新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』が日本映画の歴代の興行記録を塗り替えつづけている。
(新海誠『君の名は。』は、間違いなく2016年最大のトピック。)
11月28日時点での累計興収はすでに195億円に迫る勢いで、『ハウルの動く城』の196億円を抜くのは時間の問題だ。まもなく日本映画歴代5位、日本アニメーション映画歴代2位に躍り出るだろう(どちらも1位は『千と千尋の神隠し』)。
『君の名は。』の大きな特徴の一つとして挙げられるのは、音楽である。
ロックバンドのRADWIMPSが劇中歌も劇伴もともに制作していることで、映画公開前から話題になった。劇中歌は全部で4曲もあり、およそ2時間の映画としては、異例の多さといえる。
(RADWIMPS『スパークル』。この曲を聴くだけで泣いてしまうという人も……)
実際、新海誠監督自身が、8月26日の映画公開初日に新宿バルト9でおこなわれた舞台挨拶において、劇中歌の量を「過剰」と表現していた。
彼は自身の活動報告サイトのなかで、『君の名は。』における音楽の重要性について次のように述べている。
『君の名は。』は、音楽の存在感がとても強い映画です。映画の時間軸の中で、音楽が場を支配するシーンがいくつもあります。物語を演じるのがキャラクターだとすれば、劇中の歌も劇伴も、今作ではとても強いキャラクターです。
http://shinkaimakoto.jp/archives/807#more-807
もし本当にRADWIMPSの生みだした音楽をキャラクター同様の存在として見ることができるとしたら、三葉や瀧の視点から『君の名は。』を語ることができるように、音楽の視点からもこの映画について語ることが可能だろう。
事実、MEETIA誌上でもすでにそうした視点から批評が書かれている。
RADWIMPSと新海誠に語られる「恋愛の距離」~映画『君の名は。』に寄せて
だが、実をいうと、新海誠が自身のアニメーション作品における「音楽の存在感」を強調したのは、『君の名は。』が初めてではない。驚くべきことに、デビューする何年も前から、音楽を映像作品にとってその半身のようにかけがえのない存在として彼は考えていたようなのだ。
「1997年の暮れに2週間ほどで」作ったという処女作『遠い世界』について、彼はこう述べている。
AfterEffectsメインで何かアニメーションをつくろうと思い、当時から最も興味のあった曲と映像との同期をテーマに作成しました。
http://www2.odn.ne.jp/~ccs50140/world/index.html
「曲と映像との同期」、すなわち音楽と映像とのシンクロに「当時から最も興味のあった」彼は、自身の処女作のなかで、エリック・サティの作曲した物憂げな『ジムノペディ』を劇伴として使用することで、愁いを帯びた情感を画面に立ち上がらせようとしている。
こうして音楽と映像とのシンクロを初めてのアニメーション作品ですでに試みていた新海誠は、その後もずっと――『君の名は。』にいたるまで、ずっと――同じテーマを追求してきたのではないか。
本稿の目的は、そのことを例証するために、彼の初期作品における「曲と映像との同期」を明らかにすることである。
今回は特に『ほしのこえ』にしぼって見てみよう。
▼2002年『ほしのこえ』
新海誠の事実上のデビュー作が『ほしのこえ』だ。
(新海誠『ほしのこえ』。磨かれる前の原石の魅力に満ちた作品だ。)
「携帯メールをモチーフとした、宇宙と地上にわかたれた少年と少女の超遠距離恋愛のお話」と監督本人が説明している『ほしのこえ』は、彼が当時勤めていたゲーム会社を辞め、たった1人で7ヶ月かけて作った25分の短編アニメーションである。
さて、本題に入ろう。
通常アニメーション制作では、絵コンテを起点に、レイアウト、作画、背景等々のパートへ作業が分かれてゆく。絵コンテには動きのタイミングの指示や、カットごとの秒数などが書きこまれているのが普通で、それはいわば映画の設計図の役割を果たしている。
「ひとりで作った」ことが話題になった『ほしのこえ』でも、その基本構造は変わらない。しかし、『ほしのこえ』の絵コンテには、タイミングや秒数の具体的な指示が少ない。個人制作であるため、そもそもアニメーターに動きを指示する必要がないからだ。
そのかわり、『ほしのこえ』には絵コンテとはべつに動画コンテ(コンテムービー)と呼ばれるものが存在する。(※1)
『ほしのこえ』の絵コンテに付された新海誠自身の解説によれば、彼が自らすべての台詞を吹きこみ、「こういう風に息継ぎして欲しいというような指示」を声優に出していたという。(※2)
また、絵コンテをすべてパソコンにスキャンしたうえで、そこで映像とエフェクトと音声とを自由に編集し、最後に『ほしのこえ』の作曲を担当した天門に「ここは盛り上がって、ここは静かになって……みたいに指示を出して」いったという。(※3)
個人制作という制約から、そしてその制作方法から窺われる、キャラクターの動きよりも音楽を(結果的に)重視する姿勢は、『ほしのこえ』の後すぐにおこなわれた『広告批評』という雑誌のインタビューのなかで、非常に明確な言葉で裏付けられている。
新海 人に伝えるための絵コンテではないんです。自分のイメージを固めるためのもので。頭の中にぼんやりとしたイメージはあるけれど、さすがにいきなりディスプレイに向かって描けないですから。
編集部 タイミングなんかも全部頭の中に?
