6月26日に世界同時配信されたNetflixのオリジナル映画『オクジャ/okja』が話題になっている。ポン・ジュノが監督を務め、数々のハリウッド俳優が出演しているこの映画、間違いなく2017年を代表する一作であり、今後も長く言及される映画になりそう。まさに「今見たい映画」という言葉にふさわしい映画なので、紹介します。
『オクジャ/okja』とは?
どんな映画なのか一言でいうと、巨大生物「オクジャ」を守るために、少女が欲深い多国籍企業と戦う映画。
監督は韓国映画界の鬼才、ポン・ジュノ。ティルダ・スウィントンやジェイク・ギレンホール、ポール・ダノなどハリウッド俳優が多数出演し、制作はブラッド・ピットがCEOを務めるプランBエンターテインメントが担当。
Neflixによるオリジナル映画で、2017年6月28日に全世界で一斉配信された。製作費は約56億2千万円で、全額Netflixが投資。第70回カンヌ国際映画祭コンペティションにストリーミング配信作品として初のノミネートを果たし、様々な議論を巻き起こした。
あらすじは以下の通り。
共に成長してきた心優しい巨大生物と一人の少女。田舎で平和に暮らしていた彼らが、現代社会の科学倫理と動物愛護主義、企業欲の醜い争いの渦に巻き込まれていく。
(Netflix公式サイトより)
もう少し補足すると……、
世界の食糧難を解決するため、アメリカに本拠地を持つ巨大多国籍企業ミランド社は、極秘裏に豚の品質改良を重ね、巨大でおいしい「スーパーピッグ」を開発。その豚を世界各地26の農家に預け、どの農家がもっとも優れたスーパーピッグを育てられるかを競わせた。
10年後、韓国の山奥に預けられ「オクジャ」と名付けられたスーパーピッグは、ミジャという名前の少女から家族のようにかわいがられ、平和な日々を過ごしていた。しかし成長したオクジャは、ミランド社の人間によって強制的にアメリカに連れ戻されてしまう。
オクジャを救うため、ミジャの冒険が始まるのだが……
(映画『オクジャ/okja』予告編)
ポン・ジュノとは?
韓国出身の映画監督、脚本家。
実際の殺人事件を元にしたサスペンス映画『殺人の追憶』(2003年)などで評価されると、社会風刺の要素を含んだモンスター映画『グエムル-江漢の怪物-』(2006年)が韓国内の劇場動員記録を塗り替え、世界各国でも上映される。『母なる証明』(2009年)では、かつて日本で韓流ブームの立役者となったウォン・ビンを徴兵後の復帰作として起用。殺人容疑で逮捕される知的障害の息子と母親の物語は第62回カンヌ国際映画祭でも「ある視点」部門で上映され、世界中の映画ファンに衝撃を与えた。
いまやアジアを代表する世界的な巨匠で、「韓国の黒澤明」と称されることもある。
『オクジャ/okja』のポン・ジュノ監督が放つ傑作サスペンス。貧しいながらも、懸命に生きてきた母子。ある日、息子が殺人事件の容疑者として拘束され、母は疑惑を晴らすため、たった一人で真犯人を追う。ウォンビンの5年ぶりの復帰作としても話題になった『母なる証明』配信中。 #ネトフリ pic.twitter.com/9zIo3E1gYp
— Netflix Japan (@NetflixJP) 2017年7月10日
メジャースタジオで撮影できないキワドイ内容
『オクジャ/okja』という映画には、人間が生きていくことについての根源的な問いが込められている。生きるために他の生き物の命を奪うということについて、動物と人間との関係について、資本主義の本質やその中で生きて行くことについてなど、かなり重く、デリケートなテーマを含んでいる。
『オクジャ/okja』のテーマは、社会に対する皮肉に満ちていて批評性が高い。観客は、見たくない現実や普段は目を逸らしている事柄を直視させられる。一部に過激な描写もあり、ちょっと観るのがキツイな……という人もいるだろう。
実際、ハリウッドのメジャーなスタジオからは、食肉処理工場の描写などを差し控えるよう要求されたらしい。
しかしNetflix側は「監督が編集したものに手をつけず公開する」と宣言。ポン・ジュノ自身も「これはよくあることではないが、Netflixは、撮影にも編集にも口を挟むことなく、最初から最後までわたしの考えを尊重してくれた」とコメントしている。
Netflix公式Facebookページには、『オクジャ/okja』を見る前と見た後の人の生活の違いを表す動画も公開されている。
確かに、『オクジャ/okja』を見た後では、これまでと同じように肉を食べることは難しいかも……。
