山猿が自身以外の楽曲について、ここまで熱く語るインタビューが他にあっただろうか。今回は11月22日にリリースした『えんむすび』について話を訊いた。どうしてカバーアルバムを作ったのか? 曲についてどのような思いがあるのか? 山猿にとって誰かの歌をカバーするということには、どんな意味があるのか? そこには学生時代からの思い出が詰まっていた。
Photography_Reiji Yamasaki
Interview&Text_Satoshi Shinkai
Edit_Satoru Kanai
山猿がカバー曲をリリースするのは今回が初めて。意外だったのは、ヒップホップはSEAMOの『マタアイマショウ』くらいで、あとは広瀬香美の『DEAR…again』、シャ乱Qの『シングルベッド』、中島みゆきの『糸』など往年のJ-POPが並んでいる。
「まず今作を作ろうと思ったのはデビューして7年目になるので、新しいことに挑戦したいと。1曲1曲、自分が大事にしていた曲というか、俺自身が支えてもらった曲を歌わせてもらいました」
これまでリリースしてきた4作の「あいことば」は、どれも山猿の実体験が元になっていると、インタビューで何度か語られてきた。今作は彼にとって、どんな作品なのだろうか。
「カバー曲なんですけど俺の実体験でもあって。歌わせてもらった6曲は“あの時はこうだったな”って、聴くだけで過去に戻してくれるタイムマシンみたいな。だから“ただメロディが良いとか”そう言う次元の話じゃないんです。もし『マタアイマショウ』や『め組の人』が本人から許可が下りなかったら、『えんむすび』は作らないつもりでいて。それだけリスペクトを込めてます」
楽曲について話を訊くと、彼はときどき目を瞑りながら何かを思い出すように話していたのが印象的だった。
「俺にも人生で病んだ時があって。“何のために生きてるのかな……明日ってくるのかな”って悩んでいた学生時代に『月光』を聴いて、救われて。あとは中学・高校もそうですけど、社会人になっても人見知りで。とにかく人と話すのが苦手だったんですよ。そんな時に『シングルベット』を聴いていたんですよね。『マタアイマショウ』なんて、地元の仲間とカラオケへ行ったら誰が最初に歌うか取り合ってた曲だから、俺が『マタアイマショウ』を歌うって決まったらみんな喜んでくれて」
話を訊くと、確かに“タイムマシン”という言葉がしっくりくる。例えば恋人とイヤホンを片方ずつ分け合って聴いていた曲、部活の帰り道に自分を奮い立たせるために聴いていた曲など。当時の写真を見るよりも、音楽を聴いた方が記憶が鮮明に蘇ることがある。
「このアルバムを1枚通して聴くと、卒業アルバムを見てるみたいで。“あの時、遊んでいた友だちは元気かな?”とか“昔ヤンチャだった奴がパパになって、学生時代と比べて優しい顔になったな”とか。なんだか感慨深いですね」
思い出の詰まった曲を聴いていると、あの頃に戻りたいという感情にならないのか訊いてみた。
「戻りたいっていうか、最後は幸せっていう。あれだけ辛かったけど幸せだなとか、大事な仲間や友だちがいることに気づかせてもらえる。辛い時があったから今があるし、楽しい思い出があるからこそ今がある。過去と現代を結びつけてくれるのがカバーアルバムだと思ってます」
それだけ思いが強い曲だからこそ、歌う時のプレッシャーも相当だったようだ。
「あんまり緊張しないんですけど……尊敬するアーティストが心を込めて歌ってきた曲だって思うと、やっぱりプレッシャーはありました。レコーディングブースに入るまで、ずっと緊張してましたもん。RECをスタートして、歌った瞬間にそのモヤモヤは不思議と消えましたね。むしろ気持ち良く歌ってました」
注目なのはSEAMOの『マタアイマショウ』。原曲にはなかった歌詞を加えて、リアレンジを加えている。
「SEAMOさんに許可をもらって『マタアイマショウ』は歌詞を変えさせてもらいました。これは失恋の曲だとSEAMOさんから教えていただいたんですけど、山猿の場合は“また会っちゃおう”と思って。やっぱり好きな人には最終的に出会ってほしいし、本当に好きな人だったらまた会えるんだよっていう、そっちの『マタアイマショウ』にしました。SEAMOさんがツイッターで“また別の『マタアイマショウ』ができた。ぜひみんなに聴いてほしいって”書いてくださって。本当に嬉しかったですね」
SEAMOにリアレンジの許可をもらう際、かなり苦労をしたようだ。
「アーティストに直接連絡したのは俺ぐらいって言われました。最初はレコード会社を通して、SEAMOさんにカバーをさせてくださいとお願いをしたんです。でも、これは直接本人に言わなきゃと思って。愛知でSEAMOさんのライヴがあったので会いに行ったんです。だけど、スタッフさんもファンの方もたくさんいたので話を切り出せなくて。そしたらSEAMOさんが“言わないの?”って顔をしてたんですけど、俺はその場で言えないまま……。
その日は新幹線で帰る予定だったんですけど、愛知に残ってライヴが終わるまで待ってたんです。だけど、それでも言えなくて。結局モヤモヤした気持ちを抱えながら夜、長文のメールをして“……っていうことでSEAMOさんの大事にしている曲を山猿のリアレンジでカバーさせてください”ってお願いしたら“なんだよ、そんなの全然良いに決まってるよ! 山猿の『マタアイマショウ』を楽しみにしてるし、山猿なりの調理をしてくれ”って。本当に愛を感じましたね」
『マタアイマショウ』の歌詞アレンジこそあったものの、原曲とカバー曲を聴き比べてもサウンドに大幅な変化は感じない。むしろ原曲を忠実に歌っている印象だ。そこには山猿なりの思いがあるという。
「原曲を100%リスペクトしてるからこそです。“この曲ってなんだろう?”じゃなくて“この曲はアノ人の曲だよな”って分かるようなコード進行だったり、歌い回しを大事にしましたね。山猿をきっかけに若い人たちがディグってくれたら一番嬉しいです」
『えんむすび』を締めくくるのは、山猿本人が書いた『Outro』。<縁と縁が線になった偶然 このカバー曲たちは俺の人生>の歌詞通り、カバー曲への思いが歌われている。
「最後の『Outro』はレコーディングの3日前に作ることを決めました。このままだと、ただのカバーを歌った人になっちゃうから意味を繋げようって。1曲1曲を全部繋げてラップに乗せて歌いました。<鈴木雅之さんリスペクト>なんて言ったり。今作はカバーアルバムっていうよりも今の山猿のすべてというか。
『マタアイマショウ』でSEAMOさんと出会って、『め組の人』はLGMonkees時代にマーチン(鈴木雅之)さんと歌わせてもらって。『シングルベッド』はつんくさんが俺の『桜色の記憶』を聴いてくれて、わざわざツイッターで“山猿ってアーティストは誰なんだろう。すごくいい声をしてる。今度調べてみよう”書いてくれて。そういう縁と縁が繋がった作品で。本当に自分にとっては意味のあるカバーアルバムだと思います」
作品情報
「えんむすび」ESCL-4950 ¥2,037(税別)
01. マタアイマショウ
02. DEAR…again
03. め組のひと
04. シングルベッド
05. 月光
06. 糸
07. Respect for you ~Outro~
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