かれこれ10年くらい前の話になるかもしれない。
当時大学生だった私は男友だちとふたりっきりでカラオケにきたとき、その友だちは時間終了ギリギリになってRADWIMPSの『ふたりごと』を入れた。私がかわいい女の子だったらロマンチックが止まらなかったかもしれないが、あいにく私はネクラ系男子、なんとも居心地が悪くなっておもわずケツの穴をキュッと閉じた。あまり邦ロックというものを聴かなかった私だけれども、『ふたりごと』の歌詞はこのとき強烈に印象づけられた。
六星占術だろうと大殺界だろうと
俺が木星人で君が火星人だろうと
君が言い張っても
俺は地球人だよ いや、でも仮に木星人でも
たかが隣の星だろ?
一生で一度のワープをここで使うよ
(RADWIMPS,『ふたりごと』より)
君と僕の距離を天文学的な距離として、それを一瞬にして飛び越えて「恋」を力強く歌っていて、およそ10年の時が過ぎたいまでも、私のなかで響いている。
2016年8月26日、新海誠監督の新作映画『君の名は。』の公開がはじまった。
日本アニメーションの将来を担うだろうと世界的に高い評価を得ている新海誠監督の作品には、一貫して「青少年の恋愛」というモチーフが使われている。恋をする「君」と「僕」は、ときにはるかな宇宙や時間に距離を隔てられながら、感情をつのらせていく。
この「君と僕の距離」という共通点を持ったRADWIMPSが本作の音楽を担当している。
作中で流れるかれらの楽曲は『前前前世』『スパークル』『夢灯篭』『なんでもないや』の4曲。どの楽曲も恋愛を中心に世界を見たときに現れる「時間」や「空間」といった距離を、飛び越えようとしていて、音楽は聴いてしまったら消えてしまうはずなのに、その残響は鳴り止むことはない。彼らの音楽について、新海誠監督はこのように語っている。
僕は毎回作品を作るに当たって、観終わった後に何か大きな詩を聴いた、今まで知らなかった音楽を聴いたと思えるようなものを作りたいという思いがあるんです。劇場を出た後も、その反響が胸に残り続けるような。そういう意味では、RADWIMPSは本当に音楽ひとつでそれができてしまっている方たちなんですよね。
(映画『君の名は。』パンフレット p19 より)
集大成と言われる本作では、新海誠監督の過去作を自身でオマージュしながらふたりの高校生の恋愛が描かれている。田舎と都会の対比は『秒速五センチメートル』、携帯電話を使ったコミュニケーションは『ほしのこえ』、ふるいことばを物語の鍵とする構成は『言の葉の庭』をおもい起こさせる。そしてその過去の作品から受け継いだ記憶は、様々なかたちで恋するふたりに立ちはだかる「距離」となり、物語は時間を超えて壮大に語られる。
過去と今が出会うような本作の特徴を象徴している楽曲が、オープニング曲となる『前前前世』だ。
映画『君の名は。』のなかでこの曲が歌われることで、新海誠作品にとっての前世である過去作たちが彗星のように目の前に現れる。
素朴になつかしい感じがする。
しかし、その「なつかしい感じ」は新海誠作品をはじめて観るひとにも感じられるのではないだろうか?
何億 何光年分の物語を語りに来たんだよ
(RADWIMPS,『前前前世』より)
アニメの音楽の鬼才たちが手をとってできあがったこの映画では、目の前のスクリーンで繰り広げられる瀧と三葉の恋愛だけが語られているのではない。
この「君」と「僕」の物語は、観るひとすべてにとっての鏡になって、決して語られることのなかった一人ひとりの過去の恋愛を映し出す。
銀河何個分かの 果てに出逢えた
その手を壊さずに どう握ったならいい?
(RADWIMPS,「前前前世」より)
これまで忘れていた、あるいはまだ知らない、そんな感情が作中でやってくる彗星のようにRADWIMPSの音楽に乗って美しく無数に降り注ぐ。
文:若布酒まちゃひこ(https://twitter.com/macha_hiko)
ブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』
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