近藤聡乃『近藤聡乃スケッチ原画集 KiyaKiya』
――女子があふれてパスピエが保てなくなるかもしれないので、次に行きましょう。3冊目は、画集ですか?
大胡田 : 近藤聡乃(こんどう・あきの)さんという方の画集です。わたし、浮世絵と漫画が好きで、『MATATABISTEP』(2014)のジャケットからパスピエのアートワークに取り入れ始めたんですけど。日本画と漫画・アニメっぽいものを融合させられないか考えていたときに出会った画集ですね。
(※近藤聡乃は、2000年に『小林加代子』という漫画でデビューした漫画家、イラストレーター。アニメーション、ドローイング、油彩、エッセイなど国内外で多岐に渡る活動をしている。『近藤聡乃スケッチ原画集 KiyaKiya』は2011年に発売された初の作品集。Amazonはこちら)
――ということは、割と最近ですね。
大胡田 : そうですね。この線の柔らかい感じがすごく好きなんです。かなり影響されてると思います。
――『MATATABISTEP』以前は、近藤聡乃さんの絵を知らなかったんですよね? でも、大胡田さんの初期の絵にも、近藤聡乃さんのような線の柔らかさや淡さがあって、すでに近しいものを感じますね。
大胡田 : 本当ですか? よ、喜んでしまう……。近藤聡乃さんの絵がすごく好きになって、昔の漫画も買い集めました。
――この画集のなかで、一番お気に入りの絵はどれですか?
大胡田 : このあたりの、水に浸かってる絵が特にお気に入りです。
大胡田なつきの「水」へのこだわり
――水のモチーフには、かなりこだわりがありそうですよね。
大胡田 : 小さいころから、なぜか水が大好きなんです。ペットボトルの水なんて、揺らしながらずっと見てられます。水を見ると興奮しちゃいます。たとえばこの、水のなかに横たわってるこの絵とか。この柔らかい角度が最高ですね。たまらないです。そもそも水と水生生物が大好きなんですよね。家に水槽を4つ置いて魚を飼ってるくらいなので。
――水族館も好きですか?
大胡田 : もう、大、大、大好きです! でも、外出が嫌いだから水族館もなかなか行けなくて……。
――ああ、だから自分の家のなかに水族館を作ってしまおうと。
大胡田 : 水って、ほっとくと腐っちゃうじゃないですか。ちゃんとバクテリアがいて循環していないと生きていられない。生きてる水を置いておこうとすれば、なかに生き物を入れるしかないんですよね。
――ということは、水のために生き物を飼ってるんですか?
大胡田 : その節もあります。もちろん水のなかに水草と金魚がいる光景がきれいだということもありますけどね。でも、水だけでも好きです。水があればしばらく遊べますし。
――水って、遊べるものなんですね。
大胡田 : 全然イケますよ。ペットボトルを左右に揺らして、両方で同じ形にしたりとか……。インタビューに全然慣れてなかったころ、人と話すことがすごく苦手で。そういうときに、コップのなかの水を揺らして見てることがありました。あとで成田さん(成田ハネダ。パスピエのKey.担当であり、リーダー)に怒られるという……(笑)。
――なんだか『アメトーーク!』の「人見知り芸人」の回に出られそうなエピソードですね。オードリーの若林正恭さんが、大部屋の楽屋に人が集まってるときの人見知り対処法として、「ペットボトルのラベルを読み込む。そうすると“輪に入れないヤツ”から“ラベル読んでるヤツ”になれる」って言ってたんですけど、それに近いですね。
大胡田 : それ、すごいわかります。言うの恥ずかしいけど、わたしも人見知りなので……。でも、いまは人と話すことが嫌いじゃなくなりました。まあ、それでも誰かとご飯に行ったりすることは、ほとんどないんですけど。お酒も飲めませんし。本当は、常に酔っ払ってる酔狂詩人みたいになりたいんですけどね。
――川や海には行きますか?
大胡田 : 行かないですね。外は危険なので。
――危険?
