末井昭(すえい・あきら)による自伝的エッセイ『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化され、2018年3月17日より公開。末井は、伝説の雑誌『写真時代』『ウィークエンド・スーパー』などの編集長をつとめ、アラーキーこと写真家の荒木経惟とともに70’〜80’年代のサブカルチャーを牽引した名編集者でありエッセイスト。近年も『自殺』『結婚』などのエッセイが話題だ。本作は、「母親がダイナマイトで爆死した」という衝撃的な内容や、当時のカルチャーの色濃い雰囲気、コミカルに連発される下ネタ、若き日の末井にそっくりだという主演・柄本佑の名演など、見どころが多い。まずは予告編をチェック。
(映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』予告編)
あらすじはこちら。
バスも通らない岡山の田舎町に生まれ育った末井少年が、7歳にして母親の衝撃的な死に触れる。肺結核を患い、周囲から爪弾きにされ、医者にまで見放された母親が、山中で隣家のひとり息子と抱き合いダイナマイトに着火&大爆発!!心中したのだ──。父親と弟と自分を残して……。
(映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』オフィシャルサイトより抜粋)
雑誌のような映画
本作の軸は、主人公と女性たちとの関係性である。
尾野真千子(母)、前田敦子(妻)、三浦透子(愛人)、これら三人の女性は、非常に魅力的で強い印象を残す(もちろん三者ともにエロいシーンがある)。そしてその周りに、女性たちほど出番は多くないのに異様な存在感を放つ菊地成孔や峯田和伸がいる。
この構造は、エロ雑誌でありながらなぜか小説家・田中小実昌(たなか・こみまさ)や美術家・赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい)らの原稿も同時に掲載されていたという『NEW self』『写真時代』『ウィークエンド・スーパー』といった雑誌の構造と同じだ。
つまり本作は、雑誌の構造をそのまま映像化した作品でもある。そういう意味で、本作は内容・構造ともに、末井昭がつくった雑誌のような映画だと言える。
「オ◯ンコが36箇所!」
いやいや、下ネタではない。これは劇中の大まじめな刑事のセリフである。
雑誌『NEW self』には、「猥褻文書販売容疑」に該当する箇所、すなわち「オマ◯コ」の記述が36箇所もあった。そのようなけしからん雑誌は取り締まらなければならぬ。
刑事たちは末井の事務所に押しかける。「オマン◯が36箇所!」。そう叫んで雑誌を開くと、該当箇所すべてに赤線が入っている。へえ。ちゃんとチェックしてるんですね。神妙な面持ちで「一個、二個」とその箇所をチェックしている刑事の姿は、作中で直接描かれはしないが、想像するとシュールだ。
この後のシーンも面白い。喫茶店にて、エロ雑誌の編集者たちが深刻な顔で刑事に忠告されたことを報告し合うシーン。松重豊が演じる担当刑事が、とぼけたような口調でこんなことを言うカットがインサートされる。
「性器を口で吸うとは、お前さんどういうわけなのー」
どういうわけなのって、口で吸うのがフ◯ラなんじゃねえかよ!という編集者たちのツッコミが続くわけだが、こうしたコミカルなシーンがテンポよく続くので、笑える。
それゆえ、この映画を誰かと見に行く際には、相手をしっかり考えた方がいいかもしれない……。
カス野郎たちはいつも怪我をしている
アートやデザインに対する姿勢の描き方も、本作の魅力のひとつ。
たとえば劇中、主人公にイヤミなことを言うキャラが何人か出てくるが、面白いことに、これらの人物は常に顔に怪我をしている。
のちに妻となる牧子につきまとっている中年男性(初対面の末井に説教を垂れ、のちにストーカー化する)、デザイン会社の上司(末井のデザインをバカにし、母親を笑いモノにする)。こうしたカス野郎たちは顔に不自然な怪我を持ち、醜い。
この怪我は、物語の本筋にはまったく関係ない。しかし「デザインとは自分をexposureさせることだ」というセリフに照らして考えてみれば、「人物の内面が外面にexposure(暴露)されている」という演出なのだと考えることができる。
つまり本作は、アートやデザインを堅苦しく語るのではなく、あくまで画的に面白く、コミカルに描いているわけだ。
「革命的デザインはキャバレーにあったのです」という一言は、当然だが、ぜんぜん冗談ではない。
もしも母親が爆発したら? 死んでも続く母と子の物語
原作エッセイ『素敵なダイナマイトスキャンダル』で解説を担当した経済人類学者・評論家の栗本慎一郎は、あとがきで次のように述べている。
