ヒトリエが引き起こす熱狂の渦
少しの間を置いてヒトリエ登場。いつもとは違う、大作SF映画(?)を思わせるSEの中、キュレーターのゆーまお、シノダ、イガラシ、wowakaの順にステージに現れる。それぞれ持ち場に立つと、まずはゆーまおのドラムソロからスタートし、1曲目の『終着点』へ。続く『インパーフェクション』では、シノダが「インパーフェクション・フォー・ユー!」と叫び、オーディエンスのスイッチを入れる。
ヒトリエのライブでは、シノダがスイッチを入れることが多い。wowakaがその役を担うこともあるが、シノダには、wowakaのエモさとも少し違った、人を熱くさせる何かがある。よりオーディエンスに近いところにいる気の良い兄ちゃんのような親しさと、彼特有の荒々しさが、見ているだけでこちらを楽しく熱くさせてくれるのだ。
映画でいえばランボーとかロッキーみたいな存在。つまりスタローンだ。シノダ・スタローン。ライブ前に生卵飲んでそう。
(余談だが、ヒトリエについて語る時、いつもシノダを映画の何かでたとえてしまう。前回のライブレポートではシノダを『マッドマックス』の火を噴くギター男にたとえてしまった)
フロアはすでにもみくちゃの熱狂状態。wowakaの「世界の片隅で踊ってみませんか?」という言葉を合図に、ボーカロイド時代の代表曲『ワールズエンド・ダンスホール』へ。リキッドルームを文字通りダンスホールへと変えたこの曲のサビでは、wowakaとシノダの美しいハモりも印象的だった。
「リキッドのみなさんこんばんは〜〜〜!」と、この日のキュレーターであるゆーまおが普段はあまりやらないMCに挑戦すると、フロアからは「ゆーまおー!」と合いの手が入る。いかにゆーまおがファンから愛されているかが伝わってくるひと幕だ。
この日のセットリストは、オープニングSEにいたるまですべてゆーまおが考えたもの。というわけで、普段のヒトリエのライブとは少し違ったセットリストで楽しむことができた。
『イヴステッパー』からの『るらるら』では、大サビ前のタメでwowakaが意図的に長い空白を作り、「リキッドで『るらるら』やると、初めてリキッドでワンマンやった時思い出すね」と3年前のライブに言及する。3年前のライブは今でもYouTubeで確認できるので、一度見てもらいたいのだが、
この頃から良いパフォーマンスをしていたヒトリエだけれど、もはや今のヒトリエは次元が違う。それぞれがはるかにレベルアップした上で、4人のスキルや掛け合いが有機的に繋がり、もっと大きなうねりを生み出しているのが現在のヒトリエ。バンドとしてかなり強くなっている。
そしてさらに言えば、オーディエンスの反応もこの頃より今の方が熱狂的だろう。ヒトリエファンの手拍子の本気度は、他のバンドのライブと比べても際立つ。ドラム、ベース、ギター、ボーカルに加えて、オーディエンスによる手拍子を正式に5つ目の楽器に認定しても良いのではないかと思うくらい本気感が伝わって来る。
二回目のMCではwowakaが、この夏あまり外に出ないで制作に打ち込んでいたこと、久々に受けたインタビューの写真が「必死にボカロに打ち込んでいた頃の顔」に戻っていたこと(「アンハッピーな顔?」と、wowakaのボカロ曲を引用したシノダのツッコミが見事だった)などを話し、和やかな雰囲気に。
そんな中で、「新曲やろうと思います」と気負うことなくナチュラルに演奏されたのが『アンノウン・マザーグース』だったのだ。
『アンノウン・マザーグース』ヒトリエver.
