芥川賞作家・綿矢りさの小説が原作。映画『勝手にふるえてろ』が公開
2017年もあと少し。今年は洋画・邦画ともにかなりの話題作があり、映画ファンは充実した一年を過ごせたはず。しかし、「これを見ずして年は越せないだろ!」と言わなければならない映画が年末に公開されることになった。
その名も『勝手にふるえてろ』。
芥川賞作家・綿矢りさの小説を原作に、脚本・監督は『でーれーガールズ』『恋するマドリ』などの大九明子。主演を松岡茉優と渡辺大知がつとめ、石橋杏奈、北村匠海(DISH//)、古舘寛治、片桐はいりなどが出演。第30回東京国際映画祭コンペティション部門で観客賞(一般観客からもっとも多くの支持を得た作品に与えられる)を受賞した。邦画としては吉田大八監督『紙の月』以来、三年ぶりの受賞となった。
予告編はこちら。
(映画『勝手にふるえてろ』予告編)
あらすじはこちら。
24歳のOLヨシカは中学の同級生”イチ”へ10年間片思い中!過去のイチとの思い出を召喚したり、趣味である絶滅した動物について夜通し調べたり、博物館からアンモナイトを払い下げてもらったりと、1人忙しい毎日。そんなヨシカの前へ会社の同期で熱烈に愛してくれる”リアル恋愛”の彼氏”ニ”が突如現れた!!「人生初告られた!」とテンションがあがるも、いまいちニとの関係に乗り切れないヨシカ。まったくタイプではないニへの態度は冷たい。ある出来事をきっかけに「一目でいいから、今のイチに会って前のめりに死んでいこうと思ったんです」と思い立ち、同級生の名を騙り同窓会を計画。ついに再開の日が訪れるのだが…。
”脳内片思い”と”リアル恋愛”の2人彼氏、理想と現実、どっちも欲しいし、どっちも欲しくない…
恋愛に臆病で、片思い経験しかないヨシカが、もがき、苦しみながら本当の自分を解き放つ!!
ラブコメ史上最もキラキラしていない主人公の暴走する恋の行方を、最後まで応援したくなる痛快エンターテインメントがついに誕生!!
(『勝手にふるえてろ』オフィシャルサイトから引用)
ファーーーーーーック!!ファック!ファック!ファック!
結論から言うと、『勝手にふるえてろ』は、ふるえるほど「ファーーーーーーック!!」な映画。
ファックという言葉にはいろいろな意味があるが、”最高”という意味もあり、良いことを強調するときに使う。”f***’n good(超最高)!!”のように。
劇中、松岡茉優演じるヨシカが「ファーーーーーーック!!」と叫んだり、「ファック!ファック!ファック!」と連呼したりするシーンがある。このファックは最高”ではない”方の意味で使われているのだが、観ているこちらは映画を観おわったあと、”最高”の意味で「ファーーーーーーーック!!」になる。何がそんなに最高なのか?
わたしたちのヨシカと、どんどんキュートになる”二”。
まず、ヨシカを演じる松岡茉優がとにかく素晴らしい。
テレビドラマ『あまちゃん』や『コウノドリ』、映画『ちはやふる』などで注目の女優が今回初めて主演をつとめることになったわけだが、これを機に、彼女が主演する作品は間違いなく増えていくだろう。
ひきこもり気味でちょいサブカルで、世の中を斜めに見ているひねくれたOLという設定だが、松岡茉優が演じたおかげで”ラブリー”としか言いようがない素敵な主人公に仕上がった。観客は彼女の一挙手一投足にキュンとなるに違いない。
リアルな20代女性の心情をストレートに描いているため、男性の観客にとっては痛く感じる部分もあるかもしれないが(特に中盤の”ニ”に対する態度など)、話が進むにつれて、次第にヨシカに感情移入させられてしまう。
会話劇における抜群の間の取り方(特に「……は?」の言い方が際立って素晴らしいので要注目)、光も影も感じさせる多面的な表情。松岡茉優という名前を一瞬忘れてしまいそうになるほど”ヨシカ”というキャラクターにはリアリティがある。同世代ならばヨシカに自分を投影し、上の世代ならば自分の娘を見ているような気持ちになるかもしれない。ついつい、「わたしたちの(俺たちの)ヨシカ」と言いたくなる。それくらいの強烈に感情移入させるキャラクターがこの主人公にはある。
そんなヨシカに恋心を寄せる”ニ”を演じた、黒猫チェルシーの渡辺大知も素晴らしい。
”ニ”は最初、いわゆるスポ根熱血系のバカ男子として登場する。あまり空気が読めず、自分勝手で視野が狭く、コミカルだけどもウザさが目立つ。しかし、あまりにも自分の気持ちに純粋でストレートな彼は、中盤からみるみる魅力を増していく。彼には嘘がひとつもなく、嘘ばかりの世界で唯一信用できる存在として輝いていく。