大胡田 : ばい菌しかいないですからね、外は。ちょっと潔癖なんです……。
――じゃあ電車のつり革は?
大胡田 : 絶対無理!!
「再スタートするわたしたちの意志を表したかった」
――水ともうひとつ、大胡田さんの絵は手の形がすごく特徴的です。
大胡田 : あれは、わたしの理想なんですよね。指先や手の形には、こだわってます。しなやかで、自然で柔らかい線が出る手の形が好きなんです。人間だからできる手の形ですし。昔から、ああいう手を描いてる気がします。あとは、仏舎利塔によく行ってたので、仏像の影響もあると思います。
それから今日は持ってきてないんですけど、超現実主義の作品が好きで、ジョルジュ・デ・キリコやダリが好きです。印象派は一瞬の光を捉えて描くという、その考え方が好きなんですよね。わたしもそういう音楽を作りたいと思っているので。
――「目を描かないのは余白を持たせるため」ということはよくおっしゃってますが、最近は目を入れるようになりましたよね。その上で、いまは「描く・描かない」の選択肢があると思うんですが、そこにはどういう基準があるんでしょうか? 今回の『OTONARIさん』では目を描いていませんよね。
大胡田 : 今回はバンドメンバーが4人になって再スタートを切るということで、今後どうなっていくのか想像してもらうためと、白地に黒一本で、潔くわたしたちの意志を表したいと思ったんです。最近はカラフルな絵が多かったんですけど、今回は絵よりも音の方にフォーカスしてもらって、今後を想像してもらえたらなという気持ちです。
「生身の人間として存在しているわたし」
(パスピエ『あかつき』MV)
――歌詞にも、いままでとは異質なものが入ってますよね。最初に公開された『あかつき』という曲は、物語性が非常に強くて、大胡田さんの歌い方もこれまでとは違うと感じました。この歌い方は、より素に近い歌い方ですか?
大胡田 : いや、逆ですね。ああやって感情を言葉にして歌うことはいままでほとんどやってこなかったんです。やっぱり、「パスピエの大胡田なつき」を使って歌ってきたという感覚が強くて。でも今回は、「生身の人間として存在しているわたし」というものを意識して歌いました。
――そういえば、『あかつき』のMVは思いっきり外で撮影されてますけど……。
大胡田 : 辛かった……。ものすごく寒かったし、目も開けられないくらい風が強かったし、たまに海藻が流れてくるし……。すっごい叫びながら撮影しました。でも、「これが生きるってことなんだ」って実感しました(笑)。
――『あかつき』がすごく物語的・散文的、エモーショナルで人間っぽさを感じるのに対して、『(dis)comunication』は歌詞が詩的というか、全体としては物語ではあるけど、言葉自体はぽつぽつと置かれていますよね。英語もたくさんあるし、そもそもタイトルがパスピエには珍しい英語表記です。そしてボーカルにはエフェクトがかかっている。
(パスピエ『(dis)comunication』MV)
大胡田 : パスピエの曲って、やっぱりメロディが強いと思っていて。それにストーリーを乗せて語るのもいいけど、『(dis)comunication』では音の面白さを際立たせたいと思ったんです。だから、その音に合った言葉を意味よりも優先して選んでみました。
――となると、かなり限定されたなかで言葉を選ばなければいけないので、いままでで一番難しい作詞だったんじゃないですか?
大胡田 : でも、限定されるのって結構好きなんです。今回の絵も白地に黒で描くことだけ先に決めて、そのなかで何が描けるか考えました。初期のアートワークも「2色で描く」という決まりだけ自分で作ってました。バンドってそういうところがあると思うんです。メンバーが決まっているということは、出せる音が限られているわけで、そのなかで工夫するわけですよね。そういった縛りを課すことは好きですね。
好きな漫画は『グラップラー刃牙』『彼岸島』『カイジ』『クローズ』
――なるほど。ちなみに、小説を書きたいと思ったことはありますか? ブログを読んでいると、たまに短編小説のような投稿がありますよね。
大胡田 : 短いものなら書きたいですけど、長時間かけて何かをやるのが苦手なので、やっぱり100枚とか200枚の小説を書くのは難しいと思います。何でもすぐやりたいタイプで、絵も描き始めたら終わるまで描くし、本も読み始めたら最後まで読みたいんです。
――漫画はどうでしょう?