これは今年、wowakaが6年ぶりに初音ミク20周年コンピアルバム用に書き下ろした新曲。
VOCALOIDの新曲を投稿しました。6年ぶりです。昔聴いてた人にも、今の世代の子たちにも、たくさん聴いてほしいので、皆さんの力を貸してください。
wowaka『アンノウン・マザーグース』feat. 初音ミク https://t.co/kDajhySwWg; #sm31791630— wowaka (@wowaka) 2017年8月22日
今や人気バンド・ヒトリエの中心人物として活躍するwowakaだが、実は彼のキャリアはボカロPとしてスタートしたのだった。しかも、当時のボカロシーンにおいて最も重要な役割を担っていたボカロPがwowakaであり、2010年前後のボカロを聴いていた人からは時に「神」ともあがめられるほどの伝説的ボカロPなのだ。試しに当時のボカロ曲を数曲ランダムに聴いてみればいい。そのうちのいくつかはwowakaが作った曲だから。そんなwowakaも、ヒトリエを始めてからはボーカロイドで制作することはなくなり、一部のファンからは復帰を切望する声があがっていた(ちなみに、wowaka本人がボカロをやめたと発言したことはない)。
それが今年8月、ほとんど何の前触れもなく6年ぶりのボカロ曲の投稿だ。演奏はヒトリエ。初音ミクの声に合わせてバックボーカルをwowakaが歌う。ニコニコ動画で即VOCALOID殿堂入りしたのはもちろん、このライブの時点ですでに70万回再生、YouTubeでは80万回再生され、SNSでバズった。wowakaの盟友である米津玄師もこのようにツイートしている。
wowakaさんがボーカロイド界隈に与えた影響は相当なものがあって、彼が「ボカロっぽい」という概念を作り上げたのだと思う。僕も例に洩れずwowakaさんに影響を受けた人間の一人として、最大級の敬意を感じてる。とにかく最高。
— 米津玄師 ハチ (@hachi_08) 2017年8月22日
さて、『アンノウン・マザーグース』ヒトリエver.である。
これが、完璧にヒトリエの楽曲だった。
まあ、この曲は演奏をヒトリエのメンバーで行っているのでそれは当たり前といえば当たり前かもしれないが、まず、初音ミクが歌っていたボーカルパートをwowakaが何の違和感もなく普通に歌えることに驚くべきだろう。そもそも、ボーカロイドの良いところは、人間には困難であったり不可能であったりする音域や音数を出せることにあったわけで、『アンノウン・マザーグース』ももちろんその特性を活かした曲なわけだ。
(wowaka『アンノウン・マザーグース』)
この激しく上下する音域と、歌詞を読まなければ何を言っているか理解できないほどの高速さ。
これって、人間が歌うのは不可能なんじゃなかったっけ?
不可能じゃなかったみたいっす……。
wowakaさん歌ってました。しかも、ものすごくエモーショナルに。
そしてコーラス部分をメンバー全員とオーディエンスで歌うという……。何この無敵展開……。
『アンノウン・マザーグース』のヒトリエから漂う無敵感はマジでハンパない。ヤバいっす。そりゃあ記事書く方の語彙力も減るわ。人は想定外にすごいものを前にすると言葉を失うのだ。
『アンノウン・マザーグース』の重要性
様々な要因が重なって、ボカロシーンは一時期ほど盛り上がっていない。それどころか、昨年までは「焼け野原」などと言われていた。しかし、初音ミク発売から10周年を迎え、この『アンノウン・マザーグース』が収録された10周年記念コンピレーションアルバム『Re:Start』の発売やハチ名義による米津玄師の『砂の惑星』のヒットに代表されるように、再びボーカロイドが注目を集めそうだ。
だがもっと重要なことは、ボーカロイドが音楽の中でそれ単体としてある種の特異な位置を占めるものではなく、真の意味で音楽の中に浸透するものになったということ。そして、それをやり遂げたのがヒトリエなのではないかということ。
だとすると、『アンノウン・マザーグース』は音楽の歴史においても非常に重要な意味を持つ。
単にwowakaが久しぶりに作ったボカロ曲という以上に、またそれをヒトリエが演奏したということ以上に重要だ。
なぜなら、『アンノウン・マザーグース』は、ボーカロイドが誕生した以降の日本の音楽にとって紛れもないひとつの到達点だからだ。
これからは、ボーカロイドがその他の音楽シーンと分けて語られることは減っていくだろう。ギターやベースに特化したシーンというものがほとんど存在しないように、「ボカロシーン」などという、ボカロ自体が何か特殊なものであるという認識は時代遅れのものとなり、ボーカロイドはもっと自然に音楽の中に馴染んでいくだろう。
SHARE
Written by