映画音楽の制作から「川はどうしてできるのか」へ
tofubeats : 今回一番面白かったのは、「RIVER」と「ふめつのこころ」をタイアップで作っていて、お題をもらったときの自分ってこうなるんだって。
若林 : これまではそういうことはなかったの?
tofubeats : 一からの書き下ろしはあまりなくて、ゲストを呼ぶことによって自分の知らない自分を引き出す方法しか知らなかったんですよ。それこそ、森高さんを呼んだからできる「Don’t Stop the Music」みたいな自分がすごく好きだったんですね。あの曲は、森高さんに書くってお題がなかったら絶対できなかったですし。そういうところに音楽を作る面白さがあると思っているんですよ。あるテーマを与えられて、それに反応すると思いもしなかったものが出る、みたいな。これは何事においてもそうですけど。今回はそれが映画に対してできたし、一人でもできることがわかったことは大きな収穫でしたね。
若林 : 「寝ても覚めても」の主題歌と劇中歌を作ってみて、どうでした?
tofubeats : 面白かったんですけど、本当に大変でしたね。まずやったことがないもんだから、「映画音楽」というものに対するイメージが貧困すぎて。あんなに映画を観てるのに、好きな映画の音楽がまったく思い出せないんですよ。それは映像を邪魔しないという意味で正解なんですけど、自分で一通り作ってみて、やっとそのことに気づきましたね。
実は、最初に印象が強いものを作っちゃって、監督と話して修正しながらやっと掴めてきたんです。でも、映画のなかでは思ったより音楽が支配している領域が大きいんですよ。意識はしてないけど支配はしてるみたいな、そういう音楽の存在がすごく面白かったです。映像がない状態で、脚本を100回くらい読んで作ったんです。
映画「寝ても覚めても」予告
若林 : それで聞いたところによると、川についていろいろとお調べになったと。
tofubeats : そうなんです。川については講談社にブルーバックスという素晴らしいシリーズがあるんですけど、その中から『川はどうしてできるのか』を読みました。監督から「川」というテーマを与えられて、「主演の2人が川を見てるんじゃなくて、川が2人を見てるような曲にしてくれ」と。このオーダーだけで丸投げだったんですよ。
若林 : なるほど。それじゃあ川はどうしてできてるのか、知らないとだね。
tofubeats : 川のことを考えてみたんですけど、本当にイメージが湧かなくて。というのも、地元の神戸には大きな川はないんですよ。淀川もありますけど、良い川のイメージがない。まあ、京都に行けば鴨川がありますけど。
若林 : 神戸はどちらかというと海だよね。
tofubeats : そうですね。海はすごく好きで、イメージも湧きやすいんですけど。で、まずは川について知らないとなということになって、なんとなくこれを手に取ったんです。そうしたら、第一章の揚子江の話からすごくおもしろくて。
若林 : どういう話なんですか?
tofubeats : ざっくり言うと「迂回している川は、どんどん形が変わっていく」みたいな話です。氾濫していたけど、そこに池ができたりして、どんどん形が変わっていく。そうやって川から中国がいろいろ出来上がってきたんだよ、みたいな。
若林 : 川の三大機能ってなんだっけ?
