今年2016年9月にリリースされた、宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』。
その中の1曲、『二時間だけのバカンス』で椎名林檎が共演したことは記憶に新しい。
(宇多田ヒカル『二時間だけのバカンス』feat. 椎名林檎。東芝EMIガールズ再び!)
椎名と宇多田のデュエットは、椎名のカバーアルバム『唄ひ手冥利〜其の壱〜』(2002)収録の『I Won’t Last a day without You』以来14年ぶり。嬉しい共演に興奮を隠しきれなかったファンも多かったことだろう。
椎名林檎といえば、その独自のメロディと歌詞、そしてあらゆる演出で確固たる世界観を構築してきたといっても過言ではない。
ライブのエンドロールでは「自作自演 椎名林檎」と明記するほど、その世界は1から10まで彼女自身によって作られている。
独自の世界を築いている椎名ではあるが、一方で、数多くの共演やコラボも果たしている。ヒップホップユニット・マボロシの坂間大介(Mummy-D)や、ジャズバンド・SOIL&”PIMP”SESSIONSとの共演などは、椎名ファンの間ではお馴染みだ。
椎名の世界に第三者が加わることで、異なる彩りの世界が覗ける。
椎名独自の世界観を愛するファンであっても、共演やコラボはまた違った楽しみ方ができるものである。
そんな椎名のまた異なる一面を覗ける作品、コンピレーションアルバム『浮き名』(2013)をご存知だろうか?
デビュー15周年の折りに発売された本作、デビュー以来、椎名が客演として参加した他アーティストの楽曲を、椎名自らが編纂しているのだ。
普段の椎名の楽曲とはまったく異なる性質であるにもかかわらず、椎名の声はどの曲にも違和感なく溶け込んでいる。参加している楽曲のレベルの高さも当然のことながら、その世界観をあくまで尊重する歌手としての椎名の潜在能力の高さ、そしてアーティストや曲に対する椎名のリスペクトが窺えること請け合いだ。
収録曲は、富田ラボとのコラボである『やさしい哲学』や、アメリカンポップスの巨匠・バート・バカラック提供の『IT WAS YOU』など珠玉の名曲揃い。
そんな中、客演としての椎名の魅力を考えたときに外せないのが、TOWA TEI作詞作曲の『APPLE』(2013)。
くり返し出てくる「APPLE」の歌詞が印象深い1曲だ。椎名のために書き下ろされたと言ってもいい本曲(りんごだけに)、椎名の歌い手としての実力が最大限に発揮されている。
本作初回限定版に収録のインタビューで、「最初は少し理解に苦しんだ」と椎名は語っているが、そんなことはまったく窺えない仕上がりになっており、普段の椎名の曲ではあまり見られない、単語一語一語の印象が強い歌詞を見事に歌い上げている。
例えば、同じく2013年リリースの椎名の楽曲『いろはにほへと』を見てみよう。
出だしのワンフレーズの歌詞は「青い空よなぜ雲をかかえて走っていく」と流れるような文章になっており、椎名の楽曲では馴染み深いものだ。
(テレビドラマ『鴨、京都へ行く。-老舗旅館の女将日記-』の主題歌にもなった『いろはにほへと』)
一方、前述の『APPLE』の出だしのワンフレーズは「あふれでる なみだ」のみ。
詩的な歌詞で、受ける印象はまったく異なるだろう。
(TOWA TEI『APPLE』feat. 椎名林檎。椎名、TEIいずれのディスコグラフィーにおいても異彩を放つ一曲。)
また本作には、去る11月9日からオンエア中のダイハツの新型車『Thor(トール)』のテレビCMに起用された1曲、池田貴史のプロジェクトであるレキシの『キラキラ武士』(2011)も収録されている。
この楽曲に、椎名は池田から仲間の証として授けられた「レキシネーム」である『Deyonna』名義で参加、絶妙なコーラスを添えている。
(レキシ『キラキラ武士』feat. 椎名林檎。サビの「キラキラ武士」を「kill a kill a pussy」と掛けているんだとか。)
本曲では、椎名が参加している、という前提知識がなければなかなかそのことに気がつけないほどに「椎名林檎」の色は控えめだ。
楽曲の持つ雰囲気や世界観を尊重し、歌い手に撤する姿勢が見て取れる。
楽曲の作り手としてだけではない椎名の実績をまとめた1枚である『浮き名』だが、様々なアーティストとの共演が椎名の楽曲世界をより一層懐の深いものにしたことは、以後発売された作品に如実に現れているだろう。
翌2014年発売のセルフ・カバーアルバム『逆輸入 〜港湾局〜』では、自らが他アーティストに提供した楽曲をタイトルのごとく逆輸入し、多彩なアレンジのうえ収録している。
そして、リオデジャネイロ・オリンピック閉会式で採用された楽曲を含む同年のアルバム『日出処』の完成度は言わずもがな。
今後もきっと、予想もしない世界を覗かせてくれることだろう。
客演という、普段とは異なる形式でも遺憾なく発揮される椎名の魅力。
今後の椎名の可能性をも垣間見られる本作、十二分に堪能してみてはいかがだろうか。
(こちらは中田ヤスタカ編曲の『熱愛発覚中』MV。セクシーな黒いドレスの椎名が、カンフーパパラッチを次々と蹴散らす!?)
『浮き名』(うきな):
これまでに客演した他アーティストの作品より、椎名林檎自らが編纂したコンピレーションアルバム。
椎名林檎(しいなりんご):
音楽家。1998年デビュー。『無罪モラトリアム』、『勝訴ストリップ』がミリオンセラーを記録。映画「さくらん」、舞台「エッグ」「三人吉三」の音楽制作、TVドラマ「カーネーション」「ATARU」「○○妻」他主題歌を手掛けるなど多角的に活躍。アーティストへの楽曲提供/プロデュースも行なっている。デビューから一貫して最前線で活躍し、2016年も、宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』への参加やリオ五輪閉会式の音楽総監督を務めるなど、精力的な活動を続ける。日本を代表する音楽家の一人。
Text_Madoka Harumi
Edit_Sotaro Yamada
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