新海 そうですね。だからコンテには秒数も描いてない。あくまでカット数、全行程をはっきりさせるための目安であり、イメージをはっきりさせるためのものです。僕は当初から音楽を重視していて、音と映像を完璧にマッチングさせたかった。だから絵コンテをつなげたコンテムービーを最初に作って、厳密にタイミングを決めて、音楽の人にこれに曲をつけてくださいって頼んだんです。 (※4)
「音と映像を完璧にマッチングさせたかった」と自身の理想を語る一方で、彼は動画に対してはそれほどこだわりを見せない。ゲーム会社に勤務し、アニメーター経験がなく、「動画も描けない」と自覚していた彼は、「なるべく動きは派手にしないで」、「省略できるところは省略してしまおうと考えた」というのだ。(※5)
要するに、キャラクターの動き(作画)そのもののダイナミズムに比べ、音や音楽を映像にシンクロさせることのほうを新海誠は重視しているのである。
また、彼は具体的なシーンを挙げながら、そこでの音楽と映像のシンクロに殊のほか思い入れがあったことを証言している。同じインタビューのなかで、「作って気持ちがよかった」部分として、彼はこう答えている。
作って気持ちがよかったのは、音楽とセリフと作った映像を合わせて、想像していたとおりの感覚が出せたところですね。例えばメールが届くシーンで、花びらが舞って、その花びらに合わせてカメラが動いて、で、カメラが止まったところで携帯のメール受信音が鳴る。一連の動きの流れは頭の中でハッキリとしたイメージがあって、それに近い形の映像になったときは、自分で見ても気持ちがいい。(※6)
音楽・セリフ・映像がピタリと一致するタイミングに彼がこだわっていたことが分かる。
作品のなかには他にも「音と映像を完璧にマッチングさせたかった」と語る彼の意図が随所にあらわれている。それが最も際立っているシーンは、ノボルとミカコの最後のセリフの掛けあわせだろう。
広大な宇宙空間を舞台に縦横無尽に戦闘が繰り広げられている。そこへ主題歌「THROUGH THE YEARS AND FAR AWAY(HELLO, LITTLE STAR)」の美しく透きとおる歌が重ねられる。そして、さらにその上に、少年と少女の内省的な、それでいて声の届かない相手に呼びかけようとする、切実な声が交互に聞こえてくる。
大胆なアクションをバックに抑制されたセリフを響かせるという、この対照的な「マッチング」は明らかに狙いすまされた演出の成果である。新海誠は絵コンテのなかでこう解説している。
作品の最後は男の子と女の子のカットが畳み掛けるように交互に重なっていき、ラストでぴったり重なる演出は頭にありました。(※7)
その「ぴったり重なる演出」を、映像や音楽がさらに引き立てているのだ。
『ほしのこえ』の制作方法、目指すべき理想、実際の演出――これらすべてが「音楽と映像とのシンクロ」を志向する新海誠の姿勢を支えている。
そしてその傾向は、次作『雲のむこう、約束の場所』でいよいよ先鋭化することになる。
本稿ではもはやその経過をたどることはできないが、この一貫した流れをさらに追ってゆけば、その先には『君の名は。』が見えてくるはずだ。
(新海誠『雲のむこう、約束の場所』予告。)
(※1)動画コンテ」という名称には、本稿で言及しているかぎりでも、「コンテムービー」や「ビデオコンテ」といった異称が併存している。最近の映画製作全般においては、「アニマティック」と呼ばれるほうが普通。
(※2)新海誠『DVD BOOK ほしのこえ』徳間書店、2003年、17頁。ちなみに、声優を務めたのは、普段は中学校の保健室の先生をしているという篠原美香と、新海誠自身。武藤寿美と鈴木千尋というプロの声優を用いたバージョンもある。
(※3)同前書。
(※4)『広告批評』260号、2002年5月、69-70頁。
(※5)同前書、68頁。
(※6)同前書、70頁。
(※7)新海誠『DVD BOOK ほしのこえ』、68頁。
新海誠(しんかいまこと):
アニメーション監督。2016年公開の『君の名は。』が大ヒット。他の代表作に『ほしのこえ』、『雲のむこう、約束の場所』、『秒速5センチメートル』、『星を追う子ども』、『言の葉の庭』など。
RADWIMPS(らっどうぃんぷす)
野田洋次郎(Vo.&Gt.&Pf.)、桑原彰(Gt.)、武田祐介(Ba.)、山口智(Dr.)からなるロックバンド。2003年1srアルバム『RADWIMPS』リリース。シングル『ふたりごと』などで人気を集め、2016年映画『君の名は。』の音楽全般を担当した。『前前前世』『スパークル』や、映画監督の山戸結希がMVを担当した『光』などを収録したアルバム『人間開花』が絶賛発売中。
Text_HIROYUKI OZAWA
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