伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』
〜イサカの物語は、ディランの風に吹かれて、転がる石のように、どんでん返す〜
少しだけ前の話になりますが、 ボブ・ディランにノーベル文学賞が授与されるというニュースは世間でも大きな話題となりましたね。特にこの国では毎年ボージョレ・ヌーボーのように騒がれる村上春樹氏が獲るのか、獲らないのかと盛り上がってた矢先の、まさかのディランですから。まさに大どんでん返し。「ボブ・ディランは文学か?」などと、いろいろと賛否の分かれる結果でしたが、皆さんの印象はいかがだったでしょうか。
というわけで、今回はボブ・ディランです、という流れですが(もちろんそういうわけにもいきません)、今回ご紹介する本は伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』です。なぜ、そうなるか?もちろん読めばお分かりになると思います。そして聴きたくなると思います、ディランが。
『アヒルと鴨のコインロッカー』は、
2003年に刊行された伊坂幸太郎の小説。2007年に映画化され、2016年に舞台化作品も上演された人気作品です。
大学進学のため、引っ越してきた仙台のアパートで偶然出会った謎の青年に「広辞苑を盗むために、本屋を襲う」というシュールな計画に巻き込まれる椎名という学生の”現在”の物語と、好色男子の河崎と、ブータン人のドルジ、ペットショップの麗子さんたちとの交流と、運悪くペットの惨殺現場に出くわしてしまい、犯人からの襲撃を交わしながら、逆にその犯人たちを捕まえようとする正義感溢れる琴美という女性の”2年前”の物語が同時進行する、カットバック形式の小説です。
分類としてはミステリになるのかもしれませんが、登場人物たちの交わす会話は時折ユーモラスで笑いを誘い、そして青春群像劇的な側面もあり、何よりも伊坂幸太郎の真骨頂とも言える、前半にバラまいた種を終盤で一気に回収し、「なるほど、そうか」と膝を打つ場面もあります。タイムラグのある2つの物語は少しずつ核心に近づくようにクロスしていき、そしてこの物語のクライマックスはネタバレになるので口を結びますが、まさに大、どんでん返し。その衝撃は1965年のニューポート・フォーク・フェスでエレキギターを持ったボブ・ディランを目にした観客くらいの驚きでありましょう。※1
さて、なぜ、ディランか。
それはこの物語を読むと、何度となく彼の名や曲が出てきます。主人公の椎名が「本屋を襲う」ことに誘う青年と出会ったとき、彼が口にしていた曲であり、実際に本屋を襲っている時に、なぜか歌わなくてはならなかったのが、ディランの初期の代表曲『風に吹かれて』だからです。他にも重要なシーンで名曲中の名曲『ライク・ア・ローリング・ストーン』が使われたりしてます。つまり、そんなこんなで、この小説を読んでいるとディランが聞きたくなります。聞かずにはいられません。語弊はありますが、耳が渇いてきます。
そうやって、文学に触れている最中に音楽に出会うというのは、とても素敵な出会いであり、その結びつきによって、ほかでは得られないはエクスピリエンスを与えてくれます。本を読んでいる時は想像力を働かせてその音楽に想いを馳せたり、実際に音楽を聞いた時には物語を回想したりと、それらはとても贅沢な作用と言えるのではないでしょうか。
さて話は戻ってボブ・ディラン。
なぜ、彼にノーベル文学賞が贈られることになったのか、それはノーベルさんにも分からないことかもしれませんが、ディランの『風に吹かれて』を聞くと、あるいはこの曲の背景を調べるとなんとなく見えてきます。彼は60年代の公民権運動(アメリカで黒人が人種差別の解消を求めて行った大衆運動)に音楽でもってその運動に貢献したと言われています。その歌詞を抜粋すると、
どれだけ道を歩いたら人として認められるのか?
いくつの海を越えたら白いハトは砂地で安らぐことができるのか?
何回弾丸の雨が降ったなら武器は永遠に禁止されるのか?
その答えは、友よ風に吹かれている 答えは風に吹かれている
How many roads must a man walk down
Before you call him a man
How many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand
Yes, ‘n’ how many times must the cannon balls fly
Before they’re forever banned
The answer, my friend, is blowin’ in the wind
The answer is blowin’ in the wind『Blowin’ in the Wind』Written by Bob Dylan
とあります。
人としてまっとうな権利を訴えてデモ行進をする黒人たちにディランはパワーを与えたのですね。彼らはこの歌を口ずさみ、時には合唱したのかもしれません。もちろんディランの力だけによるものではないですが、マーティン・ルーサー・キング牧師らの尽力により、この運動は黒人に選挙権などの勝利をもたらし、20世紀アメリカでの人種差別のターニングポイントとなったようです。
というわけで、更にディランを聞きたくなった方は聞いてください。ボブ・ディランの『風に吹かれて』。
余談ですが、この曲は我らが忌野清志郎さんのRCサクセションがカバーもしています。
そして、これも聞いておきたい、ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』。
※1 ニューポート・フォーク・フェスにエレクトリック・ギターを持って登場した出演したディランは、当時はフォーク・ミュージック界の寵児であったにもかかわらず、アコースティック・ギターを持たずにバンド編成でロック・サウンドを演奏する事に驚き、憤慨したファンから大ブーイングを浴びました。上記の動画はそれに近しい状況(イギリスのロイヤル・アルバート・ホールでのLiveだと思いますが、観客から「ユダ!(裏切り者)」という罵声浴びる状況の中で歌った『Like a Rolling Stone』です。
How does it feel?
どんな気分ですか?上流階級に属していた女性の転落を描いたこの曲は、それまで大衆的でエンタテインメント性の強かったロック・ミュージックが、この曲を境に、反体制的な社会批評性と強いメッセージ性を含んだ、より力強い音楽へと変わっていく足がかりとなったそうです。そして発売から50年以上経った現在でも、ロック史上最も重要な曲という評価を受け、世界を変えた曲として、多くの人に愛されています。
どんな感じですか?なんとなく、ディランにノーベル平和賞をあげようとした人たちの気分がわかりましたでしょうか?僕にはなんとなくわかるような気がします。
引き続き皆さんが良い本と、良い音楽に出会えますように。チャオ。
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