平成ラストイヤーの2018年。いまとこれからの時代を示す8人のアーティストたち。
2019年4月、「平成」が終わる。平成とはどんな時代だっただろうか? 社会的な事件でも、若者たちのカルチャーでも、たくさんの変化があったけれど、アーティストはそれらを巧みに音楽に反映してきた。アーティストたちの歌詞を読めば、現在の日本の空気がわかるとも言えるだろう。
今回はそんな「日本の現在」の空気を取り込んでいる、8人のソロアーティストを紹介。ぜひ、彼ら彼女らの歌詞に耳を澄ませながら曲を聞いてみてほしい。
あいみょん
ドラマ「獣になれない私たち」の主題歌を担当、「NHK紅白歌合戦」への出演決定など、2018年で一気にシーンの最前線に躍り出たあいみょん。その歌詞は、リリースを重ねるごとに目に見えて表現力が増している。
2015年のインディーズデビューシングル「貴方解剖純愛歌〜死ね〜」ではまだ激情を衝動的にさらけ出していたが、続くメジャーファーストシングル「生きていたんだよな」では飛び降り自殺をした人とそれすら一瞬で消費していく都市のむごさを達観した視点で描いた。その後のシングルではラブソングが続くが、感情的にならず、自分と相手の間にある距離をどこか冷静に眺めている印象だ。
激しい思いを秘めたまま、横たわる距離を冷めた目で見つめる。それはMステ初出演時にも歌唱した「君はロックを聴かない」でも、最新シングル「今夜このまま」でも同じ。あいみょんの歌詞は、傷つくことが怖くて他人に触れられない若者たちの心にシンクロする。2018年にあいみょんが存在感を増した背景には、そんな歌詞の力も大きいだろう。
ビッケブランカ
2016年10月にミニアルバム「Slave of Love」でメジャーデビューしたビッケブランカ。MIKAやベン・フォールズ、エルトン・ジョンのようにカラフルなポップサウンドが印象的なビッケブランカだが、音楽だけでなく歌詞にも注目してほしい。
ビッケブランカは2014年のインタビューで、「歌詞を作るときは自分の過去の出来事がルーツにあって、それを膨らませて描く」と発言している。体験をベースにしたリアルさと、ドラマチックな脚色が生み出す物語の強度がビッケブランカの歌詞の特徴だ。実際に歌詞を見てみると、情景が思い浮かぶ描写と物語のような起伏が随所に織り込まれている。
また、近年は自分の体験以外から歌詞を書き始めることもあるようだ。たとえば「まっしろ」という曲は、ドラマ「獣になれない私たち」の挿入歌として使うため、ドラマの脚本を読んでから制作したという。その歌詞はドラマとリンクしつつもどこか普遍性を兼ね備えており、ここでも「ベースのできごと→ドラマチックな脚色」という手法が活かされている。
ビッケブランカのニューアルバム『wizard』は、この「まっしろ」を含む4曲がドラマやアニメのタイアップ。多くの作品に起用されていることは、ビッケブランカの感性が同時代の物語と共鳴していることを証明している。
tofubeats
現在のJ-POPの歌詞を語る上ではtofubeatsも外せない。日常の何気ないシーンを切り取りながらありきたりにならず、虚しさや寂しさを浮かび上がらせる手腕は抜群。その言葉選びのセンスはtofubeats自身もリスペクトしている宇多田ヒカルとも近いものを感じさせる。
一方で、2017年リリースのメジャー3rdアルバム『FANTASY CLUB』では「ポスト・トゥルース」をテーマにするなど、社会性や時代性を強く意識している。最近のインタビューでは作品制作にあたって影響を受けた本についてもたびたび語られており、一見ポップに見える言葉の裏に培われた思想があることがわかる。
「ふめつのこころはLOVE LOVE LOVE」(「ふめつのこころ」)なんて歌詞に、どんなバックボーンがあるのか。それを探ってみるのも面白そうだ。
折坂悠太
平成元年生まれのシンガーソングライター・折坂悠太。独特な歌唱法と民族的なエッセンスを消化した音楽性は存在感があったが、その彼が10月にリリースしたアルバムのタイトルが『平成』だと知ったときは衝撃を受けた。彼がこれまでにリリースしてきた楽曲は「芍薬」「稲穂」「馬市」など、どこか現代とは距離のある題のものが多かったからだ。
