村上春樹「ファミリー・アフェア」
~帰納法とスライ&ザ・ファミリー・ストーン~
「本を読む」と言っても様々な読み方や目的・用途がありますが、小説を読むうえでも短編と長編では気分や環境によって使い分けたい僕です。レコードでいうEPとLP以上の違いがあり、食事でいうとファーストフードとフレンチ・レストランのフル・コースくらいの開きはある。のではないかと思ってます。そして長編には長編の短編には短編の楽しみ方や面白さがあるのは言うまでもないでしょう。
ちょっとした移動時間や、カフェなんかでパラっとページをめくるには短編小説がおすすめです。物語の世界へショート・トリップすることで、日常と非日常の瞬間移動が楽しめます。同じ場所にいながら、読む前と読んだ後ではちょっとだけ何かが違うような、そんな違和感をお楽しみください。
2月末に新作『騎士団長殺し(長編小説)』の発売が待ち遠しい村上春樹さんも多くの短編小説を発表しています。最近では恋人やパートナーのいない男性たちを描いた『女のいない男たち』が記憶に新しい短編集ですが、比較的初期に発表された短編小説を、村上主義者の僕からオススメさせてください。
『ファミリー・アフェア』は1986年に文藝春秋より発売された『パン屋再襲撃』に収録されています。
親元を離れて東京で暮らす兄妹のなんでもない日常の一コマを描いた、タイトルの通り「家庭内の問題」の話です。主人公の兄はガールフレンドたちと都会的な交際をエンジョイし、妹は婚約者と結婚へまっしぐら。そんな二人の関係性が「妹の結婚」という”アフェア”によって微妙に変化し、暗礁に乗り上げ、そしてまたあるべき方向に向かうのか、向かわないのか。
80年代の都会的なムードと、主人公の洒脱で皮肉たっぷりの言動がユーモラスで魅力的なのですが、時折覗かせる公正な態度、人間性がこの物語をサウナあがりの水風呂のようにピシっと締めてくれます。大した事は何も起こらない物語で、小さな変化を楽しめる。少なくとも僕の中ではツイードジャケットの内ポケットに入れっ放しになっている好きな女の子から借りたハンカチのような作品です。
話は変わって、読書における知らない漢字や言葉との出会いは「ケガの功名」とも言える良い機会です。没頭した物語の主人公の語る言葉を、読後の私生活で引用した経験は皆さんにもあるかもしれません。僕なんか今でも”しょっちゅう”です。僕がこの「ファミリー・アフェア」を初めて読んだとき、「帰納法」という言葉に引っかかりました。妹の婚約者の渡辺昇が主人公の壊れたステレオアンプを修理しているときに用いたのが帰納法でした。はっきり言って、なんでもないシーンです。不思議な事ですが、自分が好きな本や心に残った本で出会った言葉たちは不思議なくらい憶えているものです。意外とそんな言葉たちにいつかどこかで助けられたりするのが読書のおもしろい副産物だったりします。
更に話はミュージックに変わって、村上春樹の本や物語のタイトルはロックやジャズのナンバーから引用される事が多いのは皆さんもご存知だと思います。代表作『ノルウェイの森』は言うまでもなくビートルズの隠れた名曲です。そしてこの「ファミリー・アフェア」も定かではありませんが、60~70年代に活躍したアメリカのファンクバンド、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「Family Affair」と同じなのは偶然でしょうか。他の村上作品にも同バンドの名前が登場することがあるところを加味すると、ただの偶然ではないかと思います。というのを『帰納法』的に導いてみました。
余談ですが、「It’s a family affair (それは家族の問題さ)」というリフレインが印象的な軽快なナンバーですが、歌詞は結構シリアスだったりします。イギー・ポップやポール・ウェーラーもカヴァーした名曲です。機会があれば聞いてみてください。
引き続き皆さんが良い本と、良い音楽に出会えますように。
チャオ。
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