”ニ”がバカ男子なのは最初から最後まで変わらないのだが、彼のバカさは終盤で観客の心を打つ。人は窮地に立たされると本性が出るが、窮地に立たされた時の”ニ”は、バカで素直でとってもキュート。かわいい男の子って、こういう人のことを言うのではないか。
渡辺大知にはこうした役が合う。近年の作品だけを見ても、又吉直樹原作でドラマ化されたNetflixの『火花』や、”深夜の昼ドラ”として高い評価を得た『毒島ゆり子のせきらら日記』などで印象的な仕事をしていた。ストレートでキュートな男子を演じさせたら渡辺大知はピカイチだ。2017年は黒猫チェルシーとして4年半ぶりにフルアルバムを完成させるなど音楽活動でも波に乗っていたが、役者として、日本の映像作品に不可欠な存在になりつつある。
原作から増えたキャラクターたち。見事な脚本。原作ファンにこそ見てほしい。
また、原作では登場しなかったキャラクターがたくさん登場する。アパートの隣人(片桐はいり)、釣りのおじさん(古館寛治)、最寄駅の駅員(前野朋哉)、金髪の店員(趣里)などなど。
これらのキャラクターたちが非常に良い仕事をしていて、物語的にも重要な意味を持ち、映画に色彩とリズムと奥深さを与えている。彼らの存在によって、ヨシカの心情は観客の心に突き刺さることになる。映画版で付け足された完全にオリジナルの人物たちが、この映画が大成功だと言える大きな要因のひとつになった。
原作モノ映画は難しく、原作ファンと映画ファンが対立してしまうようなことがあるが、『勝手にふるえてろ』に関しては、そうしたことはほとんど起きないように思う。なぜならこの映画は、原作小説のエッセンスを的確に抽出し、最大限に広げてみせたお手本のような映画だからだ。
こうした脚本、演出は、見事というほかない。作り手としてこれから映画に関わる人にとって、『勝手にふるえてろ』は今後末長く「良い例」として参照される教材にもなるだろう。
作家や漫画家たちから絶賛のコメントが届いているので、一部を抜粋。
この小説を映画にするってどういうことだろう。
そう思っていた二時間前の自分に教えてあげたいです。
綿矢さんの作品ならではの痛みも、突飛さも、もどかしさも、開放感も、形を変えて全部ちゃんと襲いかかってくるよ、と。
朝井リョウ(小説家)
この映画は、すごく変で、狂っていて、とても愛おしい。
ヨシカの中には、「恋」と「人間」が奇妙なまま標本になっている。
その純粋さからも、いびつさからも、目が離せない。
村田沙耶香(小説家)
描いた物語を、自分の思うように語りたい。それが独り言であったとして、
語られる自分もまた他者になるような反復に、揺り動かされる主人公。
松岡茉優さんの、一歩引いてはいるがスレてはいない、絶妙な匙加減の眼差しが最高。
羽田圭介(小説家)
学生時代のドブ臭さは、大人になって抗ったところでどうやっても消えないものです。
映画後半の「うわ」と言わざるをえない展開は軽くヘコむレベル!
「陰キャ」というのは因果なものですねえ・・・。
ヒャダイン(音楽クリエイター)
2017年ベストを更新するかも……
イキイキとした二人の主人公、映画オリジナルのキャラクターと設定、原作との完璧な調和と優れた脚本など、見どころの多い『勝手にふるえてろ』。
この映画に描かれている等身大の20代の恋愛と生き方は、観客に様々な感情を喚起させる。
コメディの衣をまといながら、ふるえるほどキュートで美しくて、泣ける。見たあとには、ラストシーンのある人物のように叫びたくなるかもしれない。
公開は12月23日だが、もしかしたら本作を2017年ベスト映画に推す人もいるかも。
隠れた今年の大本命と言っていいだろう。
これを観ずして2017年は終われないのでは!
作品情報
『勝手にふるえてろ』
監督・脚本:大九明子
出演:松岡茉優、渡辺大知(黒猫チェルシー)、石橋杏奈、北村匠海(DISH//)、趣里、前野朋哉、古舘寛治、片桐はいりほか。
原作:綿矢りさ『勝手にふるえてろ』
主題歌:黒猫チェルシー『ベイビーユー』
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Text_Sotaro Yamada
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