(映画『タンジェリン』予告編。まずはこちらをチェック!!)
甘さ一切なし! 映画『タンジェリン』が描いたアメリカの多様性の闇
2015年、アメリカで、連邦最高裁の判決により同性婚が全州で認められたとき、何てカッコいい国だろうと思った。
多種多様な民族が混在して暮らしているアメリカには、様々な文化や宗教や、ジェンダーやセクシャリティが混在している。アメリカの歴史は、そういった多様な人々がひとつの国に共存してきた歴史であると言える。
そして、そんなアメリカには、「いつか多種多様な私たちも認め合い、共存できるように、世界は変わっていくんじゃないか」という世界中の人々の希望が集まる。
私のような日本に住む一人のレズビアンの希望も。
アメリカ映画は必然的に、その多様さの持つ光と闇を描いてきた。
アメリカという国で性同一性障害として生きることの希望に焦点を置いた『トランスアメリカ』(2005)、食の喜びを通じて、民族の共存することへの賛歌を映し出した『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(2014)。
しかし、これまで描かれてこなかった「闇」もある。
ロサンゼルス、赤線街、トランスジェンダーの娼婦たち。
映画『タンジェリン』は、実在する、そんな街で生きる人々の日常を描いた作品だ。
映画『タンジェリン』とは?
渋谷シアター・イメージフォーラムにて、2017年1月28日(土)に公開された映画『タンジェリン』。
(渋谷シアター・イメージフォーラム公式サイト)
映画は、ロサンゼルスの下町で、主人公のシンディとアレクサンドラが、シンディの彼氏の浮気相手を見つけ出そうと奮闘する1日を描く。
トランスジェンダーのシンディ、バイセクシャルのチェスター、移民のタクシードライバー、ラズミック。
実在する有名な赤線街であるこの街は、あらゆる立場、宗教、人種の人々の暮らす、アメリカという国の多様さが見える。
本作のタッチは実にコミカルで明るい。
主人公が殴りこむモーテルは漫画喫茶のごとく小区画にカーテンで仕切られていて、引き剥がされたカーテンから次々に裸の中年男性が現れるところはどうしたって面白いし、トランスジェンダー好きのタクシードライバーが、引っ掛けた娼婦のパンツを下ろしチンコがないのを見るや否や「チンコついてない奴がこの辺をウロつくんじゃねえ!」というセリフは、どうしたって笑ってしまう。
「私たちの名前を呼んで!」
しかし。
クリスマス・イヴにたった1つのドーナツを分け合う2人の貧しさ。ドラッグと買春で生きていくしかない日常。シンディの見つけ出した浮気相手の、痛々しいほどガリガリの体……。
予告編には「オンナなんかに絶対負けない」とあるけれど、この映画が、生まれながらの女性に対して敵意があるようにはまるで見えない。
本作は、性別に関わらず、この街の「弱者」全般に焦点を当てて描いている。テンポの良いギャグの奥によく目を凝らすと、貧困で、救済の手もまるでなく、それでもここでしか生きられない、悲惨としか言えない現実が見える。
本作の中で、私が最も胸が熱くなったのはこのシーン。
妻に娼婦通いがバレたアルメニア人のタクシードライバーが、ドーナツ屋で「彼女たちの名前を……」「名前を知ってるの?!」と怒鳴りあうところ。
後ろのテーブルでそれを見ていたシンディとアレクサンドラは、妻を煽るようにこう叫ぶ。
「あたしたちの名前を呼んで!」
「どんどん呼んで!」
セリフ自体に意味はなく、シンディたちは、ただ単に面白半分に妻を煽っただけなのかもしれない。
しかし見ていて重ねてしまう。
トランスジェンダーの娼婦役として起用された、自身もトランスジェンダーの2人の女優 (キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テスラー) が普段から感じていたという、
「自分たちは社会のはみ出し者。無視される、透明人間のような存在だ」
という言葉を。
監督からも明かされていない、『タンジェリン』というタイトルの意味とは?
冒頭、シンディたちの日常を「闇」と書いてしまったが、本作の監督ショーン・ベイカー(なんと彼はこの作品をスマートフォン一つで撮影した!!)は、決してその場所を「闇」としては描いていない。
それこそが、映画のタイトル『タンジェリン』の意味するところではないだろうか。
映画を撮る者が光を当てる場所も、当てない場所も、そこで生きている人たちがいることには変わりない。彼らはただ、日々を懸命に生きているだけだ(そして、監督はスマートフォン一つでそれを撮影することで、彼らに世界で初めて、うっすらと光を当てた)。
『タンジェリン』とは、監督の感じた、この街の色なのではないだろうか。
光を当てられずとも、力強く生きる彼らのいる場所。
光ではないけれど、闇でもない、夕暮れの色ーー。
監督:ショーン・ベイカー
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マヤ・テイラー、カレン・カラグリアン
『タンジェリン』公式サイト
公式Facebook
公式Twitter
Text_Bega Hoshino
Edit_Sotaro Yamada
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