ただ、曲を聴いてみれば「芍薬」は「光化学スモッグを飛び越えるんぜ」という歌詞からはじまっているし、内容も原発事故を思わせるもの。アルバム『平成』でも、相次いだ地震を想起させる「揺れる」、2016年の相模原障害者施設殺傷事件がモチーフのひとつとなった「さびしさ」など、現代の日本を生きる人にとって無視できないできごとが歌われている。
表題曲「平成」は「幸、おれたちに 多くあれ」という歌詞で締めくくられる。終わる時代への哀悼と、新たな時代への祝福を、折坂悠太は歌う。
中村佳穂
tofubeatsのアルバムや、group_inouのメンバー・imaiのEPなどの作品に参加し、客演を重ねながら注目を集めてきた中村佳穂。瑞々しくも独自のグルーヴを持つ歌が耳に残るが、その歌を最大限に引き立てているのが歌詞だ。
11月に発売されたばかりのアルバム『AINOU』でも、それは存分に発揮されている。中村佳穂の歌詞にはただ言葉を眺めているだけではよくわからない部分もあるが、音楽に乗ると一気に景色や感情を呼び覚ます力がある。たとえるなら、歌詞だけでは淡い水彩画なのが、音楽が鳴るとアニメーションとして動き出すような感じ。「どんな感覚だよ」と思った人こそ一聴の価値あり。リズムから見た歌詞の新潮流を、ぜひチェックしてみてほしい。
Mom
21歳の現役大学生アーティスト・Mom。「クラフト・ヒップホップ」というジャンルを掲げ、11月に初の全国盤『PLAYGROUND』をリリースした。風通しの良い軽妙なサウンド、チープさが今っぽいMVも良いが、ワードのチョイスも光る。
なんといっても、アルバムの冒頭を飾る「That Girl」の「君のプレイリストに僕を加えてよ」のパンチラインだ。この曲をはじめて聴いた時、高校生モデルのMANONがリリースした「SWIPE」の「気に入らないものは全部SWIPEして消すよ」という歌詞や、ヤなことそっとミュートというアイドルグループ名を聞いた時と同じようなワクワクを感じた。新しい比喩表現を発明するのはとてもクールだ。そしてそれはえてして小説や詩より、音楽が先にやってのけるのだ。
あっこゴリラ
2017〜2018年はフェミニズムの盛り上がりもトピックの一つ。アメリカからはじまった「#Metoo」は日本でもSNSなどを通じて拡大していったが、こうした動きとも重なりつつ活動を展開しているのがラッパーのあっこゴリラだ。
あっこゴリラは社会的な女性らしさ、常識という呪縛から逸脱し、「私は私」というメッセージで彼女なりのフェミニズムを発信。その思想は当然リリックにも反映されている。「ウルトラジェンダー」のエネルギッシュなリリックに、「余裕」の世間の抑圧をパワフルに飛び越えていくスタンスに、エンパワメントされる人も多いのでは。
butaji
LGBTQ+にも変化が訪れている。2015年にはアメリカで同性婚が合法化され、ホワイトハウスがレインボーに染まったが、トランプ政権下では再び逆行する動きが目立つ。日本でも同性パートナーシップ制度が地道に広がる一方で、一橋大学のアウティング事件(同性に恋愛感情を伝えたことを相手が友人たちに暴露し、それをきっかけにゲイの大学生が自殺した事件)や、杉田水脈議員の「生産性」発言のような出来事もあった。
藤原幹によるソロユニット・butajiが今年リリースした2ndアルバム『告白』には、その一橋大学の事件に着想を得た「秘匿」という曲が収録されている。事件と重ねながら「君を好きだとは/何も言えないでしょう/眠りそこなって」というフレーズを聴くと、胸が苦しくなる。
アルバムを通して聴くとbutajiの歌詞はLGBTQ+に限定されたものではないので、このとり上げ方は偏っているかもしれない。『告白』は、もっと多様な分断に対する切なさが描かれている。それも、とても個人的なかたちで。ただ、つい思想によって分断されがちな者たちに橋をかけるのは、こうしたパーソナルな言葉たちでもあると思うのだ。
こうして眺めてみると、多くのアーティストが時代のカルチャーの空気を読み取ったり、社会的な動きと連動したりして、それぞれにこの時代と向き合っていることがわかる。新たな時代に、アーティストたちはどんな世界を描くのか。今から楽しみだ。
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