しかし、ポン・ジュノ作品の最大の特徴のひとつは、こうした重くデリケートなテーマを扱いつつも、ほぼすべてのシーンやカットにユーモアが散りばめられていることだ。
オクジャのエンタメ性
わかりやすいところを紹介すると、まずオクジャの外見。
「巨大生物」と聞くと構えてしまうが、そもそもオクジャは「スーパーピッグ」。つまり原型は豚。
— Netflix US (@netflix) 2017年7月5日
ご覧の通り、かわいいんだけど、なんかちょっと、うーん……、ぶさいく?な気もする。
豚っていうかカバ? カバ風のトトロみたいな。
(目が人間っぽいのが、後々大きな意味を持ってくる)
このブサカワなカバ風トトロが、尻尾を振りながら、ポンポンとマヌケな音で脱糞&放屁するシーンは噴飯もの。しかもそれで敵(?)をやっつけちゃうんだからなあ……。ある意味エコなのか。
(オクジャのスケッチ。元々はこんなイメージだったらしい)
それから、各キャラクターのクセが強いのも魅力。
なかでも、ティルダ・スウィントン演じるルーシー・ミランド(ミランド社の社長)と、ジェイク・ギレンホール演じるジョニー・ウィルコックス(動物博士)の、少しネジの外れたサイコパス感は印象的。特にジェイク・ギレンホールは、彼のキャリアの中で最もヘンでコミカルなこの役で、長く人々に記憶され愛されるかもしれない。ジョニー・デップがジャック・スパロウとして世界中の人々に愛されているように。
Need this one. pic.twitter.com/1Zrpk9WlaG
— Netflix US (@netflix) 2017年7月6日
さらに、『オクジャ/okja』には派手なアクションもたくさんある。
ネタバレになるので具体的には書かないけど、少女ミジャは崖から落ちそうになったり、街中を走り回ったり、走ってるトラックに飛び乗ったり、ガラスをぶち破ったりする。オクジャもソウルの街中を駆け抜けたり、地下街を走り回ってお店に突っ込んだりする。
カーチェイスあり、テロリスト風団体による襲撃あり、銃撃戦(という言葉が正確か迷うほどユーモラスな銃撃戦)あり、ニューヨークの街でのパレードや大暴れあり……とかなり派手で、展開も早い。次から次へとシーンが進むので退屈しない。そしてそのほとんどのシーンに笑いの要素が含まれている。
大企業にさらわれた親友の巨大生物オクジャを救うため、少女は立ち上がる!ポン・ジュノ監督最新作、心揺さぶる感動のアドベンチャー『オクジャ/okja』独占配信中。 #ネトフリ pic.twitter.com/WJ5AXsV0h5
— Netflix Japan (@NetflixJP) 2017年6月29日
また、監督自身が明言しているように、『オクジャ/okja』は『となりのトトロ』などの宮崎駿作品や、押井守『イノセンス』、さらには前田哲『ブタがいた教室』などから影響を受けており、どのあたりにその影響があるのか探してみるのも一興かもしれない。
第70回カンヌ国際映画祭で波紋を呼ぶ
『オクジャ/okja』は第70回カンヌ国際映画祭にコンペティション入りし、パルムドール(最高賞)を争った。しかし「劇場で公開されないストリーミング作品をノミネートして良いのか?」という議論が巻き起こる。結局、フランスでは劇場公開せずストリーミング配信のみでの公開となったため、これが原因となり、映画祭開幕時点で受賞の可能性が否定された。
さらにカンヌ国際映画祭は『オクジャ/okja』をきっかけに、来年からフランスの映画館で上映されていない作品はコンペティション対象外とする措置を発表した。
(これについては日本でも、朝日新聞上でポン・ジュノと是枝裕和が対談していて非常に興味深いので、映画に興味がある人は読んでみてください)
NetflixのCEOであるリード・ヘイスティングスは、自身のFecebookにて「6月28日から配信される『オクジャ』を見てください。映画チェーンがカンヌ国際映画祭へのコンペ出品を妨害しようとするほど素晴らしい映画です」とコメント。
一方、ポン・ジュノ自身はカンヌの決定に関して、別段否定的というわけではないようだ。むしろ、「映画とは何かという議論に『オクジャ/okja』が貢献できたのなら光栄なことです」とコメントしている。
しかし、少女ミジャがスーパーピッグのコンペからオクジャを取り戻そうとする『オクジャ/okja』の内容は、映画制作にあれこれ手や口を出す企業や関係者たちの手からポン・ジュノが自身の作品を守る様を想起させる。現代の映画制作システムとそれを取り巻く状況のメタファーとしても読めるし、今回のカンヌ論争を予見していたかのような内容でもある。エポックメイキング的な作品には、このように現実を予言することがまれにある。
