『才能豊かな問題児』セルゲイ・ポルーニンの素顔とは
世界的バレエダンサー、セルゲイ・ポルーニンの知られざる素顔に迫ったドキュメンタリー映画が、7月に日本で公開されます。
「ポルーニン?知らないな。音楽なら海外の曲も聴くけど、バレエは興味ないし」という方、もしかしたらポルーニンの踊りを見たことがあるかもしれません。
『才能豊かな問題児』セルゲイ・ポルーニンの素顔を、映画公開に先立ち少しだけご紹介します。
セルゲイ・ポルーニンってどんな人?
前代未聞の退団劇で世界のニュースに
この映像に見覚えがある人はいませんか?
これは世界的ヒット曲『Take Me to Church』(2013年)の新バージョンMV。2年前に公開され話題になり、多くのメディアでとりあげられました。
明るい日差しが差し込む教会の中を縦横無尽に踊るのは、セルゲイ・ポルーニン。
英国ロイヤル・バレエ団史上最年少でプリンシパルに任命された、世界トップクラスのバレエダンサーです。
しかしポルーニンのニュースが世間を騒がせたのはこれが初めてではありません。
MVの公開からさかのぼること3年、人気の絶頂にいたポルーニンは突然の退団を発表したのです。
(映画予告編より)
超名門バレエ団のトップスターが「バレエ団は息苦しい」なんて理由でシーズンの最中に退団、という前代未聞のニュースは、イギリスにとどまらず大きく報道されました。
天才ともてはやされて自惚れた若者の身勝手な行動、一見するとそうとしか思えません。
しかしそれだけで片付けられない背景がありました。
天才ダンサーの過去
セルゲイ・ポルーニンは1989年生まれ、ウクライナ出身。
幼少期は体操選手を目指していましたが、才能を見出されバレエに転向します。
13歳で渡英、ロイヤル・バレエ学校へ入学。そのままロイヤル・バレエ団に進むと、19歳でプリンシパルに。高い技術と演劇性、そして抜群のジャンプで、多くのファンを魅了しました。
トップダンサーの地位を築いていく一方で、それにふさわしからぬ行動も。
例えばMVからもわかる通り、ポルーニンは体にタトゥーを入れています。これは上半身裸で踊ることもあるプリンシパルとしてはありえないこと。
さらに食事やレッスンの自己管理に問題があることも公言、“天才肌”と同時に“問題児”とみなされていました。
(映画予告編より)
ついには22歳で電撃退団という結末を迎えたのですが、その当時ポルーニンはBBCのインタビューでこうコメントしています。
(退団は)デリートボタンを押すようなもの、新しいスタートを切りたい。
(引用:BBC)
実はポルーニンは貧しい家庭の生まれで、家族の期待を一身に背負ってバレエの道に入りました。
血のにじむような努力とともにバレエダンサーとして輝かしいキャリアを歩んできたポルーニンですが、それは失敗することも他の道を選ぶことも許されない中でのことだったのです。
インタビューでの発言通り、ポルーニンは現在モデルや俳優の世界にも活躍の場を広げ、さらにダンサーを支援する『ポルーニン・プロジェクト』を設立するなど、新しい分野にチャレンジしています。
ポルーニンの真意とは?
セルゲイ・ポルーニンについて調べてみると、調べるほどに印象が変わりました。
ちょっと見ただけだと、自惚れ屋で自分勝手な若者。
経歴にも目を向けると、思い出したのが映画『フィリップ、きみを愛してる!』の主人公。
この主人公は養子であることに負い目を感じ、誰よりも真っ当な人間になろうとゲイである本当の自分を必死で偽り、よき夫よき父でいました。
しかしある時交通事故に遭った彼は「死にたくない!俺はまだ自分の人生をちっとも生きてない!これからは生きたいように生きる!誰になんと言われても…!」と叫び、妻子を捨て、理想のゲイライフに飛び込んでいきました。
褒められた行動ではないだろうけど、やっぱり彼の人生なんだからこれで良かったよなあ…と思わずにいられません。
しかし、ドキュメンタリー映画の予告編にも登場する、冒頭で紹介したMVでのポルーニンの踊りを見ていると、はたして彼の電撃退団は単なる「人生一度きりなんだからやりたいことやりたい!」というプッツンなんだろうか?と疑問も。
MVの踊りからちょっと深読み
バレエといえば『白鳥の湖』のチュチュや白タイツを思い浮かべますが、そちらはクラシックバレエ、MVの踊りはコンテンポラリー(現代舞踊)と呼ばれるジャンルです。
(2011年ローザンヌ国際バレエコンクール・コンテンポラリー部門・Mayara Magri)
ミーハー丸出しに浅い知識をひけらかさせていただくと、ミュージシャンが音楽で全てを表現するように、ダンサーは踊りで全てを表現します。
それはクラシックでもコンテンポラリーでも変わりません。
しかし厳格なクラシックではまず見かけない動きがたくさんあるコンテンポラリーの方が、よりいっそう、「これ!」という感情を力強く自由に、文字通り全身で表現してる印象を受けます。
例えばこちらの『Libera Me』(キャシー・マーストン振付)という踊り。
“私を自由にして”という意味のタイトル通り、囚われている何かに翻弄されながらも何とかして解放されようとする必死の抵抗が、緊迫感を持って伝わってきます。
(2012年ローザンヌ国際バレエコンクール・コンテンポラリー部門・菅井円加)
MVのポルーニンの踊りからは自由や喜びとは正反対の感情が伝わってきます。
限られた空間の中で、宙に浮いているかのようにダイナミックなジャンプをバンバン繰り広げたかと思ったら、突然頭を抱え転がりまわったり、空気を求めるように窓へ走り寄ったり…
才能に恵まれ成功を勝ちとり、いい陽気で緑がそよぐ窓の外の世界のような輝かしい未来があるのだから、ただまっすぐ進めばいいのに…と傍目には思いますが、本人は囚われている何かからどうしても自由になれず苦しんでいたのかもしれません。
それがバレエ団だったのか、バレエそのものだったのか、はたまた別のものだったのか。
まとめ
全米製作者組合賞(PGA)にノミネートされるなど、バレエ業界に限らず注目を集める今回のドキュメンタリー映画。
本人や関係者、そして家族へのインタビューを通し、ポルーニンの素顔、そして真意を明らかにしていきます。
セルゲイ・ポルーニンのドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』(原題『Dancer』)の公式サイトはこちら。
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