大胡田 : 実は、漫画を読み始めるようになったのはこの5年くらいなんです。小さいころは漫画家になりたいと思ったこともありますけど、当時は手塚治虫さんの漫画しか読んでませんでした。手塚治虫さんが凄すぎるので、手塚治虫さんの漫画だけでハッピーだったんですね。でも、最近はストーリー性を歌詞に取り入れたくて、いろんな漫画を読み始めるようになりました。
――ちなみにどんな漫画を読んでいるんですか?
大胡田 : 『グラップラー刃牙』とか。
――バキ!……すごいギャップがありますね。
大胡田 : 青年系の漫画が好きなんですよ。『彼岸島』とか『カイジ』とか、あとは『クローズ』みたいな不良系の漫画も好きです。
――えー! 大胡田さんの絵からは、まったく想像できないです。だって、大胡田さんの絵の柔らかい線とバキやクローズのイカツさって真逆じゃないですか?
大胡田 : 恋愛系じゃない漫画が好きなんです。
――現実はめっちゃ恋愛に影響受けてるのに!
大胡田 : たしかに(笑)。恋愛系の漫画って、読んでるとキャラクターに嫉妬しちゃうんですよ。だって、絶対お互い好きになるようにできてるじゃないですか。読みながら「ちくしょう」って思っちゃう。
――すごい、漫画のキャラクターと張り合おうとしてる(笑)。なんか今日は、大胡田さんの意外な一面をたくさん知れた気がします。かなり親近感が湧きました。
「もっと近付いてほしい」
大胡田 : 昔ならこういう話は絶対にしなかったですね。正直、自分で自分にあんまり親近感が沸いてなかったんです。でも年を重ねるにつれて、自分の人間らしさも出していきたいなと思うようになって。人間性がわかった方が言葉に重みが出ると思うし、自分の言葉や表現により責任を持ちたいと思うようになったんです。
――その「自分で自分にあんまり親近感が沸いてなかった」感じというのは、パスピエを始めてから生まれたものですか? それとも、その前からあったものですか?
大胡田 : その前からずっと、だと思います。誰しも思春期にはそうなると思うんですけど、“こころ”と“からだ”が一致してないような感じがずっとあって。なんとなく、ここではないどこかから自分を見ているような、俯瞰に近い感じ。それが小さいころからずっとあったんですけど、パスピエを始めてだんだん人間っぽくなれてきたような気がします。
――それがついに『OTONARIさん』で、人間らしい自分になれたと。
大胡田 : 恥ずかしさがなくなってきたんですよね。昔は、人前でご飯を食べることさえ恥ずかしくて。食べることって、すごく人間らしいことじゃないですか。それを他人に見られるのはすごく恥ずかしかったです。
あとは、自分の辛さとか頑張りとか忙しさとか、そういうものをバンドメンバーにさえ見せるのが嫌だったんですよね。でも最近は、「昨日寝てないわ〜」とか平気で言っちゃう(笑)。もちろん、いままでのパスピエやわたしを好いてくれる人を置き去りにする気持ちはまったくなくて、やっぱりあれも元々自分のなかにあったものを出して来てるわけなんですけど。ぜひ『OTONARIさん』を聴いて、もっと近付いてくれると嬉しいなと思います。
――では『OTONARIさん』は、大胡田さんが「人間宣言」してから最初のアルバムということでよろしいでしょうか(笑)。
大胡田 : 人間宣言……なんだか天皇みたいですね(笑)。
作品情報
パスピエ『OTONARIさん』
◆収録曲:
1.音の鳴る方へ
2.あかつき ※インターハイ2017 読売新聞CMタイアップソング
3.EVE
4.(dis)communication
5.空
6.ポオトレイト
7.正しいままではいられない
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