前作『THE LAST』の衝撃
これまで日本のポップミュージックに純度の高いファンクのエッセンスを注ぎ込み続けてきた、スガ シカオ。2012年には東京JAZZに出演し、その筋の重鎮Tower of Powerらと共演しました。この時歌われた「91時91分」には、間違いなくファンクの神髄がありました。日本人には日本人なりのフィジカルの使い方がある。そんなふうに思ったもんです。そして2013年には2枚組のベスト盤『BEST HIT!! SUGA SHIKAO』をリリースし、ますますアーティストとして進化を遂げてゆきました。
そこから更に自身の作家性を研ぎ澄ませ続けた結果、とんでもない作品が完成したのです。それが2016年に発表されたフルアルバム『THE LAST』。そこに羅列されていたのは、恐怖と狂気すら感じさせる音楽たちでした。
スガ シカオ×CLAMP – 「あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ」
たとえば「あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ」。イントロのビートとからして不穏な雰囲気を放ちますが、Aメロに入ると今度はシンセベースが入ってきて更にカオティックな印象になります。従来のファンクの方法論は散見されるものの、決して王道のそれではない。この曲だけがこの調子なのではなく、アルバム全編通して「ヤベェ」のです。Radioheadが『Ok Computer』の次に『Kid A』をリリースした時のような、“行き着いてしまった感”がありました。それはポジティブな質感だけでなく、不安や焦燥、苦悩などの、人間の暗部を伴ったものです。何しろ一発目から「ふるえる手」という、自身の実の父親(アルコール依存症に罹患)のことを歌った曲からスタートしますから。
ファンクの要素が薄くなったというのは、それこそ楽曲単位の話であって、アルバム全体を見渡すとやはりファンキーなのであります。「海賊と黒い海」、「おれ、やっぱ月に帰るわ」、「愛と幻想のレスポール」などは、どこを切ってもスガ シカオの曲です。その意味では、『THE LAST』は音楽的なアイデンティティを守りつつ、それでもギリギリを攻めた内容だと言えましょう。加えて自身の暗部を暴き切ったような歌詞を書いたのですから、そりゃあスターウォーズでいうところのフォースもドロドロになるわけです。ちなみに以下は、当時の彼がリリース時に出したコメントです。
J-POPになる前のスガ シカオ。この2度目のメジャーデビューアルバムは、そんなアルバムです。FUNKでもなく、ROCKでもなく、剥き出しのスガ シカオそのものなんです。1度目もそうだったけど、デビューの前だけに存在する、瞬間で消えてしまう閃光のようなキラメキと衝撃。
スガ シカオ、暗黒面から脱却す。
で、やはりと言いますか、『THE LAST』以降の制作は難航したそうです。“行き着いてしまった”先の景色を、彼はなかなか見つけられずにおりました。自身の名を冠したフェスティバル「SUGAFES スガフェス!」を開催するなど、順風満帆に思われた裏で人知れず苦心していたのです。そんな中、つい先日4月17日にリリースされたのが11枚目のアルバム『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』。
スガ シカオ – 「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」
3年前、死や夜の悪臭が立ち込めた「THE LAST」という衝撃的なアルバムを苦しみ抜いて生み出しました。自分の音楽性の全てを、そして革新性とスキャンダラス性を全部ぶち込んでしまって、ぼくの脳ミソは空になりました。もう新しい発想なんて何もないし、ビリビリ電気が走るような言葉も残ってないから、自分には新曲なんて作れないかも・・・そんな風に思って、自己暗示スランプの状態で昨年、アルバム制作はスタートしました。 – 『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』スペシャルサイトより
先述の通り悶々と苦悩し続けた結果、彼の頭に浮かんできたのはリスナーの顔でした。電車に乗ってどこかへ行く、名も知れぬ誰か。彼ら(彼女ら)が主人公になれるような音楽を――。そうして完成したのが本作『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』なのです。表題曲を聴くだけでも、その社会性は確認できるでしょう。めちゃくちゃオープン。
上のMVは一見するとアイロニカルに見えますが、実は人間賛歌なのではないかと感じております。モチーフになっているのは「SNSでやらかした人たち」と見て間違いなさそうですが、歌詞の内容は決して彼らを糾弾するものではないのです。もちろん肯定もしていませんが、事実を真摯に並べることによって大切なことが炙り出されてゆくような、そんな印象があります。「ねぇ その幸福ってまだよく分かんない」と言いつつも、分からない事実ごとまとめ切っている。
「am 5:00」も今作においては非常に印象的です。曲の雰囲気だけで判断すれば、これまでのスガ シカオのディスコグラフィーにもありそうですが、このトーンで“中身(歌詞)が優しい”というパターンは初めてではないでしょうか。でもその優しさの形は非常にスガ シカオ的。エロさもグロさもありませんが、その気配は残っていると言いますか。「おれだってギター1本抱えて 田舎から上京したかった」に至っては、確実に本作のモードでないと成立しなかったように思います。
また、コメントでスガ シカオは本作についてこうも述べています。
「過激さや最先端っぽさはあまりありませんが、やさしさや笑いや涙や勇気がリアルに描かれています」
文章の後半については疑いの余地がありませんが、前半の“最先端っぽさはない”という部分にはやんわり異議を唱えたいところです。「90年代リヴァイヴァル」とも言われる昨今、このタイミングでTB-303の音を使ってくる(6曲目「ドキュメント2019 feat. Mummy-D」)あたり、完全に確信犯。最高。
■ SUGA SHIKAO TOUR 2019 ~労働なんかしないで 光合成だけで生きたい~
2019年4月27日(土)神奈川 厚木市文化会館
2019年4月29日(月・祝)静岡 グランシップ中ホール・大地
2019年5月6日(月・休)宮城 仙台電力ホール
2019年5月12日(日)福岡 福岡市民会館
2019年5月19日(日)富山 黒部市国際文化センター コラーレ
2019年5月26日(日)北海道 わくわくホリデーホール
2019年5月31日(金)愛知 名古屋市公会堂
2019年6月8日(土)大阪 オリックス劇場
2019年6月9日(日)大阪 オリックス劇場
2019年6月15日(土)新潟 新潟県民会館
2019年6月16日(日)栃木 那須塩原市黒磯文化会館
2019年6月22日(土)東京 NHKホール
2019年6月23日(日)東京 NHKホール
2019年6月28日(金)香川 レグザムホール(香川県県民ホール)小ホール
2019年6月29日(土)広島 三原市芸術文化センター ポポロ
INFO: http://www.sugashikao.jp/lp/halltour2019/
SHARE
Written by