「味わえ、味がしなくなるまで」
『美しい顔』で本編を締めると、大きな拍手に包まれてすぐさまアンコールへ。シルバーのロングスカートと今回のグッズでもあるグレーの「トレーナー寄りのTシャツ」に着替えて登場すると、まずはトオミヨウと2人で『傘』を演奏。しっとりとした雰囲気で聴かせると、山本と沢村を呼び込み、師走らしく『NEW YEAR, NEW DAY』を続けた。そうして恒例の物販紹介コーナーが始まった。
物販紹介コーナーを長めに取るのは、土岐麻子のライブの特徴のひとつでもある。「私のツアーは、何よりもグッズがぶっ飛んでいる。個性的で機能的」と本人が言う通り、長崎県の伝統工芸「波佐見焼」の豆皿やぽち袋(!)など、音楽ライブではなかなか見ることのないグッズが紹介されていく。アパレルの展示会のような展開とマイペースで温かみのあるMCによって、フロアには笑いが起き、オーディエンスの表情がほぐれていった。
そしてラストは、アルバムでも最後に収録された『Bubble Gum Town』。 この曲は、考えようによっては『PINK』からはじまったシティポップ三部作を代表する作品だと捉えることもできるだろう。日々変わりゆく東京の街に対する喪失感とワクワク感を閉じ込めた楽曲は、詞先でつくられたものだという。「形あるもの全てがいつかは朽ちる」という諦念と「今日のその体でしか感じることのできない喜び」。相反する想いと冷静な目線。重くもなりうる歌詞にもかかわらず、あくまで軽やかで爽やかに歌われるから、ライブには心地よいあと味が残る。オーディエンスは「味がしなくなるまで」そのあと味を噛み締めながら、ライブという非日常から日常へとゆっくり復帰しただろう。
孤独よりも情熱、悲しみよりも愛
土岐麻子は『PINK』を制作する際、「現代的なシティポップの再定義」を試みたのだという。それが結果的に『SAFARI』『PASSION BLUE』へと続く3部作になった。改めて、『PASSION BLUE』を含む3部作を俯瞰して見ると、ここにはロックもありヒップホップもあり、これまでの「シティポップ」という言葉が想起させるものとは異なる印象を受ける楽曲が多い。『High Line』のようにトラップをJ-POPらしいサウンドまで落とし込んだものもあれば、『美しい顔』のように近未来SFのようなストーリーを描く楽曲もある。もちろん『Bubble Gum Town』のように、元来のイメージを引き継ぐ曲もある。
では、シティポップとは何だろうか? 少なくとも、「都会的な雰囲気の音楽」という大雑把な定義からは一歩外に出る必要があるだろう。土岐の結論としては、シティポップとは「時代の開拓者、ポップの開拓者」ということだが、果たしてどうだろうか。必ずしもリスナーが結論を出す必要はないが、少なくとも土岐麻子の3部作は、2010年代に入ってラフに使われるようになった「シティポップ」という言葉に対して疑問符を投げつけてくる。筆者としては、ここにあるのはもっと生々しい感情ではないかという気がする。
思えば『PINK』には、PINK=人の肉の色=人の暖かさへの渇望といった含意があった。だとしたら、同じように『PASSION BLUE』の「BLUE」からも、何らかの含意を読み取ることができるかもしれない。「BLUE」とは何だろうか? それはおそらく夜の色であり、孤独のメタファーである。インタビューでは次のように答えている。
「エネルギッシュな“passion”と静かな“blue”という相半するものが共存しているのって、すごく街っぽいなあと感じて。都市のエネルギーと、そこで暮らす人のぽつんとした孤独が浮かび上がってくる」
もう一歩踏み込んでみる。なぜ『BLUE PASSION』ではなく『PASSION BLUE』だったのだろうか? 言い換えれば、なぜ「PASSION」が先なのか? 何か意味があるのではないだろうか。
それは、土岐自身が人の情熱を本来的に信じているからではないのか。孤独はある、悲しみもある。しかし、孤独よりも情熱、悲しみよりも愛、そう信じているからこそ「PASSION」が先だったのであり、孤独や悲しみを洗練されたメロディラインに乗せてポップに歌うのではないか。
さらに言えば、今作は彼女が自身のパッションに向き合うために制作されたのではないか……と、ここまで考えるのはただの深読みかもしれないが、しかしそのように捉え直してみると、これらシティポップ3部作は途端にエモーショナルな響きを持って聴こえてくるのである。
シティポップ3部作とは、土岐の言葉を借りれば現代的なシティポップの再定義であった。と同時に、彼女自身のアーティストとしてのアイデンティティを再定義する試みでもあった。そう仮定して本レポートを締めることにする。
土岐麻子の楽曲のように東京の街の様子が具体的に描かれる作品は、東京オリンピックの前と後で聴こえ方が変わってしまう可能性が高い。だからその前に、今しか感じることのできないこの環境とこの身体感覚で、再定義されたシティポップに改めて耳を傾けてみてはどうだろうか。
セットリスト(2019年12月5日恵比寿ザ・ガーデンホール公演)
0.朗読「青」
1. PASSION BLUE
2. エメラルド
3. High Line
4. heartbreak
5. mellow yellow
6. BOYフロム世田谷
7. RADIO
8. Ice Cream Talk
9. Beautiful Day
10. Gift 〜あなたはマドンナ〜
11. That Summer
12. PINK
13. 愛を手探り
14. 美しい顔En 1. 傘
En 2. NEW YEAR, NEW DAY
En3. Bubble Gum Town
『PASSION BLUE』
[CD+DVD]
RZCB-87006/B ¥4,950(税込)
[CD+Blu-ray]
RZCB-87007/B ¥6,050(税込)
<CD収録曲>
01 Passion Blue
02 美しい顔
03 High Line
04 エメラルド
05 RADIO
06 Ice Cream Talk feat. G.RINA
07 That Summer
08 愛を手探り
09 傘
10 Bubble Gum Town
<DVD収録曲>
01 TOKI ASAKO LIVE 2018 “SAFARI TOUR” 2018/09/08 SAT @HULIC HALL TOKYO
02 「Black Savanna」Music Video
03 「名前」Music Video
[CD]
RZCB-87008 ¥3,300(税込)
<収録曲>
01 Passion Blue
02 美しい顔
03 High Line
04 エメラルド
05 RADIO
06 Ice Cream Talk feat. G.RINA
07 That Summer
08 愛を手探り
09 傘
10 Bubble Gum Town
土岐麻子
公式サイト
https://www.tokiasako.com/
Instagram
https://www.instagram.com/tokiasako/
Twitter(STAFF)
https://twitter.com/tokiasako_staff
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