマホを見ているだけでは手に入らないと思うんですよ。」
その言葉通り、2019年5月にオープンしたLOBBYは、様々な業種の人で賑わっている。池尻大橋の路地の奥、目につきにくいその場所に人々が足を運ぶのはなぜか。そこには、緻密な戦略とピュアな感情が折り重なった、井澤氏の狙いがある。
「バーと聞くと敷居が高く感じる方も少なくないと思います。でも、LOBBYは誰もが普段着でふらっと立ち寄れるような場所にしたいと思っていて、ストリートバーと銘打っています。アジアのストリートにある露店や屋台のイメージですね。土間をそのまま生かした構造にしているのも、身近さを重視するというコンセプトがあるから。ただ、一方で、全ての人に好かれる場所を目指しているわけではありません。自分たちが信じる世界観を大切にしていて、そこへの共感を入り口としています。」
ストリートというキーワードは空間設計の方向性を決定づけていて、細かく散りばめられた写真や絵画といったディテールのひとつひとつに、彼らの美意識や哲学が忍ばせてある。中でも目を惹くのは、壁面に大きく描かれたアートワークだ。手掛けたのは壁画・ペインティングチーム「RELISH」で、これは井澤氏が持つ、もう一つの顔なのである。
「5年前から、カリグラフィーをメインにしたチョークアートを手がけています。RELISHは、その取り組みを拡張するようなプロジェクトで、サマーソニックやグリーンルームフェスティバルの壁画のほか、さまざまな企業の内装のアートワークなども手がけています。カリグラファーのRYO KOIZUMIを中心に、身の回りにいるクリエイターを巻き込みながら制作を行っています。メンバーは固定せずプロジェクトごとに異なる顔ぶれが集まるのですが、分業制で様々な人を巻き込むことで、自分たちだけでは到達できなかった表現に出会えたり、思いも寄らない広がりがあったりして、すごく楽しいんですよ」
そこには手描きならではの特別な意義があると、井澤氏は続ける。
SHARE
Written by