エンタメ性と作家性・批評性の両立
近年の映画は、まず、該当する映画の製作委員会を立ち上げ、委員会に様々な関係者が名を連ねることによって資金を集めてきた。しかし、関係者(お金を出す人)が多くなればなるほど、作品には他者からの手が入るようになる。結果として、当たり障りのない娯楽作品や、ヒットすることが半分確約されているシリーズものの作品を大量に生み出し、批評性のあるオリジナル作品は激減した。
こうした文脈では日本映画やテレビドラマだけが批判されがちだが、世界に目を向けても状況はあまり変わりない。ハリウッドのビッグバジェット映画のほとんどがシリーズものであることが象徴的だろう。
しかし、Netflixがハリウッドに負けないほど潤沢な資金を用意でき、かつ作家性を担保してくれるなら、多くの実力ある作家は今後、Netflixを選ぶようになるのではないか。なぜなら、誰だって自分の作品を他人に犯されたくはないからだ。
世界的な変革期に入った映像業界
実際にここ数年、実力のある作り手がどんどんNetflixで作品を発表するようになってきている。
『セブン』、『ファイト・クラブ』、『ゴーン・ガール』などで世界的に有名な映画監督デビッド・フィンチャーは2013年からNetflix限定の連続ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の製作総指揮を務め、ネット配信として初めてエミー賞(テレビ界のアカデミー賞といわれる)を受賞。マーティン・スコセッシも先日、ロバート・デ・ニーロを主演にした『ジ・アイリッシュマン』をNetflixで配信すると発表した(デニーロ以外にも、アル・パチーノとジョー・ペシ、さらにはディカプリオまで出演するという噂が……ドリームチームすぎる)。
日本でも、『さよなら歌舞伎町』などの廣木隆一が総監督を務め、『凶悪』の白石和彌や『横道世之介』の沖田修一が監督した『火花』がNetflix限定配信となり、話題になった。
また、ユーザーから見ても、いつでもどこでもスマホがあれば見られるNetflixに魅力があるのは明らかだ。Netflixに『オクジャ/okja』のような質の高いオリジナルコンテンツが増えれば、映画館に行く人やテレビを見る人は減るかもしれない。世界最大のビジネス誌『Fortune』などでは、「アメリカ人はSEXをする代わりにNetflixを見ている」というような記事まで出ている。
Americans are having less sex than ever — and researchers are blaming Netflix https://t.co/fFl9dLoMkr pic.twitter.com/6dcUHtmKre
— Fortune (@FortuneMagazine) 2017年7月15日
このように、映画やテレビドラマ業界は世界的な変革期に入った。
そして、そのもっとも象徴的な作品が『オクジャ/okja』なのだ。
もちろん、どんなに優れたコンテンツであろうと、人それぞれ好き嫌いがある。しかし、『オクジャ/okja』はそうした好みとは別の次元で、歴史的にもっとも重要な作品のひとつとして、半永久的にリストに名を連ねる映画であることは間違いなさそうだ。
『オクジャ/okja』は、ぜひとも2017年のうちに見ておきたい作品。
ちなみにNetflixは一ヶ月無料なので、『オクジャ/okja』を見るためにお試しで入ってみるのもいいかも。
絶賛配信中のNetflixオリジナル映画『オクジャ/okja』をはじめ、 #ネトフリ で見られるポン・ジュノ監督作品を一挙ご紹介! #ポンジュノ
⚡️『オクジャ/okja』配信記念!ポン・ジュノ監督作品集https://t.co/dOAe73uY0l
— Netflix Japan (@NetflixJP) 2017年6月29日
映画情報:オクジャ/okja
2017年、R15、2時間1分
監督:ポン・ジュノ
出演:ティルダ・スウィントン、ジェイク・ギレンホール、アン・ソヒョン、ポール・ダノ、スティーヴ・ユァン
『オクジャ/okja』Netflix公式サイト
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Text_Sotaro Yamada
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