東京国際フォーラムの衝撃
いつもならここで前置きの一つや二つ入れるのだけれども、今回は違う。まずもって結論からお伝えしたい。現行J-POPシーンにおいて、他の追随を許さないほど高みにいるのは安室奈美恵である。何を今更、と思う人もいるだろう。それはその通りなのだけれど、あらゆる文脈が細分化し、価値観が再定義され始めている昨今、改めて「エンターテイメント」と言われるものの凄みを体感した次第である。3月31日の国際フォーラムにて、『namie amuro LIVE STYLE 2016-2017』。
のっけから青臭い文章になりそうな気がしているのだが、ギークな若輩者が書くものとして許してほしい。ファンの多様性にも特筆すべきところがあり、この日の会場には実に様々な人たちが来ていたのだ。僕のような音楽オタク(エイフェックス・ツインとか好きです)も居れば、成城学園前に居を構えるような紳士淑女も居たし、浅黒いマッチョなお兄さんの姿もあった。開演前から「奈美恵コール」が起きていたけれども、そんな客層の多様性も相まって、この時点でカオスな空気が会場を包んでいた。
圧倒的なクラフトマンシップ
『Stranger』、『Ballerina』、『Fly』、『Black Make Up』と、最初の4曲で完全に会場を支配した。安室のパフォーマンスの凄いところは、装飾過多になりそうなところをギリギリで抑えるバランス感覚にある。豪華絢爛ではあるのだけれど、そこにあざとさなど微塵も存在しない。『Stranger』や『Ballerina』のようなブリンブリンのブロステップの音像を、彼女の世界観のもとに再構築してゆく。
安室奈美恵 – 『Stranger』
MCは一切なし。百戦錬磨のダンサーたちの舞いと安室の歌声、そしてバックスクリーンで目まぐるしく展開される映像のみがオーディエンスに迫り来る。つまりこの日彼女から発せられた言葉は歌詞とライブ終わりの挨拶だけだったのだが、そこには濃密なコミュニケーションが存在していた。寡黙な職人でありながら、しっかりオーディエンスと心を通わせる。ここに、彼女と彼女のファンの間には深い歴史があることを感じた。『Contrail』は一聴するとシンプルなハウスナンバーだが、途中で2回ほど拍が強調されるところがある。この部分は曲を聴き込まなければタイミングを掴むことすら難しいのだが、この日会場を埋めた観客は完璧に合わせていた。
安室奈美恵 – 『Contrail』
アイドル的双方向性の高さに僕も君も声を上げる。
これだけ規模の大きな存在になっても、彼女は自分のパフォーマンスの質を絶対に下げない。難易度も落とさない。新規のファンのためにあえてハードルを下げるアーティストもいる中で、安室奈美恵は決して迎合しないのだ。しかしそれはファンを蔑ろにするということでもない。これこそが、彼女が他と一線を画す点である。彼女のライブでは、ときにアイドルのような双方向性が表出することがあるのだ。『Hide & Seek』で圧倒的なクラフトマンシップを見せておきながら、次の『Time Has Come』ではオーディエンスがシンガロングできる余白を残す。
安室奈美恵 – 『Time Has Come』
『Time Has Come』を聴いても分かる通り、この曲だって決して簡単ではない。それでも僕たちは「Say What!」と叫べてしまうのだ。「パフォーマンスの難易度の高さ」と、「アイドル的双方向性」を持つアーティスト、僕は彼女の他に知らない。その意味では、海外の実力主義のポップカルチャーと、日本的な余白至上主義のポップカルチャーが拮抗した割合で結びついたのが、安室奈美恵なのだと思う。で、そういうハイブリッドなところが最も出るのが、『Baby Don’t Cry』や『Love Story』などのバラードだ。
安室奈美恵 – 『Baby Don’t Cry』
余談だが、僕はこの曲で感極まった。「泣かないで」って言われる曲で泣いてしまったよ。とりあえずこの日ばかりはエイフェックス・ツインを横に置こうと思いました。この曲がリリースされたのは僕が中学生のころである。部活だの恋だの受験だの、森羅万象が悩みの種だった時期だ。この曲がライブで披露されたとき、当時の感傷をひとつ残らず思い出してしまった。えらく個人的なエピソードだが、『Baby Don’t Cry』は人の核に迫れる力を持っている気がする。安室のバラードは、リスナーの遠い記憶さえも引き寄せるのだ。
曲の最後の「Baby Don’t Cry」のフレーズを、オーディエンスに委ねてくれたところでまた泣いた。
文字通りの「大団円」。最高峰のエンターテイナーを貫いた、日本のディーバ。
「トレンド」という側面で考えても、安室の楽曲には注目すべきところが多々ある。最近流行りに流行っているヴォーカルチョップ(声を細切れにしてサンプリングする手法)を、早い段階で取り入れていた。『Fighter』が良い例だ。『Mint』はプログレシッブ・ハウスのテンポ感でありながらトラップの不穏さがある。彼女はこの曲で「歌って踊る」わけだ。四の五の言ってきたが、やはり最後はここに帰着する。音楽は時代と共に変わってゆくが、その度に彼女はその時々の空気をしっかり吸い込み、自分の表現に繋げて行く。今までもずっとそうだったし、これからもそれは変わらないだろう。アンコールの『Birthday』に至るまで、ずっと踊りっぱなし歌いっぱなし、更には着替えっぱなしで2時間突っ走った。ステージ裏がどれほどの戦場なのかは想像もつかないが、彼女は最後まで「安室奈美恵」だったのだ。もう賛辞しか贈れないです。最後にもう一度だけ。彼女こそが現行J-POP最高のエンターテイナーだ。
安室奈美恵 – 『Birthday』
Photography_
Text_Yuki Kawasaki
3/31 namie amuro LIVE STYLE 2016-2017 @ 東京国際フォーラム
セットリスト
1. Stranger
2. Ballerina
3. Fly
4. Black Make Up
5. Show Me What You’ve Got
6. It
7. Rainbow
8. Contrail
9. Alive
10. Hands On Me
11. Hide & Seek
12. Time Has Come
13. Strike A Pose
14. Baby Don’t Cry
15. Every Woman
16. Neonlight Lipstick
17. Love Story
18. Hero
19. Mint
20. Heaven
21. Fashionista
22. Fighter
23. Scream
en. Chit Chat
en. Anything
en. Dear Diary
en. Birthday
安室奈美恵
<公式サイト>
http://namieamuro.jp/
SHARE
Written by