『観るもの』から『体験するもの』へ。
MVはその魅力と可能性を大きく広げつつある。
その鍵となるのが、VRだ。
本稿ではAwesome City Club『Lullaby for TOKYO CITY』(※略称、ACC)、Hello Sleepwalkers『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』(※略称、ハロスリ)の二本を監督した国内の音楽系のVRの先駆者、株式会社コンセントに所属する全天球映像作家『渡邊課』の渡邊徹課長と、嘱託の越後龍一氏にインタビューを行った。
後篇は、主に2016年5月に公開されたHello Sleepwalkers『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』のMVとVRについて話を伺った。
《VR×音楽》『体験するもの』としてのMV~Awesome City Club『Lullaby for TOKYO CITY』監督、渡邊徹インタビュー【前篇】
(左)越後龍一氏(渡邊課 嘱託)
Hello SleepwalkersとVR
(※360 度動画を視聴するには、パソコン用の Chrome、Opera、Firefox、または Internet Explorer の最新バージョンが必要です。モバイル端末の場合は、最新バージョンの Android または iOS 向け YouTube アプリを使用してください。)
――Hello Sleepwalkersは『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』の前にも2014年、VRアプリのハコスコで『アキレスと亀』の360度映像を発表していますよね。日本のロックバンドの中でも特にVRに可能性を見出し、活用しているグループという印象があります。
越後:(Hello Sleepwalkersが所属している)A-Sketchは、クリエイターとアーティストのシナジーに大きな可能性を見出している会社です。昔からMVに新しい表現を取り込んでいくことに積極的です。
渡邊:元々、MVに動画エフェクトとして全天球カメラの映像を用いたいということで僕達も制作に少しだけジョインしていたんです。(あくまで)その時は、リトルプラネットという形式に書き出して動画のエフェクトとして全天球を使っていたので『アキレスと亀』のMVはVRでは無いんですよね。(※1)
――ACCの『Lullaby for TOKYO CITY』はゆったりとした曲ですよね。1カットが長めになる傾向があるVRと、ACCの曲は良くマッチしていたように思います。
一方で、ハロスリの『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』はアップテンポです。VRのMVで、激しい曲を手掛けるにあたり気を付けられたことはありますか?
渡邊:カット数を増やすことは意識していましたね。当時はVRでライブ映像をシューティングする際に、カメラの台数や設置位置を増やすことを試みていた時期で、カット割りを増やしても「イケそうだ」という手応えを掴んでいました。1シーンを長く見せちゃうと、どうしても飽きるというのはずっと思っていたことだったんです。
また『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』のMVは、デザイナーのサヤメタクミのコンセプトアートが(制作の)きっかけでした。全天球静止画がただうねうね動いているだけの映像だとプラネタリウムのような仕上がりになってしまうと思ったので、ちょっと酔うかギリギリの動きのある映像を足していきました。
最初はメンバーと夜景を一緒に撮影しよう、と考えていたんです。でも、そうするとあまりに(街に)埋もれすぎてしまうので、メンバーのシーンは別撮りにしました。
――なるほど。
渡邊:一ヶ月位でMVは完成しましたね。ACCのMVを制作した経験もあったので、街中の撮影はスムーズに進みました。ハロスリのメンバーの撮影も、ライブシュートをいつも担当している鳥居洋介さんにお願いしてイメージ通りに撮影してもらいました。メンバーにはVRのビデオコンテを事前に体験してもらっていたので、理解も得ることが出来て。
大変だったのは、編集作業ですね。40枚くらいのTHETA(※RICOHが発売している全天球カメラ)の画像を一斉に、全方位に動かす処理が必要だったのでどうしてもプレビューに時間がかかって、確認しながらの作業にものすごく時間が掛かりました。
――完成したMVは、万華鏡のような風景が印象的な仕上がりですよね。
渡邊:ロケ地は、ほぼ歌舞伎町なんです。最終的には酔っ払った時に見る風景のような仕上がりになりました(笑)。酩酊しながら音楽を聴くと風景が多彩に見えてくるような、そんなイメージです。
東京は情報量が凄いじゃないですか。ネオンに包まれている感じであるとか。それらが一斉に動き出したら、面白いだろうなと考えながら形にしていきました。
SHINJUKU_VR #theta360 – Spherical Image – RICOH THETA
(※『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』のコンセプトアートを担当した、サヤメタクミ氏による全天球静止画作品『SHINJUKU VR』)
渡邊:僕らは普段、AdobeのPremiereというソフトで編集をしているのですが、『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』の制作とほぼ同時期に一本、MettleのSkyBoxというサードパーティ製のプラグインがリリースされたんです。それは映像の水平・垂直を直すことが出来るというもので。基本的には、VRの映像を綺麗に作るためのものなのですが……。正直、機能的には地味ですよね?