tofubeats : 「侵食」、「堆積」、「運搬」ですね。
若林 : はい。皆さんメモ取ってくださいね。
tofubeats : 小学生の範囲ですからね、これ(笑)。日能研でやったのを思い出しました。脚本を読んだだけでは川はそこまで大事じゃないのに、なんでテーマとして「川」を与えられたのかがずっと引っかかっていたんですよ。だから、川がどういう機能を持っているかを調べようと思って。実際に「侵食」「堆積」「運搬」というのを理解していくうちに、川がどうメタファーになっていたのかが、自分の中で合点がいったというか。
若林 : なるほど。
tofubeats : 監督の「川が2人を見てる」という言葉があったんですけど、ちょっと雑な言い方をすると、「神」みたいなことで。例えば目の前に落ちているゴミを拾おうするとき、「これは誰かが見てるかもしれない」って意識するような。神じゃなくても、好きなアイドルのこととかを考えるわけですよ。「◯◯ちゃんが見ているから俺は拾う!」みたいな(笑)。そういう自分の中での神を設定することって結構大事だと思うんですけど、この本を読んだことで川がそういう機能を果たしているのかなと思えたから、「RIVER」ができたという。
tofubeats「RIVER」
若林 : お天道様が見てますよって話だね。この本、必要だった?(笑)
tofubeats : ははは(笑)。
若林 : そこがいまいち分からなかったんだけど。曲のモチーフとしては愛が川の水になぞらえてあるけど、川が流れて海に戻って、それが雲になって雨になるっていう、一つの循環系について歌っているわけじゃない。それって割と当たり前のことですよね。
tofubeats : まあ確かに。この本で面白かったのが、川が人の生活と密接に関わっているという話が多いんです。川が形を変えて人々の生活が変わったとか、人の介入とのバランスが面白くて。自然は抗えないものなんだけど、ある程度は介入ができて、でも絶妙なバランスを保っているというか。だから川なんだ、と思ったんですよね。
若林 : そうかそうか、人が完全な受動になるわけでもなく。そういえば、『中動態の世界』も読んでいたじゃない? それとも響き合うものがあったんだね。
tofubeats : どちらかというと中動態に関係するのは「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」のために作った「ふめつのこころ」ですね。電影少女は恋愛禁止のプログラミングをされているのに、ある男の子を好きになっちゃうっていうストーリーなんです。恋はするのかしちゃうのか、理性と生理的なものの戦いみたいな。そういう「態」について考えてるときに、何を思ったか『中動態の世界』を読んでしまって、ややこしい精神状態が状態になってしまって。恋とは何だとか、一人で考えるわけですよ(笑)。
tofubeats「ふめつのこころ」
若林 : 大変だったね(笑)。『中動態の世界』は読んじゃ駄目だよ、難しいんだから。僕は最初だけ読んで「ああ無理かも」って思って、すぐあとがきにいきました(笑)。
tofubeats : ははは(笑)。でも、アルコール依存症の話はおもしろかったですよ。依存症はなった人が悪いのか、あるいはなってしまうものなのか? それがまさに「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」の設定と重なったから、最後まで読めたというのはあって。
若林 : 石神くんはそれこそ、WIREDで國分先生に取材してなかったっけ?
石神 : はい、國分先生も中動態を説明するときに、一番分かりやすい例として恋愛を挙げられていますね。「恋に落ちる」という現象は、自分から落ちる(=能動態)でも、落とされる(=受動態)でもないと。
参考:「國分功一郎×熊谷晋一郎:「中動態」と「当事者研究」がアイデンティティを更新する理由 #wiredcon」
tofubeats : あの対談は面白かったです。
若林 : 「能動態」って、昔は存在していなかったらしいね。最近、あらゆることは何かと何かの間にあるんだなって思うんですよ。結局、人間一人じゃ何も起きないわけで、そこに他者がいるから何かが起こるじゃない。
tofubeats : そうそう。それこそ、ゲストがいるから何かができると思っていたのが、自分一人から何が生まれるのかが今回のテーマになったのも、ここにきっかけがある気がしますね。
音楽からおもしろい本に出会える
若林 : あともう一冊、『ニュータウンの社会史』を読んだんですね。
tofubeats : はい、これが今回の最重要文献かもしれません。前回からアルバムを作るときに本を読むとすごく良いっていう発見がありまして。読書する習慣はもともとあるので、岩浪新書とかから適当に選んで読むんですけど、本を読むと自分がこれを読んで何を思ったかを引き出す作業がすごく簡単にできるんですよね。