幼少のころ、母親を隣家の息子とのダイナマイト爆発心中で失ったときのことを淡々と書きつづける末井氏には、見たところ何の気負いも照れ感傷もない。読む者をして、その本来ならば圧倒的に悲惨であるはずの事実が、決して事実自体の意味などを問われていないことを知らしめる。
(末井昭『素敵なダイナマイトスキャンダル』解説より。p226)
この言葉が原作の魅力を端的に表しているが、映画では原作と少し違うアプローチがなされた。
原作では、母が爆死する前日、夢枕に母が立った、という一節がある。それが夢だったのか現実だったのか、あるいは幽霊だったのか、本のなかでは明かされない。
しかし映画ではそれに答えを出している。そのことが、「母と子の物語」という本作のテーマを明確にさせ、観客に強い感情を喚起させる。結果、より普遍性を持った作品に仕上がった。
母と子の物語は、たとえ一方が死んでも永遠に続く。
映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』は、エロくて、コミカルで、時代の空気を感じることができて、しかも普遍的なテーマを持った作品。
映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』を補足するカルチャー・リスト
・末井昭『素敵なダイナマイトスキャンダル』
映画の原作エッセイ。「芸術は爆発だったりすることもあるのだが、僕の場合、お母さんが爆発だった」という書き出しの一文は、日本文学において川端康成『雪国』にならぶほどの一文かもしれない。おすすめ。
・岡本太郎『自分の中に毒を持て』
で、その「芸術は爆発だ」の元ネタがこちら。岡本太郎による人気の一冊。
・アルチュール・ランボー『地獄の季節』
劇中の「やっと見つけた。何を?情念を」という言葉は、フランスの詩人ランボーによる詩『地獄の季節』の一節「永遠」をもじったもの。中原中也、小林秀雄、金子光晴、鈴木創士など多くの詩人や文学者による訳が存在するが、本記事では堀口大學(ほりぐち・だいがく)訳のものを抜粋。堀口大學訳はいま読むと全体的にかなり古く感じられるが、「永遠」に関してはピカイチ。
もう一度探し出したぞ。
何を? 永遠を。
それは、太陽と番(つが)った
海だ。
(アルチュール・ランボー『地獄の季節』より)
・『美術手帖2017年8月号』or『SWITCH Vol.35 No.1 荒木経惟 ラストバイライカ』
菊地成孔(きくち・なるよし)が演じるアラーキーこと荒木経惟(あらき・のぶよし)の特集。いきなり写真集はちょっとハードルが高いかな、と感じる人には、美術手帖やSWITCHなど雑誌の特集から入るのがおすすめ。
『美術手帖2017年8月号』Amazonページ
『SWITCH Vol.35 No.1 荒木経惟 ラストバイライカ』Amazonページ
・SPANK HAPPY『走り泣く乙女』
菊地成孔を中心としたユニットSPANK HAPPYの1stシングル。劇中でタトゥーをまったく隠そうとしない菊地成孔の潔さがよい。菊地成孔が荒木経惟を演じているというより、菊地成孔のなかの荒木経惟を見せられている、という感じ。
・銀杏BOYZ『援助交際』
主人公の「心の友」を演じた峯田和伸(みねた・かずのぶ)率いるバンド銀杏BOYZによる永遠の名曲。あの娘が淫乱だなんて嘘さ!
(銀杏BOYZ『援助交際』MV)
ちなみにクリープハイプによるカバーもおすすめ。銀杏BOYZとは違った色気とぬくもりがある。「眠れない夜を優しく包む恋のメロディ」が聴こえてくる。
銀杏BOYZ オフィシャルサイト
クリープハイプ オフィシャルサイト
・尾野真千子と末井昭『山の音』
本作のエンディングテーマを、尾野真千子と末井昭が歌っている。原作者がエンディングテーマを歌うという、世にも珍しい映画になった。作詞作曲は菊地成孔。めちゃくちゃスナック映えしそう。
(『素敵なダイナマイトスキャンダル』主題歌MV)
素敵なダイナマイトスキャンダル
出演:柄本 佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重 豊、村上 淳、尾野真千子、菊地成孔ほか。
監督・脚本:冨永昌敬
原作:末井 昭「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫刊)
音楽:菊地成孔 小田朋美
主題歌:尾野真千子と末井 昭「山の音」(TABOO/ Sony Music Artists Inc)
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