――そうですね(笑)
渡邊:この機能を使えば、水平・垂直を直すのではなく『壊す』ことも出来るのではないかと考えました。普段、生活をする中で水平・垂直が壊れた状態の体験をすることってまず無いですよね。そこで、まず一度テストで壊した映像を作ってみたのですが……、これが結構気持ちよくて(笑)。
いままで演出側ではリズムに合わせ、人を(画面に)登場させるというようなことしか出来なかったんですよね。それが、水平・垂直を壊すという技術を得たことで映像全体をリズムに合わせ、動かすことが出来るようになったんです。
これまでとは全然違う考え方を元に、VRの映像を作ることが出来たというのは『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』の制作のポイントだったと思います。
VRと音楽体験
――今後、VRを通じた音楽体験はラジオ、テレビ、或いはライブといった、いままで音楽ファンが親しんできた「音楽体験」の延長線上に位置づけられるものになるのでしょうか。
それとも、全く新しい市場が一から立ち上がって来ると捉えたほうが良いと思いますか?
渡邊:正直、生のライブに行ったほうが良いと思うんですよね。VRと、リアルのライブはやはり違うものですから。
だからこそ、VRには実際のライブとは異なる付加価値を付けてあげないと面白くないと思っていて。「ただのアーカイブ的な映像でしょ?」と思われてしまうと、VRの良さは出ない気がしています。VRは時間と場所を越えられる特性があるので、それを活かした体験を作っていきたいですね。
越後:フルHDの映像がiPhoneで綺麗に見れる、というようにあらゆる機能がいまはスマートフォンに集約されていってますよね。そうした時代に(ヘッドマウントディスプレイのような)エクステンデッドなデバイスが一家に一台、普及するというのは考えづらいと思うんです。
だから、VRはホームシアターのように満足度が高く、没入感のある新しい体験を提供するものとして普及していくのかなと思っています。
例えばデバイスに定期的に音楽コンテンツが配信されるようになっていけば、MTVのように受け入れられるメディアや、媒体を視聴するための機器といった市場が立ち上がっていくのではないかと。
――VR技術は今後、より一層発展していくと思います。「いますぐには難しいかもしれないけれど、いつか実現してみたい」という、VRによる音楽体験はありますか?
越後:ライブで、スピーカーの前に行くとドンドンという音圧を感じるじゃないですか。ああいった音圧を家で体験できるデバイスがあれば、(VRでの音楽体験を)拡張できると思うんです。例えば物凄く指向性の高いスピーカーを設置した状態で、ヘッドマウントディスプレイを装着すると、家でライブハウスの最前列に居るような没入感を味わえるであるとか。
子供の頃にプレイしたゲームの音楽って、(大人になっても)頭に残っていますよね。それはゲームの映像と音が密接にリンクした状態で、「原体験的なもの」として刻まれているからだという気がして。(ゲームではなく)むしろ音楽側で、そういった体験を提供するものを作っていっても良いと思うんです。
いつか、子供たちが大人になった時に「昔、あんな音楽があったよね。そして、それをVRで観ていたよね」というような思い出し方が出来る。そういうものを、VRで作っていけたら良いですね。
※1:Hello Sleepwalkers『アキレスと亀』にはMVと、VRアプリ『ハコスコ』で公開された360度映像がそれぞれ存在している。360度映像は制作当時、YouTubeの仕様上、公開が不可能であった。『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』の公開を機に、一年越しでYouTubeに公開された。
インタビュー、構成:九十現音
写真:和田東雲
SHARE
Written by