〜 『二十億光年の孤独』谷川俊太郎とトム少佐。詩を詠む。〜 ブックコラム3
詩、ポエム。
さて、我々が感傷的に、あるいは甘酸っぱい個人的なエピソードをSNSなどで綴るときに、誰かはそれを「ポエム」と言いいまして、この時の「ポエム」はなんだか嘲笑的で、コメント欄に書かれることではなく、オフレコで呟かれることだったりします。要は青臭いのでしょうか。
はい。ポエム。詩。
今日の僕らはどこでもネットに繋がり、わからないことはネットに尋ね、そして知ったような気になってネットで拾った借り物のコトバでコミュニケイトしています(自戒も込めて)。そして「わからない」という事を自分の引き出しに入れておく事が出来なくなっているのかもしれません。「わからない」はストレスであり、直ちに手のひらの上で、つまりスマホと呼ばれる文明によって解決されるべき事であって、何でも「わかる」事が大前提なのかもしれません。
話を詩に戻すと、詩は基本的に「わからない」ものと言えます。どうしてそんなことが言えるのかというと、いわゆる詩集というやつには説明がありません。あとがきはあっても一編一編を解説することはなく、だから無力な読者としての我々は、そこにある文字を追い、そこにある文字列を読み、時に行間や余白を読もうと試みながら、その詩の世界に身を委ねるしかありません。
現代人のネガティブな視点としては「手間がかかる上に、結局何が言いたいの?」となり、ポジティブな視点としては「読めば読むほど、印象は変わり、何度読んでも終わりがない」と、北極と南極くらい違いがあるようで、ないような。そう結局「わかる」と「わからない」の間を行ったり来たりするしかないようです。
さて、ここに一編の詩があります。詩人、谷川俊太郎さんの処女詩集『二十億光年の孤独』に収められた表題作です。
『二十億光年の孤独』
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ万有引力とは
ひき合う孤独の力である宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした
前途のとおり、この詩に対する解説をするつもりは毛頭ありません。
とはいえ、小さな驚きと閃きとおかしみを感じさせる、どこか楽しそうな孤独で、なんだか優しい。荒井由美よりもおそらく(あの曲は好きだけど)。
小さい頃に神様がいたかどうかは置いといて、谷川俊太郎さんがこの本を出版したのは二十歳の頃だそうです。文学や芸術に年齢の問題を持ち出すのはいささかフェアではないかもしれませんが、嫉妬を通り越し礼讃するほかありません。この表題作の他にも、イマジネーションのスイッチの入る『絵』や、日常の風景を尊い視点から描いた『電車での素朴な演説』、そして『宿題』のように遊び心の溢れるものなど、ページをめぐる度に、あらたな世界、あるいは世界の見方を示してくれます。
詩集というのも本来なら、アイドルのグラビア・ページでも見ながら、「どの娘がいい?」とか男子諸君がやってる具合に、詩集を読みあって、「どの詩がいい?」なんてやってしまうのも、それはそれでカッコイイのではないかと思います。決して堅苦しいものでなく、芸術として遠ざけるでもなく、自由にそこにあるコトバと戯れるくらいがちょうどいいのかもしれません。
そんな風に詩と出会い、それを楽しむ時間を一度試してみてはいいかがでしょう。ほら、いいでしょ?って簡単にはならないかもしれないけど、貴方の中のポエジー(詩情)がまるで焚火の種火のように、わずかでも小さな灯りとなればこれ幸い。そしていつか強い風が吹いたとき、大きな炎となる日が来るかもしれません。
さて、今回もミュージックの話題であります。
この詩集の作者・谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」と勝手に紐づいて思い出す曲があります。昨年永眠し、現在品川の寺田倉庫で大回顧展「DAVID BOWIE is」も開催されているデヴィッド・ボウイです。
彼の初期の名曲と言える『Space Oddity』の場合は、宇宙へ飛び立ち、英雄となりながらそこを彷徨う運命となったトム少佐を歌ったものです。そんなトム少佐の孤独は二十億光年でも足りないかも知れませんが、この曲を聴いていると宇宙のこと、あるいは地球から恐ろしく遠く離れたところのことを想像せずにはいられません。それがどんな場所で、そこに浮んでいるのはどんな心境なのか。そういう意味ではこの曲にはポエジーがあります。トム少佐を通して宇宙を旅し、孤独を味わうことになります。
David Bowie – Space Oddity [OFFICIAL VIDEO]
余談ですがボウイは、1968年に公開されたスタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』原題:2001: A Space Odyssey からインスパイアされてこの曲を作ったとか。確かにタイトルも『Space Oddity』 と似せてますね。ちなみにこのOddityは直訳すると「奇妙な事柄」とか「風変わりな」と出てきます。それをドンドン深読みしていくと、違った曲に聞こえなくもないというか、それはそれでまた別の話。
引き続き皆さんが良い本と、良い音楽に出会えますように。チャオ。
谷川俊太郎
たにかわ・しゅんたろう/1931年東京生まれ。詩人。
1952年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。 1962年「月火水木金土日の歌」で第四回日本レコード大賞作詞賞、 1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、 1982年『日々の地図』で第34回読売文学賞、 1993年『世間知ラズ』で第1回萩原朔太郎賞、 2010年『トロムソコラージュ』で第1回鮎川信夫賞など、受賞・著書多数。 詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。 近年では、詩を釣るiPhoneアプリ『谷川』や、 郵便で詩を送る『ポエメール』など、 詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。
デヴィッド・ボウイ(David Bowie, 本名 David Robert Haywood Jones)
1947年1月8日 – 2016年1月10日
イギリスのマルチ・ミュージシャンであり、俳優としても長いキャリアを持つ。2000年、雑誌『NME』がミュージシャンを対象に行ったアンケートでは、「史上最も影響力のあるアーティスト」に選ばれた。
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