土岐麻子(とき・あさこ)が2020年2月4日、東京・渋谷SPACE ODDにて、全国ワンマンツアー『PASSION BLUE〜冷静寄りの情熱ツアー〜』の追加公演を行った。本記事では、当公演の初日、2019年12月5日に東京・恵比寿ザ・ガーデンホールにて開催されたライブの様子をレポートする。
Text_Sotaro Yamada
Edit_Miwo Tsuji
東京公演限定 G.RINAとのアイスクリームトーク
今回のツアーはシティポップ3部作の完結編である『PASSION BLUE』をともなったものということで、アルバム収録曲を中心にセットリストが組まれていた。
冒頭は土岐麻子によるオリジナル詩『青』の朗読から、『PASSION BLUE』『エメラルド』『High Line』と、現代におけるシティポップを再定義するようなアルバム収録曲がたて続けに演奏された。
バックバンドはトオミヨウ(Key.)、山本タカシ(Gt.)、沢村一平 from SANABAGUN.(Dr.)。トオミヨウの流れるようなピアノと山本の技術が光る渋いギター、沢村の抑えたドラムは、全体的にかなり抑制が効いていて、より土岐麻子の歌声が映える構成になっている。足し算ではなく引き算で構成されたバンドという印象だ。
スペシャルゲストには『Ice Cream Talk』で共演したG.RINAが登場。彼女の手にはシルバーのトレー、その上にはカップ入りのアイスクリームが2つ。歌詞にもある通り、西麻布ホブソンズのアイスクリームを持ってきたのだそう。よく見ると、G.RINAが掛けているエプロンもホブソンズのもので、このために準備して来たのだとか。
ホブソンズのアイスクリームを食べつつ、2人でリアルIce Cream Talkをしながらの『Ice Cream Talk』は、東京公演のひとつのハイライトだっただろう。フロアでの飲食は禁止されていたが、これでお酒を飲めたら最高だろうな、と思わせるライブだった(ちなみに、ホブソンズ西麻布店には、今回のツアーパンフレットのオリジナル写真が一部飾られている)。
歌詞に込められた幾層もの感情
もちろん『PASSION BLUE』以外の楽曲も多数披露。なかでも、ライブでおなじみの『BOYフロム世田谷』は“PASSION BLUE VER. ”としてアレンジを大幅に変えて演奏された。テンポをぐっと落とし、曲が本来持っている物悲しさをデフォルメさせることで、より歌詞の輪郭が明確に浮かびあがった。
いまさら確認するまでもないかもしれないが、土岐麻子はしばしば「シティポップの女王」と呼ばれる。彼女の音楽について語る時には、洒脱なグルーヴや洗練されたメロディライン、特徴的な歌声、具体的な都市の風景を想像させる言葉選びなどが言及されてきた。あるいは、余裕たっぷりのステージングや凜とした立ち姿、キュートな振る舞い、そうしたところから自然と溢れ出る色気など、魅力的な大人の女性としての側面に注目が集まりがちだった(実際、この日のライブに訪れた大塚 愛は自身のInstagramにて「溢れちゃってる色気」と感想を述べている)。
こうしたいくつもの魅力のせいで、逆に、わたしたちは土岐麻子の歌詞を精読してこなかったのではないか? そう思わせるほど、『BOYフロム世田谷』のアレンジはリリースされた楽曲の楽しさとは真逆の印象を与えるものだった。
彼女の曲は耳に心地よく、爽やかなアレンジのものが多い。テレビCMに楽曲が使われることが多いのも頷ける。だがよく歌詞を読んでみると、そこにはひとりの女性の孤独や悲しみが強く刻み込まれていることが多い。そのやり方が巧みであるがゆえに、一聴しただけでは重さを感じることが少ないだけなのだ。今回のライブでは、ポップの皮の奥にある土岐麻子の本質が垣間見えていたように思う。
そして振り返ってみれば、その傾向は最新作『PASSION BLUE』でより顕著になっていたのではなかったか。リード曲『美しい顔』の主人公は、2119年を生きる女性の視点で歌われる曲。少女は、かつて美しさを求めて整形した自分の祖母に思いを馳せる。そこにはもちろん祖母を肯定する愛情の深さがあるが、同時に、2人の女性の深い孤独や悩みや迷いなど、複雑な想いが折り重なっている。このように、楽曲に埋め込まれた幾層もの感情に注意を向けると、これまでとは少しだけ違う土岐麻子が見えてくるかもしれない。
土岐麻子『美しい顔』
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