第156回芥川賞・直木賞の選考会が1月19日行われ、芥川賞は山下澄人『しんせかい』(新潮社)、直木賞は恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)に決まった。
(芥川賞・直木賞受賞会見の様子)
芥川賞作家・山下澄人
山下澄人(やましたすみと)は1966年生まれ、兵庫県神戸市出身。
劇団FICTIONの主宰を務めるかたわら、2011年から小説の発表を始め、『ギッちょん』『砂漠ダンス』『コルバトントリ』が芥川賞候補となり、4回目のノミネートとなる『しんせかい』で受賞となった。
山下は19歳のときドラマ『北の国から』で知られる脚本家の倉本聰が開設した俳優・脚本家の養成施設である富良野塾(2010年に閉塾)の2期生となり、2年間共同生活をしながら演劇を学んだ。
『しんせかい』は脚本家という言葉すら知らない、俳優になりたいかどうかもわからない19歳のスミトが、授業料が一切かからないというのにひかれて俳優と脚本家の養成施設に応募し、【谷】と呼ばれる共同生活の養成施設へ身ひとつで飛び込むところから始まる。
山下の経歴を知るものなら、富良野塾での経験を元にした自伝的小説だと気づく。自分たちで建物を作り、農家の手伝いをして野菜を分けてもらい、馬の世話をしながら【先生】から演劇の授業や稽古をつけてもらう【谷】での過酷な日々が描かれており、文字通り演劇の舞台裏をのぞき見できる。
共同生活に必ず起きる軋轢、【先生】を崇める生徒たちの薄気味悪さ、故郷にいる女友達との手紙のやりとり。何事もあるがままに受け止める、まっさらなスミトの目を通して記憶をたどるように語られる小説だ。
web新潮社では山下澄人自身による『しんせかい』の冒頭部分と第三章の朗読動画がアップされているので「お試し読み」ならぬ「お試し聴き」ができる。
(『しんせかい』を朗読する山下澄人)
ちなみに本書表紙の『しんせかい』という筆で書かれたダイナミックな題字は倉本聰の手によるもの。
富良野塾とおぼしき養成施設を決して好意的に書いていない小説にもかかわらずタイトルを書いてあげるなんて、倉本聰はきっと心の広いお師匠さんなのだろう。
直木賞作家・恩田陸
恩田陸(おんだりく)は1964年生まれ、宮城県仙台市出身。
1992年『六番目の小夜子』で小説家デビューし、2005年、多部未華子主演で映画化もされた『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞を受賞。今回6度目の候補で遂に直木賞受賞を果たした。いや、直木賞が恩田陸へ授賞する機会を逃さずに済んだ、と言ったほうが適切かもしれない。
『蜜蜂と遠雷』(みつばちとえんらい)は大学時代オーケストラでアルトサックスを演奏していた恩田が、取材に12年もの歳月を費やし完成させた音楽コンクールを舞台にした長編小説だ。
新しい才能が現れるコンクールとして注目を集めている芳ケ江国際ピアノコンクール。13歳で母親を亡くしたのをきっかけに表舞台から姿を消した元・天才ピアニスト少女、妻子を持ち楽器店に勤めながら練習を積む応募規定ぎりぎりの二十八歳の男、すでにスターとしての風格を備えるジュリアードの王子様と呼ばれる優勝候補。それに全くの無名ながら〈彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々に掛かっている〉という亡くなったばかりの世界的ピアニストの不穏な推薦状をひっさげ型破りな演奏を行う十六歳の少年――。
この四人を中心に、二週間に渡る熾烈なコンクールの模様を500頁のボリュームで書き切ったのが本作である。
クラッシック音楽が題材の小説といっても難解で抽象的な表現はなく、聴衆もしくは演奏者の心象風景を通して描かれるクラッシックの名曲の数々は楽しいことこのうえなし。冒頭には課題曲やコンテスタントの選曲一覧が載っているので、クラッシック初心者でも曲を調べながら小説を読み進めることができる。
小説に出てくる通りの順番で曲を聴きたい!という方にはナクソス・ミュージック・ライブラリーに恩田陸監修の『蜜蜂と遠雷』のプレイリストが作成されているのでそちらを利用するのもよいだろう。
ところで、小説内の舞台となる「芳ケ江国際ピアノコンクール」は静岡の浜松で3年に一度行われている「浜松国際ピアノコンクール」(通称:浜コン)をモデルにしている。
恩田は2006年第6回大会から2015年第9回大会まで計四回に渡って浜コンを取材したそうだ。
その真摯な姿勢が小説にもよく表れている。
芥川賞と直木賞、今回の受賞作はくしくも「演劇」と「音楽」という共に芸術をテーマにするものだった。そしてほかの芸術を貪欲に飲み込む「文学」。実際に演劇や音楽を鑑賞することとは異なる、読むことでしか体験できない芸術が両受賞作にはある。
Text_Madoka Mihoshi
Edit_Sotaro Yamada
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