今年に入り、HIP HOPが巷を賑わせている。2006年に誕生したLOW HIGH WHO?は、HIP HOPカルチャーを基盤にしたクリエイティブなフィールドを展開しているインディレーベル。不可思議/wonderboy、daoko、Jinmenusagi、GOMESS、YAMANE、EeMuらを輩出してきた。
「自分のフィールドのなかに違うものを引き込む人が好きですし、カルチャーの橋渡しをするような人物が好き」と語るParanelは、徐々にHIP HOPに留まらずに創作を続け、方針を変えながらも今年でLOW HIGH WHO?は10周年を迎える。
もしも彼がHIP HOPを愛さず、なにか別のアートを愛していたなら、その道でも素晴らしいものを生み出していたであろう。HIP HOPを愛したParanelの独創は、音楽とアートを基盤にしたLOW HIGH WHO?というレーベルを通して多くの人の心を掴んで離さない。そのクリエイティブへの衝動を読んでみよう。
インタビュー・文=草野 虹
自分の人生を切り取って作品におさめてきていて、今作でもう全部切り取ってしまったんです
ーー今日はParanelでの最新作『オールドテープ』と、自身が主宰しているLOW HIGH WHO? 10周年記念のインタビューをやらせていただきます。まずは今回発売される『オールドテープ』についてです。2012年に発売された前作『タイムリミットパレード』と同時期に構想されていたということですが、今作を制作するに至ったきっかけはあったんでしょうか?
Paranel 元々のお話からすると、旧グッゲンハイム邸で不可思議/wonderboyの「銀河鉄道の夜」をピアニストのMonk is my absoluteくんとやったことがあるんです。その時のライブが旧グッゲンハイム邸のオーナーにすごくウケたみたいで、「良かったら、うちでレコーディングをしていいよ」というお話を頂き、ならやってみようと思ってレコーディングしたんです。
ーーアイディアとしては元々ご自身のなかにあったんでしょうか?
Paranel 僕がアルバムを作る時、いつも必ず<生>と<死>が入ってきて、『タイムリミットパレード』も同じ路線に入ってくるんです。今作は時系列的に『タイムリミットパレード』の後の世界についての作品、『タイムリミットパレード』が生きている人の話なら、今作『オールドテープ』は死の世界や死の世界にいる側からの話、みたいに思っています。
ーー確かにその対比は感じられました。今作でキーとなっている旧グッゲンハイム邸のピアノを調べたんですが、実は昔から使用されていたピアノではなく、オーバーホールされるということで代替のピアノとして納品されていたらしいですね。
Paranel ええ、そうなんですよ
ーーそうやって奇跡的にも出会えたピアノは、フランスのPLEYEL社製の1905年に製造されたといわれるモデルのピアノだそうで。実は現在東京の美術館で展示会も開催されているルノワールの著名な作品「ピアノをひく少女たち」にもほぼ同型のピアノが描かれているらしく、これもまた非常にタイムリーですし、<タイムトラベル>な感じがして個人的にはゾクゾクする話ではあるんですよ(笑)。そこまで昔のピアノともなると今のピアノとは響き方も違うと思いますしね。
Paranel それは本当に面白いですし、嬉しいですね。実は録音していた当時も、ちょっとした心霊現象が…ラップ音が録音のなかに入っていたり、ほかにも色々なことが重なって起きていたんです。「たぶんここら辺に住んでいる亡霊かなにかだったのかな?」と今では思うんですが、「これはきっと試されているんだ、気持ちを引き締めて臨もう」と話し合って、かなり集中してレコーディングしていました。
ーーピアノのトラックを録音したのが2012年、3〜4年ほど制作期間がありました。これはやはり言葉を見つけていくために必要な時間だったんでしょうか?
Paranel 歌詞は結構書き上げていたんですが、ピアノのトラックに見合う歌のスキル、この言葉とメロディを唄うためのスキルが2012年当時の僕になくて、ピアノの抑揚に合わせて歌うことがどうにもできなかったんです。その後に『球体』を出したあたりでもう一度今作と向き合ったときに、ピアノに対する理解がすごく深まっていることに気づけてトントン拍子に制作が進みましたね。
ーー僕が今作を聴いてみたときに、歌っているようで歌っていない、語っているようで語っていない、その絶妙なバランスをどうとるか?への難しさを感じましたし、このバランス感が今作のキモだとも思えました。やはりピアノと声のみなので、やはりレクイエム≒鎮魂歌のようにも響いてくる、非常に独特な一作だと思えました。いま今作を振り返ってみると、いかがでしょうか?
Paranel 今作ではミキシングも務めているので、その点ではもっと時間をかけたかったなというのが一つ残念ではあります。ですが、歌のレベルは自分の中で最高のものを詰め込めたかな?と思えます。
ーー今作において別の意味でちょっと驚いたのが、音圧が低いことです。いまの音楽は音圧が高い/強い音源がとても多いのですが、今作はまるで対照的なまでに音圧が低い。加えて、PLEYELのピアノが面白い音で、確かにメロディを弾いているものの、どことなくリズムマシーン的に聞こえていますよね。音色一つ一つがどことなく高いところを拾っていて、なんとなくですが『カァーン』という甲高い感じで、これが107年の歴史で到着した独特の音色なんだなぁと。
Paranel ええ、まさにそうなんです。しかもピアノを生録音するのも初めてだったので、高音部のところのマイクを近づけすぎて…。
ーーミキシングが難航したんですか?
Paranel ミキシングや音処理がものすごく難しかったんですね、先程も草野さんがおっしゃっていましたが、やはり打楽器的な音色なんですよね。音のアタックが強く出すぎてしまっていたので、耳に優しくしようと処理をしていくのがすごく大変だったんです。
ーー今作は、これまでの自分の人生で大切だった存在や愛していた事象に対して言葉を紡いでますが、ご自身の中で何かしらのルールを決めて書かれましたか?
Paranel 今の歌にはスマホやSNSみたいな現代ワードが頻発すると思うんですけど、今作はなるべくそういった言葉を使わずに、時代性をなくすように普遍的な言葉を選んで作詞にとりかかりましたね。例えば昭和初期の人がもしもこの作品を聴いても、気持ちが伝わるような、逆に2030年とか2100年の人が聴いても気持ちが伝わるような、そういう作品にしたいと思って制作しましたね。
ーー今作でご自身のことを唄うのはラストになるというアナウンスがされています。COASARU名義での新作も今年発売されていますが、なぜ今作でParanelは歩みを止めようと?
Paranel 自分の年齢って限りがあるじゃないですか? 僕はいま35歳なんですけど、自分の人生を切り取って作品に収めてきていて、今作でもう全部切り取ってしまったんです。人生はこの先も続きますけど、この先の人生について歌う必要は無いかなと思えているので、今作でParanelとしてはラストです。
Paranelの別名義COASARUも今年3月に新作を発売している
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