渡辺美里のニュー・アルバム『ID』は、今年で彼女がデビュー35周年イヤーに突入し、また通算20枚目のオリジナル・アルバムでもあるという、節目にあたる作品だ。作家陣に桜井秀俊(真心ブラザーズ)、西寺郷太(ノーナ・リーヴス)、多保孝一(元Superfly)、大江千里など、個性的でフレッシュな顔ぶれが参加。ハードなロック、グルーヴィーなソウル、やさしいフォーク・タッチなど多彩な曲が並び、それに対して彼女はパワフルなシャウトであったり、聴き手を包み込むようなやさしい歌声だったりと、いっそう奥深さを増したヴォーカルを聴かせている。これまでの経験と新たな魅力を同時に示してみせたような、重い手ごたえのあるアルバムだ。このインタビューも、今の充実ぶりが伝わってくるものとなった。
Interview&Text_Mamoru Koyama
Edit_Fumika Ogura
守りに入ることなく、自分自身でワクワクしたい
――今回の『ID』は、作家陣やミュージシャンの方の顔ぶれがすごく新鮮ですよね。前作の『オーディナリー・ライフ』もやはり驚かされるような方たちが参加されていましたが、今回はそれ以上にフレッシュな印象がありますね。
渡辺 : 自分の中で、この人と組んだらおもしろいものができるかもっていう、触覚というか感覚みたいなものがあるんです。いつもクリエイティヴな状況の中で生きていきたいと思っているので、音が共鳴し合ってさらに響き合えるかも、という人と今回も出会えましたね。今回は35周年で20枚目のアルバムという、数字的にはいい節目のタイミングだったので、また新たな人選にしたいなと思いました。アルバム全体の人選で言うと、前作の時にプロデューサーの本間昭光(音楽プロデューサーとして渡辺美里はじめ、様々なアーティストの音楽を手がける)さんに1曲編曲をお願いしていたんですけど、音選びとかアレンジのパワーが好きで、相性がすごくよかったんです。あと去年、一昨年とツアーでバンド・リーダーをやってもらっている奥野真哉(キーボーディスト。バンド ソウル・フラワー・ユニオンに所属)さん。この二人をそれぞれ振り分けて編曲やアレンジをお願いしたのが、自分の中ではうまくいったかなと思います。
――こういうアルバムにしたい、というイメージのようなものはあったんですか?
渡辺 : 自分自身でワクワクしたいっていうのと、こういう風に自分がステージで歌っているだろうなって思えるようなアルバム。守りに入ることなく、グッとギアが入るようなアルバムを作りたい、というのは思っていました。
「今回は自分でも何度も聴きたくなるんです」
――まず1曲目の「Ready Steady Go!」が、豪快なギター・リフが炸裂するハードなロックで、最初から絶大なインパクトがありますね。
渡辺 : 佐藤タイジさんがギターを担当してくれています。本当に豪快な演奏で、例えるなら、顔で弾いているのかってくらい勢いがある感じのプレイ(笑)。この曲や「IT’S ALL RIGHT!」、「ラブ&パンチ!」は奥野真哉さんの編曲なんですが、奥野さん自身がバンドでやってきているので、私が今までやってきた方たちとはまた違う仲間なんです。もし私がソロ・ヴォーカリストではなくてバンドの一員だったら、こういう音作りをしていくんだろうなって思いました。自分に一番しっくりくる、自分にフィットしているサウンドだと思っています。
――自身にとって自然な形ということですか?
渡辺 : そうですね。どこにも力が入っていなくて、すごくありのままな感じです。
――サウンドもヴォーカルもヌケが良くて、開放感がすごくありますよね。
渡辺 : 自然に歌えて、作りたいものを自然に生み出すことができたので、こんなに楽しいんだろうなと思います。不思議と自分でも何度も聴きたくなるんですよね。
――そういう何度も聴きたくなるって、今まではなかったことなんですか?
