劔樹人(つるぎみきと)は自著に関し、「ウケる層が限られている」だなんて謙遜していたが、むしろ彼が描く作品には、多くの人の心に届くメッセージがあると思う。作品を彩るユーモラスで風変わりな人々を見ていると、自分を熱中させるものがあることでいかに人生が輝くかを感じるだろう。人から見たらうだつの上がらない毎日でも、人生は素晴らしい。少し大袈裟かもしれないが、そんなことを思うのだ。
神聖かまってちゃんをはじめ、撃鉄やアカシックなどのマネージャーを務める傍ら、自身も「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシストとして活動。その他プロデュース業や漫画の執筆など、いくつもの顔を持ちカルチャーシーンで活躍をしてきた劔樹人から、2つの大きなトピックが届いた。
ひとつは2016年からミーティアで連載された漫画『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』の単行本化。もうひとつが2014年に発行されたコミックエッセイ『あの頃。 男子かしまし物語』の映画化である。前者は既に発売中、後者は松坂桃李主演、監督に今泉力哉、脚本に冨永昌敬を据えた豪華布陣で2021年の2月19日から『あの頃。』として上映される。アイドルオタク達の日常をコミカルに描いた『僕らの輝き ~』も(中盤から思わぬ展開に行きます……)、自身の若き日の日常を綴った『あの頃。 ~』にも、通底するのは“今をどう生きるか”という彼の人生観だろう。ふたつの作品について、劔樹人にインタビューした。
Interview & Text_Ryutaro Kuroda
Edit_Miwo Tsuji
ミーティア連載『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』が書籍化!
――劔さん、いつも赤い服を着てらっしゃいますよね。何か理由があるんですか?
劔樹人(以下、劔) : 応援していた和田彩花さんの色が赤だったということが1つの理由ですね。もう1つは、子供が生まれた時、凄く小さくてNICUに入れられてしまって。それで妻が悲しんで、離れ離れになってしまうのが可哀想だから、なるべくついていてあげて欲しいってことで、僕が1日中ずっと病院にいる感じになったんです。新生児で目もまだよく見えないから、せめて同じ格好していようかなと思ったんですよね。なんとなくパパがいるなって気持ちになってくれればと思って。それでずっと赤い服を着ていて、そのままその色の服を着続けている感じです。実は、結構いい話なんですよ(笑)。
――本当に良い話ですね。では、ここからはミーティアで連載していた漫画『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』の書籍化と、松坂桃李主演で映画化されるエッセイ『あの頃。 男子かしまし物語』のお話を聞ければと思います。
劔 : よろしくお願いします。
――『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』ですが、こちらはアイドルを追いかけるオタク達のエピソードが綴られています。まず1ページ漫画っていうのが面白いですね。
劔 : 1ページ漫画は、昔からよくやっていたことなんですよね。「ぽこぽこ」っていう太田出版さんのサイトで、1日1ページ更新っていうものをやっていた時期があったんですけど。
――1日1ページはハードですね。
劔 : 高校生の話を書いた漫画だったんですけど、その連載は書籍になることが予定されていたので、140ページくらいで完結する物語を毎日1ページずつ描いていくことになって。なので一話完結なんだけど、全部通して見た時に少しずつ展開していくというスタイルにしていたんですよね。1ページでやることは、自分の感覚としては「俳句」のような表現をしているつもりなんです。
――俳句、なるほど。
劔 : なのであまり説明も付けず、余分なものを落とした1ページにするんです。僕は割とその形が得意だったので、またそういうことをやってみようかなと思って始めました。
――説明し過ぎないというのは、芸術や音楽に通ずる話ですね。
劔 : 読者の想像に委ねるというか。足し算ではなく、引き算したい気持ちがあります。1ページ区切りでやっていくと、説明がなくてもいつの間にか積み重なっていくものがあって、キャラクターの個性やストーリーに厚みが出てくるんですけど、それが好きなんですよね。
『男はつらいよ』みたいなことをやりたい
――ストーリーの序盤はコミカルですが、中盤辺りから急にシリアスなSFになっていきます。これは映画化される『あの頃。 男子かしまし物語』にも通ずることだと思いますが、劔さんの作品は、ほのぼのしたところから人間ドラマに変わっていきますね。
劔 : そうですね。自分の場合基本的にやってみたいことがずっと変わらなくて、『男はつらいよ』みたいなことをやりたいんです。
――ああ、なるほど。
劔 : 最初は馬鹿馬鹿しい感じで始まるんですけど、なんとなく最後はしんみりするものが一番好きで。
――そうした展開は、劔さんのどういう理想が表れたものだと思いますか。
劔 : 幼い頃から、そういうものの影響を受け過ぎてしまっているんですよね。『男はつらいよ』に限らず、日本映画のなんとなく寂しくなって、見終わった時にもやもやした感じになるという部分は、凄く自分に染みついています。連載をずっと続けていこうと思ったら、最初の日常系のまま描き続けていったほうが良いのかもしれないけど、どうしてもこれをやりたくなってしましますね。
――そうした悲哀や孤独を描くところが、劔さんの作家性の部分なんですね。
劔 : まあ、作家性なんて言ったらおこがましいんですけど(笑)。エゴが出てしまっていますね。人間生きていたら良いことも悪いこともあるし、オタクをやっていても楽しいことだけではないので。
――一方主人公は意外と淡々しているところがあるのかなと思いました。
劔 : 落語的と言いますか、僕は主人公を狂言回し的にする傾向があります。
――なるほど。
劔 : 主人公はそんなに特徴がなくて、周りのキャラクターを濃いものにする傾向というか、高校生の漫画もそうだったし、それはやっぱり自分の人生観みたいなものが出ていると思います。周りの人達が面白いっていう感覚は小中学生の頃からあったし、そういう面白い友達をずっと追ってしまうところが僕にはあって。割と自分の目線は控え目にするのが、自分の傾向です。
――ある意味、語り部に徹すると。
劔 : そうですね。だから主人公には目立った主張がない。その結果読む人が感情移入しやすいかはわからないんですけど、僕は元々あまり共感を求めないところがありますね。今って本当に共感されるものがネットで人気になると思うし、僕の漫画もそういう感覚で拡散されることはあったんですけど、僕自身は共感を意識してやってることはないんですよね。
――アイドルという華やかな人物を描くのではなく、それを追いかけている“普通の人”にスポットを当てているのも特徴的ですね。
劔 : そこはずっとなんとなくありますね。日常ってそんなにドラマチックじゃないし、僕はもうちょっと日常のなんでもないことを丁寧に拾いたい気持ちがあります。そういう誰も目をつけないようなことを、静かにピックアップしたいので、スポットライトが当たらない方、目立たない方、あまり人が気づかない方を見せたいと思って描いています。
――どうしてそういうところに目が行くんだと思いますか?
劔 : やっぱり自分の身近にあるものしか自信を持って描けないというか、他の人が語れることだったら、そんなにやる必要がないから。でも、ここにオーシャンブルーがあると思って描いているわけではないんです。そもそも人がどうでもいいと思っているところに、ビジネスチャンスがあるわけないですから(笑)。
――(笑)。
劔 : それでも執拗にオタクばかりを描いているところは確かにあって。こっち側にも実は静かなドラマがあるというか、僕自身が、そこに興味があるのかなって思います。
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