『アンノウン・マザーグース』の重要性
(wowaka『アンノウン・マザーグース』feat. 初音ミク)
『ai/SOlate』の中心となる曲『アンノウン・マザーグース』は、とても重要な曲だ。仮にボカロシーンというものがあり、一方でバンドシーンというものがあるとするならば、そのふたつのあいだには隔たりがあったように思える。なぜなら、ボカロは「苦手な人はまったく受け入れられないもの(和田たけあきインタビュー:音楽ナタリー)」だからだ。しかし、『アンノウン・マザーグース』はその隔たりを壊す、あるいは融合させるのではないか。「ギターシーン」や「ベースシーン」という言い方がほとんどされないように、「ボカロシーン」という言い方も今後なくなっていくのではないか。そんな疑問をぶつけてみたが、まったく違う答えが返ってきた。
彼らはシーンに敬意を抱きつつも、自分たちの制作はもっと個人的な作業だったと言う。ゆーまおは、「単純に質の高い曲を提供できて満足」と語り、シノダは「ボカロとバンド、そのふたつが混ざる必要もないし、やる人がいる限りシーンがなくなることもないのでは?」と言う。イガラシにとっては、そもそも「ボカロもバンドも全部フラットなもの」。wowakaの考えも彼らと同じだ。
「この曲をもって“シーンの壁を壊そう”という意識は1ミリもなかったし、ヒトリエがボカロとバンドの架け橋になろうという気持ちも特になかったです。もっとミクロの話なんですよね。自分の場合は、東京にやってきてボカロに出会って、人に見てもらえるようにはなったけど自分というものが何なのかわからなくなって、それでヒトリエを始めた。そうしてこの5年間やってきたつくり方で、いまつくりたい曲、つくるべき曲をつくった。もちろん、ボーカロイドの楽曲であることには、ヒトリエとして自分が歌うことと違う意味合いがあると思います。そういうことも踏まえたうえで、根本的で個人的なところから出てきた曲ですね」
「誤解されている」という悩みを抱き続けてきた
「アンノウン」という言葉のほかにも、「誰もあたしを知らない(NAI.)」など、今回のアルバムには「知られていない」といったニュアンスの歌詞が目立つ。作詞・作曲を手がけるwowakaには、「自分の本当に思っていることが伝わっていない」という気持ちが明確にあった、と言う。「そういう葛藤や悩みはずっと抱いていました。いろんな場所で自分のことを誤解されてるな、と。シーンは関係ないとあれだけ言っておきながらシーンの話をしたいんですけど(笑)。2009年から2年間くらい、ボーカロイドで曲を投稿してCDつくっていたとき、やっぱりそのシーンからもらったものは本当にキラキラしていました。無垢で、ピュアなものだった。でも、2011年頃から雲行きがちょっと怪しくなりそうな気配を感じたんですね」
苦笑いしながらテーブルの上で指をトントンと叩く。「特定の誰かを攻撃するわけではないが」と前置きした上で、wowakaは次のように続けた。
「要するに、愛があるかないかが問題なんです。うわべなのかそうじゃないのか。あの頃、すごくダサいものが迫りくる気配を感じてたんです。“ボーカロイドを使ってこういうことをすれば人が集まり、ビジネスとして成立して、子どもを騙せる”というセオリーや雰囲気。かなり乱暴な言い方をしてますけど、実際にそういうものも当時はあったんですよね。それがつらかった。何がキツかったって、うわべをすくったもののなかに、僕のニュアンスがすごく入っていたことです」
ボーカロイドシーンを牽引したwowakaには、多数のフォロワーが生まれた。雨後の筍のように生まれた当時のボカロ曲のほとんどがwowakaの影響を受けている。wowakaは、“ボカロっぽい曲”のフォーマットをつくったと言える。しかし、そのフォーマットの上っ面だけをなぞった粗製のものが次から次へと出てきたことが、彼を苦しめることになった。
まだ知られていない物語を1つの曲で全部言ってしまおう
「いま思えば、自分は当時すごく怒っていたと思う。悲しかった。そういうきっかけと、“いまここで暮らしている自分は何者なのか”という葛藤のなかで出てきた答えがヒトリエだった。でも、当時聴いてくれた人のなかには 『wowakaってボカロもうやんないのかな』とか『wowaka自分で歌わない方がかっこいいのに』、あるいは『wowakaのボーカロイド曲ってすごい無機質で機械的でカッコイイよね』と思っている人がいる。そういう声を聞くたびに、僕がいちばん大事にしていることが具体的に伝わりきってないと感じていました。自分には、本当はもっと伝えたいことがある。自分と初音ミクと、シノダ・イガラシ・ゆーまおとヒトリエとの、まだ知られていない物語が絶対にある。だから、いまこそこれを1曲で全部言ってしまおう。『アンノウン・マザーグース』は、そういう気持ちでつくった曲ですね」