『ニュータウンの社会史』は多摩ニュータウンについて書かれているんですが、友人に勧められて読んでみたらすごく面白くて。その中に、すごい名前ですけど(笑)、「多摩交通問題実力突破委員会」というグループの記述が1ページだけあるんです。ニュータウンを通っていたバスの本数が少なすぎて、住んでいる人たちが通勤できないから、自分たちでお金を出してバスを運営したらしいんです。
若林 : それはすごいね。
tofubeats : 他にも、「近隣センター」というショッピングモールの病院が足りなくて、医者を呼んでくる話とかがあって。ニュータウンに住んでいる人たちって、そういうことができるイメージがなかったんですよ。僕の地元もニュータウンなので、スーパーが1つできるだけでものすごい反対運動が起きたり、センセーショナルが事件が多かったりするから。でもよく考えたら、ニュータウンに住んでる人たちって、すごく気合が入った人たちじゃないですか。
若林 : まあ、一種の入植者だよね。
tofubeats : 今回、一人でアルバムを作っているときにこの本を読んで、人に頼りすぎてたなあと。ニュータウンについて整理してたのに、自分の抱える闇みたいなものは自分のせいであって、今まで男子校とかニュータウンとかインターネットのせいにしすぎてたなって(笑)。「頑張るのは自分ちゃうんかい!」って思いました。
若林 : ははは、それはいいね(笑)。
tofubeats : いやほんとね、音楽からこんなにおもしろい本に出会えるのは得ですよ。
若林 : 今日はそういう話題にもなると思っていたので、他にも何冊か本を持ってきているんです。これは皆さんも読んでください。河川工学の第一人者、大熊孝さんの『社会的共通資本としての川』と『技術にも自治がある』。これが名著なんですよ。結局、多摩ニュータウンの話も自治についてのことなんですが、川もある意味、長い歴史のなかで自治されてきたもので。
tofubeats : そうそう。自然のものではあるけど、そうじゃないっていう。
若林 : ずっと地元の人たちが自分たちの意志で治水してきたんですね。だから、逆に言うとやっぱり環境は自分たちで作っていくものだっていう。
tofubeats : そう、洪水は防げないけど備えることはできる、みたいな。何かしらできることはあるんだってことを川やニュータウンの社会史から改めて気付かされたのが、今回の大きな収穫でした。だから、自分でできるところまでやってみようって思えたんです。
若林 : なるほど。
tofubeats : とりあえずやってみてから考えようと思えたのは、歴史や先駆者たちのおかげですね。『技術にも自治がある』も読んでみたいです。音楽を聴いていたら謎に河川自治について知識が深まるみたいなことが、昔からすごく好きなんですよね。そういう人が増えたら良いなと思うので、今日のトークはこんなふうにチャレンジしてみたということで。みなさんもぜひ、河川の自治についての認識を改めていただければと思います(笑)。
若林 : CDと一緒にブルーバックスと『ニュータウンと社会史』は一緒に買ってね、これは本当に面白いから。
tofubeats : 『RUN』のブックレットの中にも15,000字の制作日記が入っています。そこに読んでた本の話とか、地震とか、それこそ洪水も起きたりして、それについて書いているので、読みながら聴いてくれたら嬉しいです。さいあくアルバムは一旦置いておいても、『ニュータウンの社会史』は本当に面白いので。
若林 : ははは(笑)。
最後に、質疑応答タイムでこれまでのトーフビーツさんを構成する本を教えてもらった。
tofubeats : 真っ先に挙げる1冊は、梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』です。中学生のときに読まされた教科書だったんですけど、今に至るまで非常に影響を受けていまして。ざっくり言うとレポートの書き方や、ものの調べ方について書かれています。
歌詞を作る前にいろんな資料を見たりとか、実際に歌詞を書いたりとか、あるいは作った曲でアルバムの構成を考えたりとか、そういうときの整理の仕方が書いてあるんです。インターネットも調べ方がわからないと何もできないですしね。自分が整理や編集をするのが好きなのはこの本から来ているかもしれません。情報としては古いんですが、今読んでも内容は古びていなくて、すごく好きな本です。
〈リリース情報〉
tofubeats『RUN』
発売日:2018年10月3日
品番:WPCL-12943
unBORDE
1.RUN
2.skit
3.ふめつのこころ / Immortal Love
4.MOONLIGHT
5.YOU MAKE ME ACID
6.RETURN TO SENDER
7.BULLET TRN
8.NEWTOWN
9.SOMETIMES
10.DEAD WAX
11.RIVER
12.ふめつのこころ SLOWDOWN
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