渡辺 : 日常で、自分の作った音楽を家でヘビーローテーションしてますっていうほど、自分好きではないですね(笑)。でも今回のアルバムは流れがすごく気持ちいいからなのか、珍しくよく家でもリピートして聴いています。全曲聞き終わると、もう一回聴こうっていう気持ちになるんです。今までのアルバムの中では何度も聴いているものだと思いますね。
作家陣たちの愛にあふれた作品
――西寺郷太さんの「大きな愛の降る街で」は、すごくグルーヴィーでソウルフルなサウンドで、こういう曲を美里さんが歌うのはとても新鮮でした。
渡辺 : はじめて郷太さんの歌声を聴いた時に、この人は音楽を死ぬほど聴いてきて、自分たちの音楽にその全てを注ぎ込んでいる方なんだろうなっていう印象だったんです。そして、とってもハンサム・ヴォイス! 今回は彼らからしたら違う畑の人からのオファーだったと思われているかもしれないけど、おもしろい化学反応を起こすんじゃないかなと思ったんですよね。曲のタイプとしてはヘヴィ・ソウルみたいなイメージで、郷太さんのセンスの良さが加わって、ずっと聴いていたくなる曲なんです。とってもセンスのいいアーティストだなあと思っています。ご一緒できて嬉しかったです。
――元Superflyの多保孝一さんは「Ray of light」と「それでも夢見ずいられない」の2曲書かれていますが、どちらも厳かなメロディーのいい曲ですね。
渡辺 : 多保さんは、本間さんからのご提案で“多保くんが美里さんの曲を書いたらすごくいいと思うんですよね”っておっしゃるので、書いてもらったんです。歌のツボを見事に心得ていて、楽器の鳴りもすごく考えて、こだわって作ってきてくださったんだろうなって思って。1曲は私が歌詞を書いて、最初から「Ray of light」っていう言葉を書きたいと思っていたんです。暗闇の中にスーッと一筋の光が射す、というのが見えていたんですよね。もう1曲の「それでも夢見ずいられない」は自分の直感で、川村結花(シンガーソングライターであり、作詞家・作曲家)さんがいいって思って。それでお願いしたら、曲も川村さんが書いたんじゃないかって思うくらい見事に合って、才能がある人達がグッと引き合うという感じですね。
――「それでも夢見ずにはいられない」は、長い月日が経ったけどこれからもポジティヴに生きていくというような、今の美里さんでないと歌えない曲だと思うんですよね。これまでの美里さんって、夢とか希望とか勇気とか、聴き手の背中を押すような曲を歌ってきたと思うんですけど、その美里さんが、今こういう曲を歌うというのは、すごくリアルだし説得力があるし、グッとくるものがあります。
渡辺 : 曲の歌詞で夢とか希望とか勇気とかっていうのは、ひとつの記号みたいな形で使うことはありますけど、実際私の歌って、誰の背中も押したことがないし、歌詞でがんばれって言っていることもないんですよね。でも、そういう風に前向きになれるって言っていただけるのは、たぶん声質がもつ響きであったり、声の中に湿り気や温度があったりするからだと思うんです。川村さんは同い年でもあるし、すごく不思議なつながりを感じていて。青春真っ盛りって時ではない、それぞれの時間を重ねてきた今だからこその、「それでも夢見ずいられない」なんですよね。ティーンや20代だったら、夢見ずいられないって言ってもいいわけだけど、“それでも”夢見ずいられないっていうものを、彼女もシンガーソングライターとして、日々クリエイティヴな仕事に向かっていて、私も常にそういう人たちと接して、新しいものを発信していきたいと思っているから。そういう部分もすごく感じ取ってくれているんじゃないかなあって思います。
――この曲だけじゃなく、桜井秀俊さんの「ボクはここに」で“一歩ずつ青春は遠ざかるくせに”とか、最後の大江千里さんの「すきのその先へ」の“あっという間に時は流れて”とか、今の美里さんじゃないと歌えないような、リアルな言葉、というのが多いですよね。図らずかもしれないんですけど、全体として統一感があると思いました。
渡辺 : ほんとにその通りだと思います。「すきのその先へ」は、ディレクターが私の「すき」(1989年発表)が大好きで、“この曲のその後のストーリーが知りたい、っていう目線で千里さんに頼みたいんです”って言われて。「すき」は千里さんが曲を書いて私が詞を書いたんですけど、今回の歌詞は千里さんが書いた方がいいと思って。私自身がヴォーカリストとして年月を重ねてきたこと、そして千里さんがポップスの世界でやってきたこと、そして今ジャズ・ピアニストとしてやっていること、そういう音楽家としてのその先、ということも含めて書いてくれたと思うんですよ。そういう未来を見つめるっていうことを、桜井さんも千里さんも川村さんも、なにも注文は付けていないけど、それが出てくるんですよね。未来を託されているヴォーカリストのようで、とても誇らしいです。
――そう思うと、みなさんの美里さんへの愛情のようなものも感じますね。
渡辺 : そうですね。だからヴォーカリストとしては、みなさんからの直球の愛を、歌詞でもメロディーでも送ってもらったから、だから心地いいのかな。私って愛されている!みたいな(笑)。愛にあふれた作品になっていると思います。
渡辺美里のイメージを、軽やかに乗り越えたい
――全体として、35周年で20枚目のアルバムといっても、あまり集大成とかスペシャルな感じのしない、現状のありのままのアルバムっていう印象がありました。今の私はこういう感じです、っていう意思表示とも思えましたし。そのあたりはどう思いますか?
渡辺 : それがちゃんと伝わっているんだったら、良かったです。集大成ってみなさんどういう時に作るんですかね? まだ現役で活動していきたいし、考えたこともないですけど(笑)。
――じゃあこれからは、どういう歌い手になっていきたいと思いますか?
渡辺 : この人にこんな歌を歌ってもらいたいとか、僕の引き出しのこんな部分が絶対にいいと思いますとか、ワクワクしながら楽曲を一緒に作りたい、と思ってもらえるようなヴォーカリストでありたいと思います。そのためには、今まで35年でたくさんの曲があるので、そのイメージというのがあると思うんですけど、それを軽やかに、すいすいと乗り越えていけるようにしたいですね。“「My Revolution」の渡辺美里”、“「サマータイム ブルース」の渡辺美里”ってイメージで見る方もたくさんいると思うけど、いやいや今回のアルバムが一番好きなんで、っていうことですよね。そしてクリエイターの人達に、仕事を一緒にしたいって思ってもらえるようなヴォーカリストになりたいです。
渡辺美里
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