ヘレーン・ハンフ『チャリング・クロス街84番地』
ニューヨークとロンドンを結ぶ、本への愛と、人々の温かな心の交流。
さて貴方は本は好きですか?あるいは映画は好きですか?あるいは音楽は好きですか?
おそらくこの3つのどれかひとつくらいは誰にでも当てはまるのではないでしょうか。そんな自分の好きなものについて誰かと話をするというのは、実に楽しいものですね。そしてそれを誰かと共有できるというのは本当に有意義なコミュニケーションと言えるのではないでしょうか。それは友だちや同僚と話す機会もあれば、隣り合わせになった飲み屋のカウンターでも起こりうることでしょう。あるいは一方的な事務的なやり取りから、おもいがけず始まってしまう場合があるかもしれません。少なくともそんなハプニングを楽しめる私でいたい今日この頃です。
本への愛は海を越えて
さてさて、気まぐれすぎる更新頻度で恐縮しながら今日も本をご紹介させていただきます。今回ご紹介するのはヘレーン・ハンフ著『チャリング・クロス街84番地』です。大戦後の好景気に湧くアメリカはニューヨークに住む愛書家であり作家のヘレーンが、同じく大戦後に経済が疲弊したロンドンの古書店マークスにあてた一通の手紙から始まり、その後も長きにわたり心温まる交流が描かれた往復書簡集です。
マークス書店の広告を見たヘレーンが自身の「欲しい本リスト」を書店に送り、ことの始めはそんな至極事務的なものから始まった手紙のやり取りが、彼女の本への深い愛情、ユーモアのセンスとその自由奔放なパーソナリティが、窓口担当のフランクを中心にその他スタッフを巻き込み、次第に彼女の「注文書」という手紙を待ちわびるようになります。マークス書店の人々も、それぞれが彼女に個人的な手紙を出したり、彼女の訪英を待ちわびたりと、顔を合わせたこともない人々が本を通しての交流を楽しみ、お客とお店以上の深い友情が生まれていきます。
そんな心温まる彼らの手紙のひとつひとつに、いろんな本の話や作家の話、そして書物への愛、本というモノに対しての愛情や、あるいは「こんな愛しかたがあるのか」という本へのこだわりの”気づき”のようなものがエピソードとして登場します。読んだことの無い本や作家には興味をおぼえ、自分の知っている本が登場するとなんだか他人事には思えないような気分にもなります。この本の副題にもなっている「本を愛するすべての人のための本」というのは「説明しすぎている」気もしないでもないですが、それでも正にそういう本です。
書簡集の愉しみ
このように、大袈裟なことというよりは、ひたすら日常のささやかなことのやり取りや、小さな心の動きや震えなどが積み重なって、小さくない感動を引き起こしたりするのが書簡集の面白いところかもしれません。そんな書簡集にもいろいろありますが、他にも清野恵里子/有田雅子の『カメオのピアスと桜えび』や、少し変わったのだと三島由紀夫の『三島由紀夫のレター教室』など、お薦めしたい本がいくつかありますが、これはこれでまた長い話になりそうなので、それはまた別の話。
ロンドンとニューヨーク
話は変わって、この物語の時代背景は戦後、大戦の戦勝国でもあるアメリカとイギリスの大都市(ニューヨークとロンドン)を行き交う手紙のやりとりですが、そのお国の懐事情は対照的で、とにかく景気のいいアメリカと、物資や食料の調達もままならないイギリスの当時の状況が伺い知れて面白いです。情報も人の往来もグローバルな現代ではなかなか想像の難しいことですね。その後のこの2都市がファッションやミュージックやカルチャーで世界を牽引していくことは周知の事実であります。更に余談ではありますが、タイトルにもあるチャリングクロスはロンドンの通りの名前で、かつては神田の神保町のような古書店街だったのですが、今となってはその名残を見つけるくらいしかできません。同様にニューヨークのマンハッタンもそういった本屋が減少する一方のようです。
暗い話はこの辺で、そろそろ音楽の話などいかがでしょうか。
「ニューヨークの英国人」
「ニューヨークとロンドン」がキーワードの音楽って何だろうと自問したところ、いろいろ無くもなくて、例えばパンクの発祥は言うまでもなくロンドン(キングス・ロード!)ではありますが、ニューヨーク・パンクなんていうムーブメントもありましたし(むしろ自分はコッチのほうが好きです)、もっと古くは”ジミヘン”ことジミ・ヘンドリクスはニューヨークのクラブでスカウトされて、ロンドンで人気に火がついたのも有名な話。なんていろいろ話も積もりますが、今日の一曲はコレ。
『Englishman In New York』STING
皆さんご存知のスティングのこの名曲、古風な訳しかたをすると「ニューヨークの英国人」となりますかね。同じイングリッシュ=Englishを話すアメリカ人とイギリス人とはいえ、ニューヨークに住むスティングは自らのことを「合法的なエイリアン(異邦人)」と歌います。そこには東洋の僕らにはわかりもしない確固たる小さな違いがあり、それらが積もれば山ともなり、そこには反発があり、宣誓があり、誇り高きイングリッシュマンの自尊心があります。そういったお国事情というか国民性を、ひとつの音楽から知ることができるのは面白いですね。
そんな歌詞の中で、とりわけ心に響くのが『Be yourself no matter what they say (誰に何と言われようが貴方らしくいなさい) 』という一節でしょうか。そんな言葉に励まされながら、この駄文もこの辺りで終了しようと思います。
引き続き皆さんが良い本と、良い音楽に出会えますように。チャオ。
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