いつも、ひとつのアルバムのなかで言ってることは全部一緒
(ヒトリエ『絶対的』MV)
アルバムのラストに配置された『NAI.』という曲は、音も歌詞も実にヒトリエらしく、これまでの彼らの集大成を感じる仕上がりだ。しかし、アルバムを1曲目から順番に聴いていくと、『NAI.』の歌詞は、非常に興味深いものに感じられる。なぜなら、1曲目の『絶対的』で歌われていた内容を否定しているかのような歌詞があるからだ。たとえば「絶対なんて言葉はもうあたしには関係がない」という箇所。しかしwowakaによれば、「実はその2曲は同じことを言っている」とのこと。
「『IKI』までで確認してきた“よろこび”という感情のベクトルがある一方で、その逆も大切にしたいと思ったんです。かつて自分はすごく怒っていたし、それに気付けてすらいなかった。それを一人で抱え込んで悩んだ末にヒトリエを始めた。気持ちの使い方がわからなかったんです。
でもいまはわかる。だからそういった感情も全部、全方位・全角度に使いたいと思って歌詞を書いたんですね。そういう気持ちは自分にとってすごく“絶対的”なものです。ただし、それはあくまで自分にとっての話で、“じゃあ君はどう?”と問いかけている。そういう意味で“絶対ではない”という歌詞が出てきた。だから否定ではなくて、『絶対的』と『NAI.』で歌っている内容は実は同じなんです。いつもそうだけど、ひとつのアルバムのなかで言ってることは全部一緒なんです」
ヒトリエの2017年
これまでの話を総括すると、『IKI』というよろこびのベクトルができたことで、wowakaが改めて過去に向き合うきっかけを得た。そうして再び深くこもって制作することで、『アンノウン・マザーグース』をはじめとした『ai/SOlate』の作品群が生まれた。きわめて個人的な想いから始まりながらも、社会との接続を強く感じさせるアルバム。『ai/SOlate』は、ヒトリエの過去と現在をつなぐような作品なのだ。
最後に、記念碑的な作品を作り上げた2017年はどんな年だったか、全員に聞いてみた。
「今年は漫画がうまくなった1年でした。wowakaが制作に徹していた期間はミーティアの『地球物語』も集中して描いてましたし、和田たけあき(くらげP)のアルバム『わたしの未成年観測』に漫画家として漫画を描いてしまったし」(シノダ)
「千本ノックを受けてるような1年でした。あらゆる球を取りに行った1年というか。だから今回のアルバムは、ベースだけ聴いてる人からすると前よりもシンプルに聴こえる瞬間が多いと思うけど、いまの方が前よりも全然速く複雑にも弾ける。それくらい基礎体力があがった」(イガラシ)
「ドラムに関して、自分にできることとできないことがハッキリした1年でした。だからこそ、いまはすごく悩んでます。できなかったことをどうやってできるようにするのか。それは贅沢な悩みだと思っていて、自分が新たなフェーズに入りそうな気配がしています。まあ、やってみないとわからないけど」(ゆーまお)
「自分の居場所を確かに確認できた1年で、僕の人生にとって節目の1年でした。そういう年に、ヒトリエとしての『アンノウン・マザーグース』と、wowakaとしての『アンノウン・マザーグース』をちゃんと両方、世に発表できたことは非常に大きい。来年は、『ai/SOlate』の6曲をどうやって人前で演奏していくか。ヒトリエとしての信念とwowakaとしての信念、それらをより強靭なものにしていきたい」(wowaka)
取材を終えて雑談していると、wowakaが「早くライブしたいな」とつぶやいた。その瞬間、メンバー全員がパッと嬉しそうな顔になった。2018年もヒトリエは全速力で進んでいくだろう。
ヒトリエ『ai/SOlate』
初回盤[CD+LIVE CD] AICL-3451~2 ¥2,800
通常盤[CD] AICL-3453 ¥1,800
[CD]
1.絶対的
2.アンノウン・マザーグース
3.Namid[A]me
4.Loveless
5.ソシアルクロック
6.NAI.
[LIVE CD]
ヒトリエ全国ワンマンツアー2017 “IKI”ファイナル2017.5.7 at STUDIO COAST
1.心呼吸
2.ワンミーツハー
3.インパーフェクション
4.Daydreamer(s)
5.イヴステッパー
6.るらるら
7.doppel
8.極夜灯
9.さいはて
10.KOTONOHA
11.ハグレノカラー
12.5カウントハロー
13.踊るマネキン、唄う阿呆
14.シャッタードール
15.リトルクライベイビー
16.目眩
『ai/SOlate』特設サイト
ヒトリエ オフィシャルサイト
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