アカデミー賞(脚本部門&主演女優部門)最有力、『スリー・ビルボード』
近年、アメリカの様子が明らかにおかしい。時に過剰とも解釈できるポリティカル・コレクトネス(差別的な表現をなくそうとする概念)が横行したかと思えば、公の場で放送コードギリギリの暴言を連発するトランプ氏が大統領選に当選するなど、国としてのキャラクターが定まっていないような印象を受けます。ケイティー・ペリーやエミネムなどのスターたちが一様にアンチトランプを表明しておりましたが、結果は周知の通り。多くのマスメディアの予想を覆し、トランプ氏は大統領の座を手に入れました。
同氏の支持者の多くは、都市部でなく郊外に住んでいます(参考: CNN)。「私の身の回りにはトランプ支持者はいなかった」という都市生活者の言葉が多く聞かれましたが、その事実はつまり国が地域や文化によって分断されていることを物語っているでしょう。
で、2月1日より全国公開されている『スリー・ビルボード』は、そんなアメリカの郊外を舞台にした映画です。
映画『スリー・ビルボード』予告編
アメリカはミズーリ州の田舎町エビング。さびれた道路に立ち並ぶ、忘れ去られた3枚の広告看板に、ある日突然メッセージが現れる。──それは、7カ月前に娘を殺されたミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)が、一向に進展しない捜査に腹を立て、エビング広告社のレッド・ウェルビー(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)と1年間の契約を交わして出した広告だった。 – 公式サイトより
「絶対強者」の座から降りたアメリカ
いまだに軍事力では抜群の存在のアメリカ。2位のロシア、3位の中国と合わせても2倍以上の強さを誇ります(参考: グローバルファイアーパワー)。あまりにも突き抜けているので、いつの間にかこの国が「世界の警察官」の役割を担うようになりました。世界のどこかでいざこざが起きれば介入し、絶対的な正義を振りかざす。そして周りの国々にやいのやいの文句を言われ、精神を病んでゆく。その結果が今のアメリカです。2008年に公開された映画『ダークナイト』は、そんなアメリカの姿を映し出した好例と言ってよいでしょう。
映画『ダークナイト』予告編
自らの善意に基づいて行動するも、あらゆる行為が裏目に出てがんじがらめになってゆく。そんなバットマンの姿に、多くのアメリカ人は自分たちを投影させたのでした。エンタメ作品として優れているだけでなく、この映画には間違いなく「アメリカ社会」があった。そしてアメリカは、「必要悪」としての役割を引き受けます。2008年までは。
そこに変化が表れ始めたのは、テン年代に入ってからです。アカデミー賞の受賞結果をざっと見渡しても、異変を確認できると思います。『ハート・ロッカー』、『それでも夜は明ける』、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、『ムーンライト』・・・。いずれも2010年以降の作品賞受賞作ですが、かつての強者のマッチョイズムが消え去り、内省的で繊細なアメリカの姿が描かれています。LGBTや人種、戦争など、近年顕在化した問題を複眼的な視点で捉えた作品が存在感を高めています。
『スリー・ビルボード』もまさしくそんな作品。「映画は社会の鏡」とは本当によく言ったもんです。はっきり言って、本作で描かれているアメリカはもう傷だらけ。精神も病み切っています。本作は第90回アカデミー賞に作品賞含む6部門でノミネートされていることからも、ここで描かれている状況は「現在のアメリカの姿」と捉えても差し支えないでしょう。
もはや全面降伏。熟練の役者たちによる怪演
この傑作に一役も二役も三役も買っているのが、それぞれのキャラクターを演じる役者陣。アカデミー賞ノミネート6部門のうち、受賞を確実視されているのが主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)。しかし本作を牽引したのは彼女だけではありません。脇を固めたウディ・ハレルソン、サム・ロックウェルの存在も見逃せない。というか、3人まとめて本作の主役であると言っても過言ではないでしょう。鮮やかなストーリーテリングにより、主人公が各シーンによって鮮やかに移り変わってゆく。実際、ウディ・ハレルソンとサム・ロックウェルもアカデミー助演男優賞にダブルノミネートされています。
ハードルを上げて映画館に行っても、本作で彼女たちが見せている演技には舌を巻くでしょう。お気づきの方もいるかと思いますが、「スリー・ビルボード」とはまさに、この三人を指し示すメタファーでもあるのです。観終わった後にこのタイトルの素晴らしさに気付くことでしょう。
ネタバレなしで言えるのはここまでです。本作はミステリーではありませんが、理解するのに時間がかかるかと思います。何せ因果関係がメチャクチャですから。けれども、ちゃんと理解はできます。それが本作の凄さでしょう。復讐、絶望、善と悪、そして希望。歪な形ではありますが、普遍的な人間の営みが本作では描かれています。
■映画『スリー・ビルボード』
公開日: 2018年2月1日
劇場: TOHOシネマズ新宿ほか全国順次公開
<公式サイト>
http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/
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